第五話「タイガー」

――手短、とでもいうような陵辱から解放され、ようやく息を整える身体を掴まれた。

「うっ!?」

 背中を持ち上げられて、何をされるのかと身が強張る。

 が、しばらくゴツゴツと動いてからあっさり解放され、目を上げた。

 腕だけではなく、目隠しも外されていた。

 まばゆさに数秒、何度か瞬いて、目隠しをされる前に見た室内との整合性を埋めていく。

「とっととパンツ上げて出てけよ」

 言外にも、自分で出て行かなければ追い出すつもりであることは、聞き取れた。

 声を探して、パーカーの裾を整えている彼を見つけ、その姿を目で追って。パーカーを外した彼の顔つきに一瞬失う声が、次には勝手に出る。

「君、……いくつだ!」

 童顔なのかもしれない。だが、大人にはとても見えない。

「ハ? 言うわけねーだろ。いいからとっとと帰れよ」

 無事でいる内にな、と温度のない目を向けられ、なんとなく話がつながったように感じた。

 助けてくれたのは間違いないのだ。とんでもない徴収を受けたが、状況を考えれば、割に合わないとはいえない。……かもしれない。

 どう考えたらいいのか、と思いながら、身を起こし。

 立ち上がって、汚れたままの股間を下着に押し込んで仕舞いながら、一斗缶の上に腰を下ろした彼を眺めた。

 カフェオレ色の肌、長い手足、黒い髪。

 純粋にそうかは判断がつかないが、少なくとも何割かは、山の民であるサント族の血が入っているのだろう。

 肉の少ない小さな顔に、そこだけ華やかな癖の強い髪。真っ直ぐな鼻筋に、肉厚の唇。

 壁にもたれて目を閉じているから、瞳の色は分からないが。

 衣服を整え直して、気怠く脱力している彼の前に屈み込んだ。

「ついでに、少し聞いてくれないか」

「やだね」

「人を探してるんだ。十四才の女の子なんだけど」

「無視かよ」

 骨の二、三本でも折ってやろーか? と、鬱陶しそうに瞼が上がって、ヘイゼルの瞳が現れた。

 その瞳から、ポケットに隠されている指の先まで、全身に獰猛さがみなぎっている。

 危険だと感じるが、怖いとは思わない。

 強かろうが弱かろうが、こんな場所に追い込まれた手負いの獣たちだ。

 あの、六人の男達と同じ。

「ここに来てないと思いたいんだけど、向かったのを見た人がいる」

 興味ないと示すよう、ヘイゼルの上で片方の眉が跳ね上がった。

「そんなモン、来たなら生きてねーし、来てなきゃいねーよ」

「君みたいな人に助けられて、匿われてる可能性もあるかも」

 途端に、ニヤリと歪む片頬笑いは、冷え切っている。

「俺はさっき帰ってきたとこだ。それかもし、俺があんたにしたのと同じ目に遭わせたやつがいるかも、か?」

 どうだろうな、と、肩をすくめて再び目を閉じてしまう彼から目線を外し、唇を噛んだ。

「……そうでないと願いたい。ここに、いないと確信しないと帰れない」

「ッせーなァ……じゃあ勝手に確信して帰れよ。さっき言ったろーが。いるわけねーンだよ」

 立ち上がる様子を見て、身構える力は、すぐに抜いた。

 かなり疲れているらしい。ゆらりと立ち上がる様子からも、引きずりそうな足取りからも、疲労が見て取れた。

 大立ち回りに、大の男を拘束して襲いかかり、疲れそうなことばかりではあるが。

 なんとなく、そうではないような気がして、口をつぐんだ。

 マットレスに倒れ込んで、少し居場所を探すようもぞもぞと動いた後は、寝息を立て始めてしまった。

 なにか掛けるものはないだろうかと見回すが、ちょうど良さそうなものもないし、そもそも裸で寝たって風邪を引くような気温でもない。

 そこで寝るのか、と、マットレスの汚れを思って、けれど、元々そのためなのだろうとも思えて。

 入れ替わりのように逆さの一斗缶に腰を下ろし、座ったものを思わず見下ろした。

 元が何かは判らないが、椅子の座面らしきものが置いてあった。

 生活しているのだ、と、ふいに現実的に思えてきて、室内を見回す。

 なんてひどい暮らしだ、と呆れるような思いと、胸が痛む未満に沈む気持ちと。けれど、自分の中の誤解が解けて、安心するような思いもある。

 ただ、ここにも暮らしている人間がいるというだけだ。

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