YES WE CAN CAN (その1)
セラがパーティーに新しく加わった。
外の世界を知らないセラのために、街の生活に早く慣れるように、女性陣はセラを誘って買い物や食べ歩きに連れ出した。
セラにとっては、パーティーの女性たちとの交流はいい刺激になり、生活に彩りを与えるものだった。
もっともシュウにとってはそれどころではなかった。
セラのマナ切れに備えて、セラの行くところに常にシュウが同行するハメになったのだ。
食べ歩きはまだしも、女性の買い物はとにかく長い。
その上ランジェリーショップなんかは、男が店の前にいるだけで辱めを与える拷問装置のようなもので、正気がガリガリ削られていく。
己を無にしてひたすら苦行に耐える修行の日々と化していた。
セラは風魔法と相性がよく、”宵闇の森”では実体化の制限がなくなる。
そのため訓練も兼ねパーティーメンバーに登録し、ギルドの依頼に積極的に参加していた。
はた目からは何の問題もなく、日常生活とハンター生活両方とも充実した日々を送っているように見えた。
しかし、日々の生活の中で、セラの胸の内に小さな不満が芽生えた。
最初は小さかったそれは、一度認識されると徐々に膨れ上がり、とうとう彼女は無視することはできなくなった。
そしてある時それは臨界点を超した。
そうなるともうそれを、セラは自分の胸の内に留めておくことはできなくなってしまったのだった。
その夜、セラはミーナを自室に呼び出した。
もちろんシュウも一緒だ。
「どうしたのかなぁ、セラちゃん。シュウとケンカでもしたのぉ?モチロンあたしはセラちゃんの味方よぉ」
黙り込んでなかなか話そうとしないセラに、ミーナは軽い調子で水を向けた。
「誰がするかよ。ひでえ濡れ衣だ」
「ええ。シュウはとても優しくしてくれてます。」
「あらぁ、ご馳走様。それじゃぁ里心でもついちゃったぁ?アルカンに飽きちゃったかなぁ?」
「いいえ。毎日とても新鮮で楽しいです。今更里になんか戻る気ありませんよ」
「あらそぉ。セラちゃんがそうならあたしはそれで十分だけどぉ。それでぇ、あなたのご用事はなにかなぁ?」
セラは話しづらいのか俯いていたが、顔を上げて話し始めた。
「先に言っておくけど、わたしはここの生活が好きよ。里から出てきて本当に良かったと思っている。それに・・・」
照れくさいのか少し顔を赤らめる。
「シュウやミーナや、このパーティーの人たちみんな大好き。アルカンは刺激的で毎日飽きないわ。だから、今わたしはとっても幸せ。それは信じてほしいの」
「でもね・・・、こんなことを言うとわたしが不満があるって誤解されたくないんだけど・・・」
セラは唇を嚙み、拳を強く握りしめている。
ここまで言うのに、今ある勇気を振り絞ったのだろう。
その様子を見ていたミーナは、このところの彼女の様子と重ね合わせる。
街の生活にも仲間にも不満はない。
でもセラちゃんは我慢の限界にきている・・・。
そうか!ミーナは一つの結論を導き出した。
「セラ、あなたが今とっても悩んでいることを当ててみせましょうかぁ?」
「だからあたしを呼んだのねぇ。あなたの悩みはあたしでなきゃ解決できないことだからぁ」
「・・・そうよ。わたしもうどうしていいのかわからなくなって・・・」
「ちょっと待てよ。悩みってなんだよ。俺聞いてねえぞ」
「男ってそうよねぇ」
「ホント鈍感。困っちゃう」
「勝手にディスるな。教えてくれよ」
狽えるシュウに、ミーナが噛んで含めるように言った。
「あのねぇシュウ。セラは実体化している時間が短いことに悩んでいるのよぉ。あんなに何時も一緒にいるのにぃ、ホントに気が付かなかったのぉ?」
残念な子供のようにシュウを見た。
「ホントか、セラ?」
「ミーナは言った通りよ。わたしね、皆と街に出かけても、パーティーの訓練していても、肝心なところで腕時計に戻らなきゃいけなかったじゃない?その度にいつも皆に気を使わせて・・・。わたしもうそんなの嫌。皆みたいに暮らしたい。ヒモ付き、制限時間付きの生活にはもう耐えられないよ。いつまでも皆のお荷物でいたくない。もっと皆の役に立ちたい」
「わたしも仲間なんだって、ここにいていいんだって証が欲しい。だから・・・」
セラは唇をかみしめて泣くのを堪えている。
(あんなに外の生活を楽しみして、瞳を輝かせていたのに。セラの憧れを、期待を取り上げてしまったのは俺だ。一番傍にいていつもセラを見ていて、俺はいったい何をやっていたんだ)セラには、今まで長い間絶望に耐え続けてきた分幸せでいて欲しかったし、そうなって当然だとシュウは思っていた。
それなのに、表面だけ見て問題なしと思い込み、問題を放置しここまで膨れ上がらせてしまった自分の愚かさをシュウは許せなかった。
今になって、買い物でも訓練でも、セラが時間切れで腕時計に戻らなければならなくなった時、とても寂しく悔しい表情をしていたのを思い出した。
「セラちゃん大丈夫よぉ。心配いらないわぁ。あなたのことが気になっていたから、あたし調べておいたのよぉ。あなたの希望にぴったりのものがあったわぁ」
肩を優しく抱きしめてセラに囁いた。
今にも肩を震わせ消え入りそうに縮こまっていたセラが、その言葉に強烈にに反応した。
「本当?本当にあるの?」
「あるわよぉ。お誂え向きのがねぇ。でも簡単には手に入らないわぁ。それを勝ち取るにはとても大きな困難を克服する必要があるわぁ。あなたにその覚悟はある?」
「あるわ。自由になれるんだったらなんだってやるわ。何があってもやり遂げて見せる。だからなんでも言って頂戴!」
セラの決意のこもった眼差しをミーナは正面から受け止めた。
「・・・うん、あなたの覚悟はわかったわぁ。あたしに任せなさい。きっちり解決してあげるから」
「さあシュウ、ぼーとしてないでぇ、今すぐ皆を集めて頂戴。忙しくなるわよぉ」
自分を置き去りにして事態が進行していくのことに、狽えるばかりのシュウがそこにいた。
深夜になろうという時刻、食堂のテーブルに黒魔団フルメンバーが集まっていた。
当然ユキ、トーカ、シナモンもいるし、ベルも目をこすって眠たそうだ。
全員揃ったことを確認して、おもむろにミーナが口を開いた。
「みんなこんな夜更けにありがとうねぇ。わざわざ集まってもらったのはぁ、ほかでもないセラちゃんの一大事について皆に意思を確認したかったからなのぉ。女の子たちは皆気が付いていると思うけど、ニブチンの男共のために説明するわ」
「セラちゃんは妖精族。シュウの腕時計に宿っているのは知っているわねぇ。セラちゃんはいつもマナで体を造って実体化しているんだけど、それには一つ問題があってね。実体化できる時間に制限があるの。それはぁ、マナの濃度によって実体化できる時間に差が出てくるってことぉ。濃度の高い”宵闇の森”だと制限なしに維持できるけどぉ、低い街中だと持って半日なのぉ。ここまではいい?」
皆の顔を見回す。理解しているようだ。
「たった半日じゃ生活してるって言える?楽しいことも時間制限で諦めなきゃならないなんて、そんな箱入りお嬢様あり得ないわ。みんなももっと一緒に色々なことしたいよね。セラちゃんだけそれを諦めなきゃいけないの?妖精族だから?」
「そんなの絶対認められない。仲間として受け入れられない。そうでしょう?だったらそんな理不尽ぶち壊してやろう。あたしたちは決して仲間を見捨てない。セラちゃんが胸を張って人生を謳歌できるにしてあげよう!」
「あたしたちが本気になったらできないことなんかないんだって証明してやろう。
あたしたちは最高のパーティー黒魔団なんだから!」
「その方法はあるよ。でもそれはあたし一人じゃダメなんだ。みんなの力が必要なの。でもとても危ない橋を渡ることになるわ。だからみんなの気持ちを聞きたくて集まってもらいました」
ミーナは言葉を切って息を整えた。
「みんな、セラちゃんのために手を貸してくれないかしら」
彼女は深々と頭を下げた。
「俺からも頼む。力を貸してくれ」
シュウも横で同じように頭を下げた。
間に挟まれたセラは、ミーナの突然の激に呆然としている。
「舐めるんじゃないわよ。あたい達が断ると思ってんの、ミーナ」
こういう時に真っ先に答えてくれるのは何時だってクメールだ。
「やるに決まってるでしょ。ねえ、みんな」
「当たり前だ」
「見損なうなよ」
「任せとけって」
「お安い御用さ」
男共はシュウを取り囲んで小突き回している。
女性たちはセラを抱きしめみんな泣いている。
その様子を見守っていたミーナは、ふと手に温かみを感じて視線を下に移した。
その視線の先には、愛おしそうにミーナの手に自分の手を重ねたベルがいた。
ベルはミーナを見上げると
「よかったデスね。みーなサマ。みーなサマのあたらしいおなかまハ、みなさますてきなかたたちデス。もうお寂しくありまセンね」
とほほ笑むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます