エピローグ

エルダートレント討伐から1週間後、いよいよセラの独り立ちの日がやってきた。

臨時休業の札を入口に掛け、ミーナは工房に全員を集める。


「お披露目するわよぉ」

宣言と共に、工房の中心に立っている依り代にかけられた覆いを取り除いた

中から真っ白の等身大デッサン人形そっくりの人形が現れる。


身長は160㎝、顔の造作や頭髪など一切のディテールが剝ぎ取られた、無個性の義体だ。

全身の関節は球体関節で構成され、自由度はとても高い。

外観で特徴的なのは、心臓の位置に埋め込まれた魔石だ。

これがいわばマナタンクの役割を果たすのだ。


「始めるわよ。セラ前にきて」

セラが依代の前に立つ。

「胸の魔石に手を当てて」

言われたとおりにする。

「魔石にあなたのマナを流して」

セラがマナを流し始めると、依り代に変化が現れた。


真っ白だったボディが次第に淡い碧色に色づいていく。

全体が染まりきると、やがてオーラの様に背景に碧色のマナを放出する。

光は次第に脈動し、だんだん光度を強めていく。

「マナを吸い取られちゃう」

セラが小さな悲鳴を上げた。

「我慢して、セラちゃん。マナが馴染むまでもう少しだから」

ミーナの言葉通り、脈動がピークを越えると止まり、一転ボディに吸収されはじめ、とうとう発光は収まった。


「成功ね。これであなたと依代にパスが通ったわぁ。セラちゃん、修の腕時計の時と同じように依代に宿ってみて」

セラが指示通り依代に意識を集中し、宿った。


「男共目を閉じろ!」

ミーナが叫び女性陣が慌てて男共の目を塞ぐ。

「セラ、エロいー」

クメールが口笛を吹く。

「ギャー&#?!!@$\」

セラが悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。


皆の前に全裸のセラが突然現れていた。

新しい依代が嬉しくて、宿るときにうっかり服を創るのを忘れていたのだった。

 

 

鼻歌を歌いながらご機嫌でセラが通りを歩いている。隣で歩くシュウと腕を組んでいる。

今日はギルドに登録に行くのだ。


「おいしそう」

途中屋台で肉串を買い食いする。


「いい香り」

花屋の店先でうっとりする。


「次は服見ようよ」

ブティックに入り最新モードやアクセサリーをとっかえひっかえ試着する。


「武器も大事よね」

武器屋でレイピアを腰に佩いてポーズを決めたり、散々迷った後、サブ武器用に大型ナイフを買い込む。


「ほらほらこれどーお?」

防具屋で試着したビキニアーマーを見せびらかしシュウを困らせる。


たっぷり時間を使って街歩きを楽しんだ後、ようやく二人はギルドに到着した。


「なんで朝一に拠点出てこんな時間になるんだよ。もう夕方だぞ」

「だってぇ、時間を気にしないでいられるのが嬉しかったんだもん。それにシュウも、好きなだけ付き合ってやる言ったじゃない」

上目遣いにシュウを下から覗き込む。

「ああもう、わかった。ほら受付行くぞ」

言うなり照れ隠しにセラを受付に引っ張っていくシュウだった。


 

二人が拠点に戻ると、扉には“臨時休業”の札が掛けられカギまで掛かっていた。

明かりもついておらず、人の気配もない。

呼び鈴を押しまくり大声で叫んでいると、灯りがつきクメールが顔を出した。


「早かったじゃん。デートは楽しかった?」

「うん、とっても。行きたかった所にいっぱい行けて楽しかったなー」

クメールは後ろをちらっと振り返ったあと

「さ、入って。もうすぐ晩御飯だから」

と2人を食堂に追い立てた。


突然明かりが消え、“セラちゃん常時実体化おめでとう”と記された派手なイルミネーションが灯り、クラッカーが景気よく炸裂した。

ダイニングテーブルには湯気の立った御馳走が並び、主役の着席を待っている。

女性陣に押され飾り立てられた椅子にセラが座ると、ミーナの乾杯の後パーティーが始まったのだった。


セラにかこつけた宴会もグダグダになり始めたころ、ミーナが締めの挨拶をする運びになった。

ミーナはすでにべろんべろんに酔っぱらっている。

そんなんでできるのかよ、と飛ぶヤジを手で制して酒瓶を片手にミーナは話し始めた。


「セラちゃん常時実体化できてよかったねぇ。依り代との適合にも問題なく、すかっり馴染んでいるようであたしも肩の荷が下りた様に思いますぅ」


「あたしも参加したエルダートレント素材の採集は苦労の連続で、過酷の一言で片づけられない最低の経験でした。今思い出してもアレは本当に酷かったぁ。焼けるは濡れるは溺れるはぁ。何度死の腕に抱きしめられそうになったことかぁ」

芝居がかった仕草で自分の体を抱き、瓶を呷る。


「しかしそんなのはドラゴンの前のゴブリン!ほんの前座にしか過ぎなかったのですぅ。往路で立ち寄った、シュウとセラちゃんが知り合いだと言っていた”宵闇の森”の住人たち。あまりに胡散臭い内容で、あたしはその実在を頭から信じていませんでしたぁ」


「しかし、その方たちは本当にいらしたのです。なんとその方たちはエルフだったのです」

空になった酒瓶を投げ捨て、横にいたシュウのグラスをひったくり呷る。


「それも並みのエルフではありません。伝説にその名を轟かす邪神戦争の英雄、エルダーエルフ様方だったのですぅ」

荒い息を整え、小休止。


「もうあたしはやってられませんでしたぁ。驚きすぎるとぉ、ヒトの感情は平坦になることを初めてあたしは知りましたぁ」


「エルダーエルフとの遭遇の驚きも冷めやらぬまま、あたしたちはエルダートレント討伐に突入しました」


「死闘に次ぐ死闘。激戦に次ぐ激戦。幾度も訪れた死の息吹から辛くも逃れ、その悍ましいエルダートレントを討伐せしめることにぃ、あたしたちは成功したのですぅ」


「地獄の黙示録のごときエルダートレント討伐からぁ、ヤツの素材と共にあたしたちは無事生還しぃ、ようやく今日の良き日迎えることができたのです!パチパチパチ」


l呼吸を整えたミーナが指を鳴らすと、奥からケイが大きなリボンの掛かった箱を持ってきた。


「あたしたちは頑張りましたぁ。そしてもっともっと頑張ってきたセラちゃんには、あたしたちからのぉ、サ~プ~ラ~イ~ズ。セラちゃんさあ開けましょう、今すぐ」


再びミーナが指を鳴らすと、ドラムロールの効果音が室内に鳴り響き、期待感をいやがうえにも高めていく。


皆の声に促されて、セラがリボンを解き蓋を開けた。


中には一回り小さな箱が入っていた。


頭の上に?を浮かべ次の箱を開ける。


中にはもっと小さな箱がまた入っている。


?の数を増やしながらセラが次々箱を開けていく。


とうとう手のひらに乗るサイズの豪華な箱に行き着いた。


「次も箱だったらグーパンよ、ミーナ」

ほとんど期待せず、ぞんざいに最後の箱を開く。

 

中に入っていたのはペンダント。

ペンダントトップは小ぶりの卵大の石。

深碧色でじっと見つめると魂が吸い込まれていきそうな妖しい魅力を湛えていた。


ミーナが再び語り始める。


「エルダートレントの素材がいかに優秀だといっても、不測の事態は起こるもの。依代がマナ切れを起こし、その場にシュウがいなかったら?」

わが身を両手でかき抱き身悶えする。


「彼女は憑依を維持できなくなり、その上緊急避難する先もなければ・・・」


「セラちゃんは消滅してしまうでしょう」

言葉と共に一瞬にしてミーナの姿がかき消えた。


床から頭を先に徐々にせり上がり、再び登場したミーナは続ける。


「この最悪の事態を回避するために!あってはならない未来を蹴っ飛ばすために!あたしたちはコレをセラちゃんに贈りましょう」


演出効果を最大限に発揮するため一呼吸置く。


「さあ、セラちゃん、あたしたちからのプレゼントをどうぞ!この、精霊石のペンダントを!」

両手を頭上に差し上げ力いっぱい叫ぶ。


「あ、ちなみに返品はできませんよぉ、悪しからずぅ」


「せっかくだから、セラちゃんに着けてあげたら、王子様」

クメールがシュウを冷やかす。


「やりやがったなお前ら」

クメールに肘でつつかれ、皆に盛大に冷やかされ、シュウは照れながらもペンダントをセラに着けた。


「着けただけじゃだめよ」

シナモンがシュウの手を取ってペンダントに当てる。

「「マナを一杯にしてあげてください」」

ユキとトーカがセラの手をシュウの手の上にエスコートする。

 

シュウは自分のマナを精霊石に込めていった。

少し時間はかかったものの、彼によって完全にマナで満たされた精霊石は黒に近い濃碧色になり、中心に妖しい揺らめきを灯した。


セラは精霊石を両手で包み込んだ。

石から伝わってくる暖かさが体中を満たし、その感覚に心が安らぐ。

(ミーナが言ってたな。小さい精霊石で家が買えるって)セラは突然この高価な贈り物を持っているのが怖くなった。


「こんな高価なもの貰えないよ」

ミーナに、仲間に、そしてシュウに訴えた。


「こんなのおかしいよ。わたしにそんな価値ないよ」

「怖がらなくても大丈夫よ、セラ。あたしたちはあなたにこれを持っていて欲しいの」

ミーナは、セラの不安を宥めるように優しく語り掛けた。


「一番大事なことは、あなたが守られていること。それは最も優先されるべきこと。その気持ちはみんなも同じ」


「シュウがあなたを妖精の里から連れ帰ってきた時から、あなたはあたしたちの大事な仲間なのよ。そのあなたに出来る限りのことをしてあげたいって思うことは、そんなにおかしなことかしら?」


「でもこれはあんまりだわ。まともじゃないわ」


「まともって何?それを後生大事に守らなきゃいけないわけ?あたいたちに必要なものがあって、あたいたちがそれを手に入れられるのなら、躊躇する理由なんてないわ」


「それに、その石とあんたが価値が釣り合うかなんてあたいたちの知ったことじゃないし。石は石、あんたはあんた。たかが石ころ一つ、あんたと比べられるわけないじゃない」


「あたい達はそうしたいからそうしただけ。これがここにあるのはその結果。だからあんたはこれを黙って受け取ればいいのよ」

クメールはセラの抗議をバッサリ斬り捨てた。


「そんな理不尽な・・・」

「いいじゃないのセラちゃん。これであなたの不安がなくなるなら安いものよ」

「シナモン姉さん・・・」


「そういうことだ。みんなの気持ちを素直に貰っておけばいいんじゃないか」

これでお終い、とシュウが促した。


「・・・分かったわ、シュウ。みんなありがとう。みんなの気持ち大事にするね・・・」

ペンダントを両手で包み込んでセラは幸せそうに微笑んだが、泣くのは止められそうになかった。

 

 

散々飲まされて酔いつぶれたセラを背負って、シュウが自室に戻った後のこと。

 

下では残ったメンバーで密かに祝宴が開かれていた。

「乾杯!いやーうまくいったわねー」

「そうねぇメル。でもアレ手に入れるの大変だったでしょう?」

「そりゃもう。でもあたい達にかかればね。でしょう、エイコー、トシ?」

「「まーな。楽勝よ」」


実際に彼らが手に入れた方法はというと・・・

工程は3段階。

1 セラのマナの保有量に見合った精霊石の大きさを確定する。目安は1週間分。

2 条件に見合った精霊石のある場所を特定する。

3 手に入れる。


最初の工程は、邪神戦争時の妖精族の戦士のデータをベンチマークとした。

具体的には、附属図書館で片っ端から文献を漁り、当時の連合軍参謀局が作成した戦力分析報告書が禁書庫にあることを突き止めた。


そこまで判れば心の”THE BOOK”の出番だ。

該当文書をお取り寄せする。


その文書から、セラの1週間分のマナ量を計算し精霊石の大きさを決定する。

ここまでは魔道具に詳しいミーナの仕事。


算出された大きさの精霊石が実際に存在するのか、それはどこにあるのか。

これはエイコーとユキの仕事。


”イドの怪物”で各種族の集合的無意識にアクセスし、”一定容量以上の精霊石”を検索ワードに情報を抽出する。

結果は15件がヒットした。


さすがにこのクラスの精霊石は少なく、大陸中に散らばっている。

この中から現存するもの、不正な方法で入手したもの、アルカン周辺、の3点でフィルターに掛ける。

候補は3件。


所有者はいずれ劣らぬ悪辣非道で鳴り響いている者ばかりだ。

セラが身に着けることを考慮し、一番小さいものをターゲットにする。

ターゲットはハンターギルドの悪名高いギルマスの魔女サマンサだった。


最終工程はトシ、シナモン、クメールの3人の仕事だ。

サマンサはアルカンの高級住宅街の一等地に広大な大邸宅を構えている。

表向きは本業がギルマス、副業が魔女の2本立てで生活していることになっているが、まっとうな稼ぎだけでは到底維持できるはずがない、派手で見栄っ張りな私生活を送っていた。


その筋の情報では、サマンサは裏で、賄賂、脅迫、冤罪、密告を駆使してハンターギルドの実権を握った。

ギルドマスターの地位を隠れ蓑に、精神支配し手駒とした者を使った強盗・殺人といった犯罪と、呪殺・違法薬物の製造・販売といった魔女の裏稼業の両輪をフル回転させた大活躍ぶりだ。


大邸宅には、彼女が欲望のままに収集したお宝で一杯の物庫が、厳重に警備された隠し部屋にあると噂されている。

相手にとって不足無しだ。

 

場所さえわかれば“エスピオナージ”の出番だ。

トシ・シナモン・バックアップのクメールがサマンサの屋敷に潜入する。

サマンサの恐怖支配を逆手に取り、離反や裏切りに最も近い彼女の手下を言葉巧みに寝返らせてある。

内通者は情報源として、また現場の手引きとして役に立ってくれるだろう。


彼らから入手した情報通り、警備の穴を突き屋敷に取りつくと、警報・トラップ魔法を手際よく解除していく。

シミュレーション通りに、隠し宝物庫の入り口があるサマンサの豪華な私室前に到達した。


今夜のサマンサの予定は、パーティーに出席していて遅くまで不在なので慌てる必要はない。


慎重に扉のトラップを解除し、室内の警報を無効化していく。

音もなく室内に侵入する。

隠し宝物庫へのアクセスは虹彩、指紋、掌紋の3重ロックなので図書館長室より金が掛かっていて厳重だ。

よほど取られたくないものが中にある証拠だ。


全く気が進まないのだが、セラのためなら仕方ない。

泣く泣くサマンサに擬態したトシは、ロックを解除していく。

 

宝物庫の中にはお目当ての精霊石のほか、金貨や宝石類、脅迫のネタが入っていた。

3人でこれをどう活用するか悪だくみをする。


設置型のトラップ魔法を仕掛けておくことになった。

まず中身をすべてサルベージした後、ダミーに入れ替え偽装する。

サマンサが宝物庫を開け、中のものに手を触れた瞬間トラップが作動し、洗脳を開始する。

洗脳完了後は司法機関に自首して、自分の悪行を洗いざらい白状するというもの。


「お主もワルよのう」

「いえいえ、メル様ほどでは」

とほくそ笑み、念入りに痕跡を消し、原状復帰した上で脱出。

ミッションコンプリートだ。

追跡されないよう慎重に慎重を重ね、拠点に帰還したのだった。

 

回収したお宝は念入りに虫取りした上で、貨幣はいつも通り貧民街や孤児院に配る。

宝飾品は、エイコーのスキルでできるだけ元の持ち主を特定し返還する。

最後に残ったものは脅迫の被害者に分配する。

その後数日をかけて後始末を完了し、ようやく完全決着となった。 


「僕たちが組めば大概のことができるんじゃない?」

トシが珍しく高揚した表情を見せた。

「そうね。紙情報はシン、あいまい情報はエイコーとユキが取る。それを元に計画を立てトシとシナモン、あたいが実行する。下手を打ってもケイとトーカが元通りに直す。うん、無敵だね」

「くれぐれも悪用しちゃだめよぉ」

氷の笑顔でミーナがくぎを刺す。

「や、やーね。考えたこともないわよ。ねえシナモン」

クメールの目が泳いでいる。

「私はダーリンが望む通りにするだけね」すました顔のシナモン。

「まあいいわよぉ。これでメンバーが勢揃い。ここからが黒魔団の出発ねぇ」

計画成就を祈って、乾杯!」

「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」

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