THERA’S TOUCH (その1)
シュウたちがマルディグラに召喚されて4ヶ月が過ぎ、暖かだった気候は連日猛暑に襲われる毎日となっていた。
マルディグラは日本と同じ四季があるが、大陸性の気候のため湿度は低く、日中の気温は高いもののその分過ごしやすかった。
それでも暑いことは暑い。
クメールはメンバーの中で一番暑さに弱かった。
「あー、暑い!もうダメ、死ぬわこれ。お願いミーナ。あたいの周りだけ涼しくしてよぉ」
その日か早朝から気温は30℃を超え、クメールのやる気はダダ下がりだった。
拠点のソファに寝っ転がって舌を出して喘いでいる。
「朝から煩いわねぇメル。あたしは便利屋じゃないわよぉ。そんな都合のいい魔法なんて・・・」
言っている途中で何か思いついたようだ。
「ねえメルゥ、ちょうどいい魔法あったわよぉ。かけてあげるからぁ、あっちを見てくれない?」
言われた通りクメールは立ってミーナに背中を向ける。
「これでいい?」
「じっとしてなさいよぉ・・・」
両手を妖しくグネグネと動かし呪文を唱えるが、目はしっかりとクメールの背中に据えられたままだ。
「・・・・・」
クメールに聞こえないよう小声で何か唱えた。
「オホホホホ~」
クメールが突然奇声を上げ、激しく踊り出した。
彼女はその場で素早く装備もインナーも全て脱ぎ捨てると、ミーナに襲い掛かった。
「ギャー、冷たいー」
ミーナも悲鳴を上げ、クメール同様激しく身をくねらす。
「なーにやってんだろうね、あいつら」
その様子を通目で見ていたシュウは煩わしそうに吐き捨てた。
「クソ暑いのによくやるわ。元気いいぜ全く」
シンが相槌を打つ。
「こう暑いとしょうがないよ。毛皮だし」
彼女らに同情するケイ。
「プール行きたいぜ!プール!」
突然エイコーが天井を仰いで大声で喚いた。
「プール、て何ですか?ご主人様?」
「中央広場くらいの大きさの大きなお風呂みたいなやつに、冷たい水がたっぷり貯めてあって、安全に水浴びしたり遊んだりできる場所、かな?」
何故か疑問形のエイコー。
「プールサイドでかき氷や焼きそばなんか食べたりして・・・」
遠い目で語るシュウ。
「ウォータースライダーも絶対いるよね」
トシも参戦する。
「ビーチパラソルが作る影の中、ビーチチェアで寝そべる水着の美女・・・」
ニヤけるシン。
「「「「「行きて―!」」」」」
「かき氷って何?シュウ」
「氷を薄く削って器に山盛りにしたものにフルーツとか甘いシロップとかクリームとかたっぷり掛かったデザートだよ、メル。これを食べるときには特別の作法があるんだ」
「じゃあ焼きそばは?」
セラの目の色が変わっている。
「葉物野菜と薄切り肉と麺を甘辛いソースで炒めた食べ物ものだ」
「どれもおいしそうです」
うっとりするトーカ。
「じゃあウォータースライダーはぁ?」
「そうだな、ギルドの建物の天辺くらいの高さから、クネクネ曲がったチューブの水路が下のプールまで続いていて、水と一緒に勢いよく滑り下りる滑り台、だな」
「ダーリンと一緒に滑ると色々楽しそうね」
何か良からぬ想像をしているシナモン。
「でも、ここには無いよねえ」
セラが身も蓋もない現実を突きつけ、座が一気に白けてしまった。
「そ、そういえば、”宵闇の森”に湖か泉が有るらしいじゃん」
慌てて取り繕うシュウ。
「あれねぇ・・・。トレントの巣の先にあるんだっけぇ?」
「そうそう。ただし、この前はトレントの巣より先には行っていないから本当にあるか分かんないんだよな」
とくぎを刺すシュウ。
自分で話題を振っておいて突き放す鬼畜の所業だ。
「いつの時代かわからない古い伝承にあるんだっけ」
エイコーが興味津々に口を挟んだ。
「でも、トレントの巣は実際有ったんでしょう。だからその話結構信頼できると思うの」
セラが謎の積極性を発揮している。
「でもぉ”宵闇の森”でしょう、やめておいたほうがいいんじゃないのぉ?」
ミーナは嫌そうな雰囲気だ、
エルダートレントの時の事がトラウマになっているようだった。
「大丈夫だって。エイミーさんの護符があれば心配いらないさ」
「そうだよシュウの言う通り。あたいも水遊びしたいよ。可愛い水着を着てさ、美味しいお弁当食べて。きっとたのしいよ」
「水着、て何ですか?エイコーさま」
「水着っていうのは、水遊びをするとき着る濡れても大丈夫な服のことさ。ユキには白のワンピースが似合うと思うよ」
エイコーがユキの水着姿を想像してだらしない顔をしている。
「皆さんでお弁当を食べるのはとっても楽しそうです、マスター。ワタシも街の外で遊んでみたいです」
トーカが上目づかいにねだる。
「トーカが行きたいんだったら自分はいいぜ」
トーカには甘々になるケイだ。
「ダーリン私の水着姿見てみたくない?」
「暑いからいいかも」
言葉とは裏腹に、明らかに違うことを考えている赤い顔でトシが生返事をする。
「よし決まりだ!行くぞ水遊びに」
一人を除いて大歓声が上がった。
エイコーと女性たちで水着の調達を、後の男どもは残りの準備をすることになった。
1週間後ようやく準備が整い、泉目指して一行は街を出た。
”宵闇の森”に水遊びに行く、と知れると危機管理もできない残念な子扱いされるので、アイリスたちには内緒にしてある。
エルダートレントの時とは別のなるべく人目につかないルートで徒歩で目的地を目指す。
わざわざそうしたのには理由が二つあった。
まず、大所帯に移動なので辻馬車1台に収まらなくなったことが一つ。
辻馬車複数台に分乗するにしても、チャーターするにしても、森に入る手前までしか街道を行かない。
どうしても目立ってしまうし、最後には歩きで森に入ることは変わらない。
もう一つはエイミーさんの護符の性能だ。
何処から森に入ろうと、最短距離で目的地に行き着くことができる。
それならばアルカンから最短距離で持ちに入ればいい。
1時間もかからず森に到達できる。
わざわざ場所を使う必要はないのだ。
日が昇る前の早朝というには早すぎる時間にアルカンを出発し、森の手前で小休止をとる。
その後森に入ったところで周囲を入念に警戒、人目がないことを確認した後”エルフの道”を発動した。
それを初めて体験する者は皆、木々がひとりでに分かれ道が形成されていく様を、呆然と見入ってしまいことになる。
「なんなの、この魔法は。あたいの知らない不思議魔法だ。何がどうなっているのか全然わからない!」
感動なのか呆れたのか、どれともつかない感情に思わず声に出してしまうクメール。
「この道の中なら魔獣や獣も襲ってこないのよ。すっごいでしょう!」
自分の編み出した魔法でもないのに、なぜかセラが得意げだ。
「海割りの森版だ。エルフパワー恐るべしだな」
シンが慄く。
「これが”エルフの道”ですか。どこまでも真直ぐで綺麗な道。上は木々の梢が天蓋になっていて爽やかで涼しい」
夢見る様にうっとりとユキが思わず感想を口にする。
道の清浄さに心を奪われたようだ。
「足元も平坦で、まるでアルカンの大通りのようです」
踊るように軽やかに、真っ先にトーカが道を駆け出し、振り返って手を振っている。
自慢の妹を見るような優しい眼差しで、ケイは彼女を見守っていた。
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