YES WE CAN CAN (その2)

ようやく相談ができる程度に皆が落ち着いたので、ミーナは話を再開した。

「さっきの続きなんだけどぉ、解決方法は2つあるわぁ。どっちも難易度はおなじくらいかなぁ」


「一つは依代を新しく造る方法ねぇ。素材の候補は色々あるけどぉ、比較的入手しやすいのはトレントねぇ。それもマナの容量が多いければ多いほどいいからぁ、エルダートレントが最適よぉ」


「もう一つは精霊石ねぇ。それも純度が高くて粒の大きいものがいいわぁ。精霊石はマナを内部に溜めておけるからぁ、魔女の必需品なのぉ」

ミーナは胸元から、ペンダントを取り出した。漆黒で親指の爪大の、カボッションカットの石がはめ込まれている。

「これはあたしの私物。この大きさでぇ、あたし一人分のマナを溜めておけるわぁ。でもめったに出回らないしぃ、この大きさで家一軒買える値段になるわぁ。セラちゃん用ならこれの10倍は大きいものが最低でも必要ねぇ」


それを聞いたセラは絶句した。そんな大金あるわけない。

「無理だな。その値段じゃ」

シュウもあきらめ顔だ。

「そもそもそんな大きさの精霊石は市場に出ないわ。あたいも聞いたことないし、もし出たらすごい騒ぎになるわね」

「出たとしても買えるのは大金持ちだけです」

とトーカの指摘に

「大金持ちって言ったら悪徳商人か裏世界のボスね、メル」

「だったら世直しね、シナモン?」

しりとりの果てに、シンとクメール、トシとシナモンの4人は、顔を見合わせて悪い相談に入るのだった。

 

そうとは知らずシュウ、セラ、ミーナはまっ当な相談を続ける。

「やっぱりエルダートレント一択だよなあ」

「そうねぇ。あたしたちはぁお金ないもんねぇ」

「そういうことなら仕方ないけど。でもさあ、エルダートレントってどこで採れるの?」

セラがもっともな質問をした。

「そりゃ、トレントっていうくらいだから森だろう?」

「それくらいわたしだって分かるわ!」

「怒っちゃだめよぉ。”宵闇の森”も広いしねぇ。エルダートレントの巣なんか聞いたことないわねぇ。ギルドで訊いてみるぅ?」


翌日シュウとミーナは朝からギルドにいた。

ほかのメンバーはそれぞれにやることがあるらしく、別行動だ。

そしてセラは、活動限界があるので今は腕時計で待機だ。


アイリスの列に並んでいると、周りのハンターの雑談が耳に入ってくる。

「おめえ、治療院に最近腕のいい治療師が来たの知ってるか?」

「ああ、あのガタイの良い若いのか?なんでも変わった治癒魔法使うらしいな」

「おう。それにべらぼうに良く効くポーション使うらしいぜ」

「助手のねーちゃんも結構かわいいらしいしよう」

「おめえロリコンか?」

「馬鹿言うんじゃねえ。でもそんな凄腕なら相当ボラれるんじゃねえか?」

「それがな、新米で、修行のためって大銅貨1枚しか取らねえんだと」

「へえそいつはありがてえ話じゃねえか・・・」


「おい、昨夜も例のが出たらしいぜ」

「聞いてねえなあ。どこがやられたんだ?」

「なんでもよ、アッツイーゴの奴らしいぜ」

「ああ、あの野郎か。散々悪どいシノギしてやがったからいい気味だぜ」

「で、いつもの様に方々バラ撒いてあったってよ」

「俺ん家にも来てくんねえかな」

「おめえ稼ぎ全部酒代にしやがるくせに。来るわきゃねえだろ」

「はは、違えねえや」

横を見ると、ツボに入ったのかミーナがニヤニヤしている。

 

ようやくシュウたちの番が来た。

「おはようございます。アイリス」

「おはようございます。シュウさん、ミーナさん。今日はお二人だけですか?」

「ああ、皆用事があるとかで、今日は俺たち二人だけ」

「デートじゃないわよぅ」

「存じてますわ。今日はどのようなご用事で?」

「魔物の生息域を調べたくて」


「魔物ですか・・・」

アイリスは眉をひそめた。

「もちろんギルドではある程度は把握しておりますが・・・。理由を伺ってもよろしいですか?」

「ある魔物の素材が必要になってねぇ。レアな魔物だからぁ、ギルドだったらわかるかなって思ってぇ」

「恐縮です。魔物の名前はお聞かせいただけますか?」

「エルダートレントよぉ」


「はぁ!」

アイリスは聞くなり口から魂が抜け出て、カウンターに突っ伏した。

「ちょっとしっかりしてアイリス」

「はッ。失礼しました。なんだか恐ろしい名前を聞いたような・・・」

「だからぁ、エルダートレント。依頼品の素材でどうしても必要なのって、アイリス!」 

ミーナが肩を強く叩くと、アイリスはまた再起動した。


「はあ、エルダートレントですか・・・。少々お待ちください」

アイリスは考え込むと、やがて手元の紙に書き込むと、後ろを振り返り

「カイーユ、この資料を至急持ってきてください」

バックヤードから走ってきたヒト族の娘に手渡した。

「了解です。アイリス先輩」紙を受け取り内容を確認すると、カイーユと呼ばれた娘は、ビシっと敬礼をすると元気よく階段を駆け上がっていった。

オレンジのショートカットにクリっとした茶色の目、背はアイリスの肩までしかないがエネルギーの塊のような娘だ。

ものの数分で一抱えもある巨大な本を抱きかかえて戻ってきた。


「はあはあはぁ・・・、せ、先輩只今戻りましたぁ」

「ご苦労様、カイーユ。それをあっちのテーブルに置いて頂戴」

「え”・・・?先輩はオーガです。オーガクイーンです」

「何か言いましたか、カイーユ?」

「いえ、先輩とオーガニック料理が食べたいなあって」

慌ててごまかそうとするカイーユ。

「いいですよ、今夜行きましょう。あなたの奢りですよ」

カイーユは泣きながら、よたよた巨大本を打合せテーブルに運んでいった。

本をテーブルの上に放り出す様に置くと、床にぶっ倒れてピクリともしなくなった。

 

アイリスがクイっと顎をしゃくると、倒れたままのカイーユの両腕を一人づつ男性職員が持ち、そのままズルズルバックヤードに引きずっていった。

それを見届けたアイリスは、何事もなかったかのように打合せテーブルにシュウを誘った。


「えーと、彼女は大丈夫・・・」

「さてエルダートレントですが」

「あ、あの、彼女・・・」

「エルダートレントですが」

「ごめんなさい。俺が悪かったです」

「エルダートレントですが、この本のここに記述があります」

晴れやかな顔でアイリスが言い切った。

美人の笑顔はおっかねえ。


「ありました。ここです」

ページをめくっていた手を止めてアイリスが指さす。

「ここにこう記されています。ウルバの町より西行3日、不帰の森に目的の泉を望む。案内人曰く。泉の名は***(判読不能)山羊の乳の意なり。泉の畔に歳月振りし祠あり。・・・途中樹魔の巣あり。樹魔の内、大樹魔あり。これ大古樹魔なり。」


「ウルバの町、はアルカンの古い名ですここから西に3日進んだところにある泉ですが・・・」

地図を指でたどっていくが、”宵闇の森”は大部分が空白地帯なので、泉も印されていない。

「このあたり一帯は今でも不帰の森と呼ばれています。多数の行方不明者を出している有数の危険地帯ですので、正直なところ立ち入りはお考え直しいただきたいと思います。ギルドの調査もほとんど進んでいませんので、どのような危険があるさえわかりません。途中とありましたので、奥に行かなくても発見できる可能性はありますが・・・」

と顔を曇らせる。


「樹魔というのはトレントの古称ですね。なので、大古樹魔はエルダートレントで間違いないでしょう。しかし、エルダートレント自体強力な魔物です。巣とありますので通常のトレントを複数倒した後エルダートレントを討伐する必要があり、難易度は格段に跳ね上がります。黒魔団の皆様でもおそらく討伐不可能かと・・・」


シュウとミーナは顔を見合わせた。

ミーナは心配そうな視線を送ってきたが、シュウは一つ頷くとアイリスに言った。

「エルダートレント討伐のリスクはよくわかった。でもエルダートレントの素材はどうしても手に入れる必要がある。でもリスクは極力避けたい。それにはアイリス、どうしてもあなたの協力が必要なんだ。無理を承知でどうか頼む」

2人はアイリスに深々と頭を下げた。


アイリスはその様子をじっと見つめていたが、二人の決意が揺らがないことを見てとると、大きなため息をついた。

「お顔を上げてください。私が止め立てしたところでどうやってもあなたたちを翻意させることはできないのですね・・・」

2人は下げた顔を見合わせてほくそ笑んだ。


「勘違いしないでくださいね。私は止めましたよ。でも勝手に行ってしまうのはどうしようもないじゃないですか」

「そ、そうかな?」

「そうです!ギルド職員の義務は、ハンターの帰還率を上げること。そして初心者ハンターの指導育成です。そのために魔物、例えばエルダートレントの生態・弱点・討伐方法などの知識を叩き込むことは業務内です」

笑顔はそのままに、だんだん顔が怖くなっていった。


「さあお二人とも、2階の研修室に参りましょう。たっぷり勉強されて、エルダートレントの専門家になっていただきますからねぇ」

がっしりと2人の手を掴んだアイリスは、その細い体のどこにあるのかわからない怪力で、二人を2階に連行していくのだった。

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