THERA’S TOUCH (その2)

皆が驚くのも無理はなかった。

強力な獣や魔獣の跋扈する”宵闇の森”の中とは思えない厳かな空間が、今ここに現出していたのだ。

寺社の本殿に続く参道のように、その道は清浄さに満ちていた。


真直ぐな道は、道の両側の大木が作る緑の天蓋覆われているが、差し込む木漏れ日によって明るさは保たれてる。

道から外れると、その先は鬱蒼とした人跡未踏の大森林そのもので内と外の落差が非常に激しかった。


地面は木の根や小石一つない平坦で、足を足られることがなくとても歩きやすい。

道の持つ清廉な空気と明るさも相まって、歩いているだけで心が浮き立ち疲れを全く感じることがなかった。

そのうえ目的地まで空間が圧縮されているのか、わずかな時間で長距離を進んでいる感覚があった。


シュウは子の護符を渡されたとき、エイミーさんから教えられた護符の使い方を思い出していた。

「この護符は森の中だったらどげなどんなところでもあんたやちを迷わんと連れて行ってごすけんなくれるからね。あんたは自分の行きたいところをがいにとても強く思い浮かべてマナを注ぎないやなさい。行ったことのあるよーしっちょーなーよく知っているところはそこを、そげだなかったらそうでなければそこの名前をしゃんとはっきり念じない。そげしたらそうしたら森の中に”エルフの道”ができ―けんできますよ。あんたやちをそこまで安全に連れて行ってごすけんなくれるからね

そう言って彼女は少女のようにいたずらっぽく笑ったのだった。


実際”エルフの道”は完璧に発現した。

泉の名前はシンの”THE BOOK"で予め調べてあったため、”エルフの道”の発現を妨げるものはなにもなかった。

ギルドの資料を読んだときには最低でも3日はかかると踏んでいたのだが、、昼前には到達してしまっていた。

最短距離での移動とはいえあまりに早すぎた。

エルダーエルフの行使する魔法の強大さに改めて驚された一行だった。


泉は直径50mほどのほぼ円形で、真ん中が一番深いすり鉢状となっている底まで見通せるほど澄んだ水を湛えていた。

一行が到達した側の反対岸に流れ出す川が1本あるだけで、どこからも流れ込む水源はなかった。

おそらく地下から湧き出していると思われるその水質は、飲料用にも問題はなかったが、大事を取って飲料・調理用に限り魔法で生成した真水を使うことになった。

泉には危険な大型魔獣はいないことは気配察知でチェック済みなので、水遊びには特に問題はなかった。


泉の周辺の調査のあと、岸辺にベースキャンプを設営する。

”エルフの道”は目的地に到着と同時に跡形もなく消滅し、元の森に戻っているためその加護もまた当然消滅している。

そのため安全確保は最優先目的だった。

泉の周辺は。幸い強い魔獣の類はおろか虫の羽音すら聞こえない安全地帯だった。


しんと静まり返っている場所に違和感を感じながらも、まずミーナはベースキャンプをすっぽり覆う結界を構築した。

結界が完成したら、エイコーが土魔法で内側を綺麗に整地する。

平らなエリアが確保できたら、ストレージからゥキャンプ資材を取り出す。


タープを張り、その下に簡易かまどと作業テーブルを設置し、余った場所にデッキチェアとビーチパラソル、資材置き用と男女別のテントを張った。

それぞれのテントに資材を出し終わると、女性たちがさっそく片づけに取り掛かった。


調理ができるようになったので、食事当番のシュウとベルが昼ごはんの準備に入った。

予め下ごしらえをしておいた食材をストレージから取り出すと、二人で調理を開始する。

日常的に拠点で皆の食事を作っているベルはともかく、元の世界では料理が趣味で自炊しており、またキャンプでは常に食事を作っているシュウは、こんな場面では自動的に食事係に収まっていた。


残りの男どもとミーナ、クメールは、プール造成を始めた。

岸に近い胸までの深さの範囲を大雑把に結界で囲う。

結界内部に雷撃魔法を打ち込む。

浮いてきたもののうち食べられるものは、回収して食材に回す。

何度か繰り返し、完全に生き物を駆除する。

底を何段階か深さの変化をつけ、つるつるに加工すると安全なプールの出来上がりだ。


岸辺から土魔法で三角の骨組みで構成された塔のような構造物が作られていく。

天辺まで続く階段が取付けられ、端からくねくねと複雑に曲がりくねった直径3メートルの透明なチューブが水面まで延ばされていく。

チューブの中は水魔法で常に水が流れ落ちている。

天辺は7×5mほどの広さで、腰の高さの柵が3辺を取り囲み、2~3人は乗れる浮き輪が端に積まれている。

話には聞いていたが女性たちが実物を初めて目にする、マルディグラ初のウォータースライダーだった。


全てが手際よく進み、1時間ほどで完了したタイミングでいい香りが漂ってきた、

「皆サン、お昼ご飯デスヨ」

鍋をたたいてベルの声が響いた。


大鍋いっぱいのミネストローネ、サラダ、パンと網焼きに腹をすかせた皆が群がった。

パンは焼きたてを、サラダ菜は朝摘みを市場で買いそのままストレージで保管してあるので新鮮さがキープされている。

網焼きは牛豚鶏肉をぶつ切りにしたものが、数種類のタレ漬けやシンプルに塩コショウとバリエーションで味付けされ、串にさして炭火で香ばしく焼かれている。

その脇には大ぶりにカットされた野菜と、泉でとれた魚や甲殻類が豪快に並べられていた。


キャンプの用意が整い、空腹が満たされたら後は遊び倒すだけだ。

街で買った水着に着替え即席プールで水遊びだ。

それぞれにビキニ派とワンピース派、スポーティーからコルセット。モノキニ、ブラジリアン、フリルやリボンがいっぱいのセパレートまでデザインも色も様々な水の花が一斉に花開いた。

水生魔獣の浮き袋を加工したビーチボールや浮き輪、魔物型バルーンで遊ぶ彼女らは見ていてとても癒される。

連れてきてよかったとほっこりとした気持ちに包まれた男どもだった。


しかしその幸せは、体力に限界のない彼女らにウォータースライダーを飽きるまで付き合わされ続けるまでの儚い夢幻であったのだった。



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