月は綺麗だった
おひるね。
読み切り
月は綺麗だった
月が輝く夜、男女は空を見る。
「ねえ見て!満月だよ」
「ほんとだ、綺麗だな」
「うん。あ、今日何食べたい?」
「うーん、なんでも。えび入ってるやつなら」
「いっつもえびばっかじゃん。飽きないの?」
「いいんだよ、えび好きだし。」
「えー、私が飽きちゃうよ。」
「なんだよ、だめ?」
「ゔっ、わかったよ。なんか考えて作るね」
早く帰ってご飯にしようと急いで帰る二人を月光は穏やかに照らしていた。
「先輩お疲れ様です。少し休憩してきます。」
「はーい。お疲れー」
仕事中、ほんの少しの合間。コーヒーを淹れて外に出る。心地よい風が首元を優しく通り、髪で遊んで去っていく。
「はぁー。疲れたよー。」声に出して叫ぶとなんだかスッキリした。ぼーっと移りゆく景色を眺める。
「よし。もう一踏ん張りだ。」と自分を奮い立たせて仕事に戻る。
ずっと憧れていたファッション業界で働き始めて早一年。前の仕事が合わずすぐにやめてしまったという苦い経験をしているが故に、仕事を楽しめていることは本当に幸せだなと日々感じている。出張は多いし、休日にも呼び出されることはあるし、いろいろ大変だけど、やりがいはあって充実している。それに転職の時にたくさん迷惑をかけた上ずっと隣で応援してくれている彼のためにもより一層頑張らなくちゃ。
「ただいまー。」
玄関を開けて声をかけるけれど、その声はどこまでも静かに部屋の奥まで伝わった。最近忙しいのか帰ってくるのがいつも遅いな。転職した最初のころはいつも私にまとわりついて
「寂しい。忙しいのはわかってるけど」
といっていたんだけどな。まあその言葉に応じて構ってあげたことはほとんどなかったけど。だって疲れていたし、家のこともやらなきゃだったから。それを言ったら、きっと今同じことを言われても結果は変わらないだろうな。お互い忙しいくらいがちょうどいいのかも。そんなことを考えながら今日も彼の好物を入れたグラタンを作った。玄関の方で音がする気がした。あ、帰ってきたっぽい。
「ただいまー。」
「おかえり!えびのグラタンだよ。」
ガッツポーズをする彼を可愛いなと思いながら見つめた。
一ヶ月くらい経ったある日、私は先輩と一緒に出張に行くことになった。今度のはいつもより少し長くなる。玄関までお見送りに来てくれた彼についお母さんみたく長々と注意を言ってしまう。
「ちゃんとご飯食べるんだよ。」
「わかってるって。」
「ちゃんと寝るんだよ。ゲームばっかしちゃダメだからね。」
「わーかってるってー」
だって心配でと言う私を彼は楽しそうに笑ってから抱きしめた。
「気をつけてね。いってらっしゃい。」
「うん。いってきます。」
出張は無事に上手くいって彼のいる日常に戻った。そう、戻ったはずだった。
穏やかな土曜日の朝。暖かい光が窓から差し込んでくる。
「あったかい。いい一日になりそう。」
言霊だっけ、なんかあったよなーと思いながらわざとらしく口に出す。今日は名付けて「いつか見たドラマの主人公になりきる日」だ。それを実行するには文句のない「良い一日の始まり」という感じ。隣を見ると彼はまだ気持ちよさそうに寝息を立てている。私は彼の顔をたっぷり5分はじっと見つめる。自分が女の子でいるのが悔しくなるくらい
「顔がいいんだよなぁ」と呟いてようやく起き出した。
顔を洗って、自分のドレッサーに行きメイクを始める。昨日より少し長く、跳ねさせたアイラインで目を大きく見せ、お気に入りのグリッターを涙袋に乗せる。ハッとするほど鮮やかな林檎のような紅をさす。メイクはまるで魔法のよう。幼児アニメを見ていた頃、キャラクターの変身シーンが大好きだった。なんか、とってもワクワクしてそこでオシャレが好きになったんだっけな。顔を上げると、もう1人の「私」は満足げに口角をあげている。次に、流れるような漆黒の髪をブラシで撫でる。今日はいつものように髪を下さずに、左耳の下で束ねると引き出しの1番上を開けた。ハイブランドの二つセットのピアスが区画分けされ綺麗に収まっている。私はその中から一つだけで入っているイヤリングを取り出し右耳につけた。が、「私」と目があって少し考えた後ピアスホールから少しずらすように付け直した。よし、この次は服だ。クローゼットの中は男のために着ますと宣言しているかのような服で溢れかえっている。やっぱりまた迷ったけど1番奥にしまってある深い藍色のタイトなワンピースを手に取った。最後に香水。棚にはずらりと様々な色のボトルが並んでいる。私は一番シンプルな形をした茶色いボトルの香水を振った。
「おはようー。」と
後ろから声がした。
「おはよ。」
私は立て続けに
「ねえ、今日いつもとどこが違うかわかる?」
と聞いた。少し必死さが滲み出てしまったかもしれない。彼はんー、そうだなとそんなことは気にも止めず考えて
「いつも可愛いけどいつもの十倍可愛い」
と模範解答とも言える言葉を言った。
「ありがと。」と顔を赤らめ手で隠すような仕草をし答えた。いや、そうではなかったかもしれない。彼の言葉に赤くなることさえできなかった間抜けで残念な頬を隠すために。
「今日はエビチリにしようかな?」と言うと彼はとても喜んでくれた。「前に作ってくれた時めっちゃ美味しかったからまた食べたかったんだよ」と。無邪気に笑って言っていた。私も口角をあげるための筋肉に力を込めて、笑顔を作り「よかった。楽しみにしててね。」と言った。
朝は和食。彼が「お味噌汁を食べないと一日って始まらないよね。」と前に言っていたからそれ以降ずっと和食だ。作ってから彼が食べにくるまで少し時間が経ってしまったので味噌汁は温め直した。熱々の状態で出したが、他のおかずに夢中だった彼は冷めた頃に一気に飲み干した。
「今日も夜遅くなるかも。」
彼は家を出る間際、玄関で申しなさげに言った。私が「わかったよ、土曜日なのに大変だね」と言うと「行ってきます」のキスをされた。笑顔で手を振って送り出した。
そして、扉が閉まった。
私はまず彼のいた部屋に戻りシーツやカーテンなど何から何まで洗濯機に放り込んだ。そしてそれが終わるのを待つ間にリビングの2人の思い出のものを飾ってあるところを片付け始めた。最初こそは丁寧に分別していたが、一つ一つ見ることが出来なくなって全部まとめて燃えないゴミに入れた。心臓の音が速くなっていくのを感じた。息が苦しい。私は包んで握り返してくれることのない震える手をぐっと握りしめた。そこからは無心で家中を隅々まで磨き上げた。こんなに家事を丁寧するのはきっと最初で最後だろうなと見たことないほど綺麗になった部屋を見て思い、少し笑った。
いつものアプリを立ち上げ、エビチリのレシピを調べる。料理することは慣れていても工程が多くて扱い慣れていない大きなえびを使って作るのは、すでにあらゆる家事をこなし疲れている私にとって疲労が増すばかりだった。このエビを買った時にはエビチリを作るのを楽しみにしていたはずだったのに。けど、今までで1番のエビチリだったと思わせるために適当にしがちの調味料の計量も器具を使った。
全てのやることを終えテーブルに一人前の料理を置いた。ランチョンマットなんて初めて彼に料理を振る舞った時以来使ってないけれど、引っ張り出してそれも敷いた。ラップを被せ隣にメモを置いた。さあここが重要だ。何を書こうか。
メモを書き終え荷物を持つ。パンパンに膨らんだボストンバックとスーツケースではあったけれど、それだけで私がここにいたことが無くせてしまうのかとも思った。あ、そうだ。と忘れていたことを思い出し右耳に手をかける。私には似合わない女の子っぽくて可愛らしいイヤリング。私が出張で家を長く空けて帰ったあの日、ベッドの下に落ちていた。落とされていたという表現の方が正しいかもしれない。それだけの存在感があった。思い出すだけで叫びそうになるのを必死に抑えてメモの隣に置こうとした。けれど、それが変にとても目立って輝くからなんだか無性に腹が立った。わかってる。わざと右耳を見せるような髪をして、いつもつけていないイヤリングをしていたとこで彼が気づかないことくらい。ピアスじゃないんだよってわからせたくて開けた穴からずらしたところでそれに気づくような人ではないことくらい。そうわかってはいた。けど、それでも気づいて欲しかった。このイヤリングにも、私がどんな思いでこれをつけたのかも。これ以上の力は出ないと思うくらい握りつぶしながら、私は呻くよう胸につっかえていた言葉を吐いた。けれどそれはほとんど声にならなかった。
「バカだな、ほんと。私エビチリ作ったことなんて一度もないよ。」カシャンと音を立てて付いていたハート型のパーツがイヤリングから落ちた。
ボストンバックを小学生のように大きく振りかぶって持ち、ドアを開ける。大きな満月が辺りを照らしていた。私が月を綺麗だと思ったのは一体いつが最後だろうか。だんだん視界がぼやけて揺らめくいていく。頬に熱が伝う。喉に何かが突っかかる。
「バカだな、私も。」
自嘲気味に呟く。今更後悔してもどうしようもないのに。けど一体どこで間違えてしまったのだろう。考えれば考えるほどあの時こうしていたらという想像が止まらない。彼の心が離れたのは自分の責任だ。忙しいことを言い訳にし、彼を適当に扱ってしまったのは紛れもなく私なのだから。でも、と同じ思考のループを繰り返す自分が情けない。最後にこうやって完璧な彼女だったと思わせたいばかりに見栄を張って出てくるところもやっぱり子供っぽいなと自分でも思う。後悔してほしいと思ったり、自分が選択を取り消したいと思ったり、行ったり来たりの気持ちで忙しい。自分でも感情がぐちゃぐちゃでもうよく分からなかった。空をもう一度見上げると、月はとても綺麗だった。そう綺麗だったのだ。そこで私は初めて気がつくことができた。夜道を散歩したのも、えびの料理ばっかり頼まれたのも、それで文句を言って喧嘩になったことも、仲直りしたことも全部全部。彼ではなく、彼との思い出に未練があったのだと。だってもうその時の彼はいないんだから。それが心に馴染んでいくと妙に気持ちが落ち着いてきた。今日いろんなものを捨てたけれど、それだけは、彼を好きになれて幸せだったという宝物だけは取っておこうと思った。下唇を強く噛み頬を流れ続けている既に冷えきった水分を止めた。指でそれを雑に払う。結っていた髪を解いて、働き始めて最初に買ったお気に入りのピアスをつける。そして、深く息を吸って夜の街へ歩き出した。暗いはずの夜道は大きな月が照らしてくれていた。「大丈夫、進む道は明るい。」と言うように。
「いつも仕事お疲れ様。温めて食べてね。」
残したメモは最初の3文字にやたら力が入ってしまった。
彼女はずっと忙しい。もう一年前くらいだろうか。「やりたい仕事に就けた」と目を輝かせて話していたのは。それからは俺の方が忙しかったはずなのに、彼女の方がよっぽど大変そうになった。帰れなかったり出張だったりが続いた。たまにの休みで家にいても、何故かずっと忙しそうで構ってくれなかった。そんな毎日がなんだか寂しくて、虚しくて、その日限り程度にしかならなそうな女や会社の可愛いと騒がれていた女に甘い誘いをするようになった。いいのか悪いのか、両親の素晴らしい遺伝子を引き継いだ容姿が味方になり、誘いが断られてしまうことなんて一度もなかった。次第に俺は寂しいと思うことが無くなっていったように感じていた。
今日は朝から雨が降っている。彼女は出張と言って家を空けている。昨日は飲み過ぎてしまったんだろう。頭が少し痛い。ふと横を見ると柔らかな赤茶色の髪が見える。意識がまだふわふわとしていて頭が働かない中、綺麗だと思って手を伸ばす。「んーっ」という声とともに声の主は動き出し、甘ったるい口調で「おはよう」と言った。誰だっけ、この女。「今日は雨だねえ」と同じ調子で言うから、そうだなと合わせて答えるけれど名前すらわからない。そうか、昨日もそんなふうな日だったのかと悟った。けどそれがわかっただけで何も思い出せなかった。俺は、はぁと溜息をついてから「悪い、出てって」と言った。彼女は可愛らしく驚き、まあまあなスピードで支度を終わらせて「またね」と笑って出ていった。思った3倍は速くて可笑しい。それに、「またね」とか言われてもどうやって会うのだとたった1人残された部屋でおもわず笑った。俺はもう一度ベッドにダイブした。枕に顔を埋めるとさっきまでいた女の香水の匂いがした。甘ったるくて男ウケランキングの上位にいつも君臨していそうなよく嗅ぐ匂いだ。俺はさっきよりも大きな溜息をつきながら伸びをして体を起こす。棚の上にピンク色のメモがあったがまだ文字を追う前に破って捨てた。そして余った空白の時間をただ適当にやり過ごした。
眩しいくらいの日差しが目に入り片目を少しあける。もう朝かと少し憂鬱になる。今日は土曜日だ。いつも忙しい彼女は今日もいないのだろう。そう思って横を見るとすでに彼女はいなかった。彼女の部屋へ行くとやはりもう朝の支度を終えていた。彼女は俺が声をかける前に振り向いた。美しかった。なんて言えばいいかわからないけど、とりあえず普段と雰囲気が違ったのだ。いつもの柔らかい色合いの服ではなく濃い青のワンピースを身に纏い、少し強く感じるメイクは流行りの可愛らしいメイクより似合っていた。いつものザ・女の子という感じよりも元々の顔立ちによく似合っていて少し見惚れてしまった。それがバレないように慌てて声をかけた。
「おはようー。」すると彼女はよくいる女と同じようなことを聞いた。
「ねえ、今日いつもとどこが違うかわかる?」
つまらない。こんなに強気そうで、男なんてどうでもいいとか言いそうな似た目になっているのに。いつもの10倍可愛いと言いながら、容貌が少し変わったところで中身は他の子と変わらないかと当たり前なことながらも残念に思った。
思い返せばここが最後のチャンスだったように思える。鈍感な俺がいつもと決定的に違う小さいけれど大事なポイントに気づくことはなかった。これ以上に正解がはっきりとあるこの類の質問を受けるのはこれからもないだろう。と、同時にこの質問以上怖いものはないから2度とされたくないと思う。どうしようもないくらい馬鹿な俺を前にそれは揺れていた。彼女の右耳にぶら下がって「気づけよ」と言わんばかりに揺れていたのだった。
「俺も着替えるか」と言って部屋に戻り一応スーツを着る。土曜日にスーツなんかを着る必要は本当はないのだが、今日は彼女がしっかり身支度しているのを見たせいでオシャレして出かけるということへのやる気スイッチが入ってしまっていた。髪をセットするのを失敗してやり直したせいで思ったより時間が無駄にかかってしまった。
かき込むように朝食を食べ、いつものように遅くなると言った。「大変だね。」と言っていたけれど自分だって土曜も働くに決まっているくせに。とかなんとか余計なことを考えてしまい素直に受け取れなかった。義務のようなキスをして俺は会社に向かった。
土曜はいい日だ。いつも土曜は決まった相手と会う。お互い恋人が忙しいもの同士ということで意気投合した違う部署の2つ下の女の子だ。もう一年近い関係がある。少しだけ残っていた仕事を終わらせた後に駅で待ち合わせ映画を見にいった。彼女が「ご飯も食べようよ、私中華食べたい。」と言ったけれど、「夕飯あるから無理。」と断った。中華か、中華といえばこの子の作るエビチリは美味かったような。でも気に入ったと言ったらいつまでもエビチリになってしまうだろうから言わないでおこう。えびは好きだけど色々食べたい。あ、そもそも今日は家でエビチリと言っていたんだった。俺はこんなふうに「楽しみだなー」なんて呑気に考えていた。チラリと横眼で見るとまだ彼女は不満そうな顔をしていた。これはまずいと思って「カフェに行って好きなケーキをなんでも頼んでやるから」というと途端にテンションが上がったようだった。
家に帰る頃にはもう日付を越えそうだった。部屋は暗い。いつも起きて待っているけれど今日はもう寝たのだろうか。珍しいなと思いながら電気をつけると綺麗に並べられた料理が目に入る。
「いつも仕事お疲れ様。温めて食べてね。」
隣にピアスかなんかが置いてあったがどういう意味だ。少し考えたけれどわからなかったから、一旦考えるのをやめた。適当にラップをとって、面倒だったから温めずエビチリを食べた。あの子の作るのと同じくらい美味しかった。そして、俺はテレビをつけようと棚にあるリモコンを取ろうとしてようやく異変に気付いたのだ。
「写真がない。」よく周りを見渡すと、彼女が気に入っていた置物や卓上カレンダーさらには好きなお菓子まで一つ残らず消えている。料理以外の家事は好きでないと言っていたのに部屋の隅々まで磨かれたように綺麗だ。嫌な予感がして彼女の部屋を見るにいく。
「ああ、やっぱり。」
何もなかった。し、誰もいなかった。あるのは持ち出せなかったであろうドレッサーだけ。しっかり戸締りされていたせいか彼女の自然由来の香水の残り香がうっすらとあたりに立ち込めていた。
「そういうことか。」
その言葉はがらんとした部屋に虚しく響いた。俺は膝をついてただ呆然とした。追いかけようにも彼女がどこへ行ったのかわからない。交友関係がまったくわからないのだ。どうすることもできたなかった。アホみたいに空っぽになった俺の頭にはさっきまで浮かばなかったある一つの疑問が湧いた。
「彼女のエビチリを食べたのはいつだったっけ。」
いくら思い出そうとしても全く思い出せなかった。俺はただ自分が朝放った台詞を思い出していた。
昨日の出来事があったからといって空気を読んで、「今日は次の日が来ません」なんてことは残念ながら起こらない。仕方なく始まってしまった今日を受け入れて動き出した。運良く今日もまだ休日である。俺は高校からの親友を強引に遊びに誘った。「日曜日なのに」と文句を言いつつも来てくれた優しい奴に感謝しながら馬鹿みたいに遊んだ。それから酒を飲んで酔っ払った俺は全部話した。黙って聞いてくれていたから、ずっと忙しいと言われて寂しかったこと、つい浮気をし始めてしまったこと、恥ずかしいようなことも全部全部言ってしまった。最後に「俺、愛されてなかったんだよな。きっと最初から」と笑うと突然真顔になって怒られた。
「何が愛されてないだ。ふざけるな。忙しくても毎日朝も夜もご飯を作ってくれて、部屋の掃除もしてくれて、そんなにお前をためにしてくれていたのに愛されてないなんてふざけるな。お前がちゃんと最初に向き合えばよかっただけだ。それを彼女のせいにするな。よく思い返せよ。」
俺はなんだか恥ずかしいような腹立たしいようなそれでいて情けないような気持ちに襲われて家へ逃げ帰った。
その日の夜、なんだか面倒で見ていなかったラインをたまたま思い立って開いてみた。どうでもいい公式ラインで溢れている中、見覚えのないアイコンを見つけスクロールする指を止める。トーク画面を開くと一枚の写真と共にこんなメッセージが届いていた。
「この前はありがとう。楽しかったよ!そういえば、このイヤリング片方落としちゃったみたいであったりするかなぁ??」
メッセージが届いていた日は不自然にあの日から3日経っていた。
「なんだよ、もっと早く気づけよ。まあ、見てなかった俺もたいが、、」
ふいにあの日の彼女の姿が目に浮かんだ。そして、バラバラだったパズルピースがやっとはまっていくのを感じた。
1週間がたった。あれから土曜の女の子に付き合わないかと言ったがあっさり振られた。当然か。俺の部屋はみるみるうちに汚くなりそろそろ足の踏み場がない。なんか腹が減ったなと思ってコンビニに行こうと外へ出る。暗くて気づかなかったが小雨が降っていたようだ。このくらいいいかと少し足早に目的地へ向かう。途中、雨なのにもう晴れているんだっけと見間違うくらいそこだけ眩しいカップルを見た。2人は公園の遊具の下で雨宿りをしながら、一つの肉まんを半分こにして食べていた。それを見ていたら頭で考えるより先に言葉が一つ落ちた。「雨宿りされてたんだろうな。」
いつだって俺は女の子一人一人に心を預けたかった。この人はどうだろうと見極めて自分を曝け出すこともあった。けれど向こうは違った。彼女たちは雨が止むまでの暇つぶしくらいにしか思っていない。そう、誰1人として本当に俺を求めていた人なんていなかったんだ。
ー次第に俺は寂しいと思うことが無くなっていったように感じていた。
何言ってんだ。一方通行な気持ちほど虚しいものはないじゃないか。あいつは、彼女はどうだったっけ。いや考える間もないか。
ー忙しくても毎日朝も夜もご飯を作ってくれて、部屋の掃除もしてくれて、そんなにお前をためにしてくれていたのに愛されてないなんてふざけるな。
ハッとした。そうだ、そうだった。あんなに料理以外は好きじゃないって言ってたのに。めんどくさいんだけどと頬を膨らませながらも毎日部屋を綺麗にしてくれてた。朝、何食べたい?って俺のリクエストをいつも聞いてくれてたのに。そうだな、ほんとに「ふざけるな。」だな。ようやくそこで彼女のありがたみと親友の言葉の意味を素直に受け止められた。気づかなかっただけで俺はずっと彼女にほとんど雨宿りさせてもらっていたんだろう。気づくのが遅すぎたな。本当に情けない。今日も家事をせず買ってきた惣菜とビールを片手にくだらないバラエティ番組をつけた。買ってきた惣菜は大好物のえびパラダイスにしたのに、なんか美味しくなかった。
それから半年が経ち、俺はあいつを街で見かけた。前のふわふわした雰囲気とは違い強そうで格好がいい美しい女になっていた。隣には俺よりもずっと男前なやつがいて並んでいて楽しそうに歩いていた。自分のジャージ姿に髭とは大違いだ。染めた髪と地毛の境が目立つ汚らしい髪に手をやり
「そろそろ切るかなぁ、どう思う。」と誰もいない隣に呼びかけた。今日の月は俺をおちょくっているのか満月どころか姿さえ見せてくれないらしい。心にぽっかりと穴が空いてしまった新月の夜空のような俺は誰の目から見てもクズ男代表のように映るだろう。だらしない格好で何もない空を眺めた。目から涙が滲んだ気がして、無様だなぁと呟いた。
月が定休日の夜。代わりに無数の星が夜道を照らす夜。
「夕飯何にする?何が食べたい?」
「あ、じゃあせーので一緒に言いましょ。せーのっ。」
「「焼肉」」
「ですよねー」
「料理今からすんのめんどいもんね」
「それに結局肉が一番ですよね」
「そうそう、やっぱ肉だよな」
あの日の月も綺麗だった。けど今日の方が好き。
「ん、今なんか言った?」
少し前を歩いていた彼が不思議そうに振り返る。
「いえ、なんでも。空綺麗ですね。」
彼女は小走りで彼に駆け寄った。二人の楽しそうな声はいつまでも夜を彩っていた。
月は綺麗だった おひるね。 @poka_poka
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