四月馬鹿 (その3)

「妖精族ってさ、みんな里でひとりでに生まれ、里から一歩も出ないまま長い時を過ごして最後には精霊になっていくの。例外は里の存亡に関わる時だけ。例えば少し前の邪神戦争の時は、外の世界の戦争に妖精族も大勢戦ったって聞いているわ。でもそんなことは稀。里長でも外から呼び出されない限り出ていかない。妖精族は里の中で完結しているから、外に出る必要さえないのよ。里の濃密なマナを糧に、風のように水のように土のように光のように、ただそこに在って、移ろい、やがて精霊と化して世界と一体となる。そのように造られているのがわたしたち妖精族」

彼女は口をギュッと噛みしめ、拳を固く握り込む。


「でもわたしはそんな風に生まれなかった。里の中ではわたし一人だけ違っていた。皆と同じように、何の疑いもなく、何も考えずに里に同化して生きていくことはできなかった。ほかの誰もわたしのことを理解してくれなかった。ううん、できなかった。わたしだけ皆の輪から外れていたの」


「わたしは里の当たり前のことが不思議でならなかった。どうしてそうなんだろう?なぜそこに在るのだろう?なぜ移ろいゆくのだろう?疑問は次々湧いてきて、いつの間にか外の世界が、そしてこの世界がどうなっているのか知りたくてたまらなくなっていたの」


「里の言い伝えにある、邪神戦争で一緒に戦ったほかの種族ってどんななのだろう?どんな姿で、大きさで、どんな声で、どんなところにいるのかな?木や草や水や土や光は里と違うのかな?どうしても知りたい。確かめたい。この目で見てみたい。この望みはわたしの心を焼いて、焼き尽くして、きっとわたしを灰にするまで消えやしないんだ。誰かわたしをここから救い出してくれたら・・・。でもそんな都合のいい願いなんて決して叶わない。この消えることのない欲望に取りつかれたまま、わたしは永劫を里に閉じ込められるんだ、て絶望していたわ」


「でもそこにあんたが来た。来てくれた。一目であんたが待っていた人だってわかったわ。だってあんたはこの世界の存在じゃなかったから」

「いや、俺は・・・」

自分の秘密を言い当てられ、狼狽するシュウに、彼女はシュウの左手を掴んで手首を露出させた。

「隠さなくてもいいわ。これがその証拠。あんたが左手に着けているこの奇妙な腕輪は何?マナを必要とせず動き続け決して壊れない。内部にとてつもない量のマナを持っているこんなもの、この世界のものではあり得ないわ!」

 

「これがすべてのカギになるの。強大な力を持つモノは、ほかの弱いモノを覆い隠してしまう。お日様が星々の輝きを消してしまうように。だからわたしがこの腕輪に宿ってしまえば、きっと外からはわたしを察知することはできなくなるわ。里は、外からは簡単に入ることができるけど、中から外へは、許されたものしか出ることはできない。あんたは許されて出ることができる。でもわたしはだめ。わたしが許されることは決してないの」


「だからこの腕輪に宿ることが、わたしにとって唯一のチャンスなのよ。お願い。わたしをこの牢獄から解放して。外の世界に連れ出して」


「・・・虫のいい願いだってわかってる。あんたには何も得られるものはないわ。きっと二度と妖精の里に来ることはできなくなる。それどころか妖精族全体をを敵に回すことになるかもしれない。それなのに、わたしはあんたに何も報いることはできない。わたしには、この身一つしかないから。それでも、もし手伝ってもらえるなら、わたしの全てを対価としてあんたに差し出すわ。約束よ。ここを出られのなら、わたしは何を引き換えにしても構わない!だからお願い。わたしを助けてください」

 

シュウはすぐに答えることはできなかった。

少女は顔を両手で覆って声を殺して泣いていた。


黙って上を見る。

テントの明り取りの形に夜空が切り取られている。

大きな月が煌々と照らしている。

(こっちにも同じように大きな月があるなぁ。俺にも一つだけ望みがあったっけ。叶うのなら俺の命なんか安いもんだと思ったヤツが。こっちに来てもう叶えられなくなってしまったけどな・・・。どれだけ望んでも手が届かないってのは辛いよなぁ)

 

シュウは彼女の顔を真っすぐ見つめた。そして

「わかった。手伝ってやるよ」

と優しく微笑んだ。

「え?」

彼女が訊き返した。

その答えを期待していたけれど、あまりに無茶な望みなのでやっぱり駄目だろうと諦めていたので、驚くほかなかったのだった。


「だから、いいよ。外に連れ出してやるよ」

しょうがないなとシュウが繰り返す。

「いいの?」

「いいさ」

「本当に?」

「本当さ」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃないさ、ってしつこいな。出たくないのか?」

「出たいよ。でも・・・すごく迷惑かけるよ?」

ハの字の眉になった彼女が消え入りそうに呟いた。


「妖精族全体があんたの敵になるよ。それでもいいの?」

「いいさ。それくらいどうってことないね。それにどうせ里を追放されるんだから、今更だな」

シュウの返事は変わらない。飄々としてどこか不真面目だ。

 

それを聞いて見る間に彼女の目に涙が溢れ出した。

「あ、ちょ、待て、泣くな」

慌てふためくシュウ。女性経験の少なさを暴露したも同然の態度だ。

「泣いてなんか、ない」

「嘘つけ」

「嘘じゃないもん。だって・・・だって・・・」

他に何も思いつかなかったので、彼女の嗚咽が消えるまでシュウは黙って彼女を抱き寄せ優しく頭をなでてやった。


「全部初めてだったの。話を聞いてもらったのも、手伝うって言ってもらったのも」ようやく泣き止み、恥ずかしそうにシュウに告げる。

「そんなこと言ってもらえるなんて思わなかった。どうせ断られんるだろう、て思ってた」

照れくさそうにまた俯く。

「そっか」シュウは無理に促そうとはしなかった。

ただ傍にいて話を聞いているだけだった。


彼女は俯いたままモジモジしていたが

「ねえ、もうひとつお願いがあるの」

と切り出した。

「ああ、いいとも。言ってみなよ。俺にできることなら何でもしてやるよ」

内容も聞かず安請け合いする。

「わたしに名前を付けてくれないかな」


「え””?」

「だってさ、もし外に出られたら、わたし名前がいるでしょ?外じゃ皆持っているみたいだしさ」

「そりゃそうだけど・・・」

「わたし無いもん。困るよ。だからあんた付けてよ」

「自分で付けりゃいいだろ。好きなヤツを」

「やだ。あんたがつけてくれるのが良いの」

「そんな簡単にいくか」

「いーからいーから。わたしにぴったりの可愛いのお願いね」

「しょーがねえなぁ・・・」

シュウは腕組をして考え込んだ。

しかしそんな簡単に良い名前を思いつくはずもない。

「まだぁ?」

「まだだ」

「・・・ねぇー、まだなのぉ?」

「もうちょっと・・・」

「早くぅ。焦らしちゃいやよ」

「うるさいなあ・・・。お、これならどうだ」

ようやく思いついた。

「セラリアム」


「セラリアム・・・。なんかいい響きね。どういう意味なの?」

「“小さな宇宙”とか“箱庭の中の世界”っていうところかな」

「ふーん、どうしてこれにしたの?」

「お前これから外の世界に出るだろう」

「うん」

「そしたらさ、お前は本当の意味でこの世界に生まれ出ることになるんだ。誰でも生まれたときはまっさらだ。そこから色々な経験をしてそしてそれがそいつを形作っていくんだ。お前もこれから世界中色々な所に旅してさ、面白いものや楽しいもの不思議なものなんかいっぱい見て回るといい。行った先で色々な人と会って話して楽しんでさ。そういったこと全部が何もなかったお前の中に世界をだんだん創って、それがお前の生きてきた証になるといいな、て思ってさ」

照れくさそうにそっぽを向くシュウ。


「えへへ、なんかうれしいな。セラリアムか・・・。すごく素敵」

新しい名前をつぶやいてみる。

「わたしはセラリアム。でも長いからセラって呼んでもいいわよ」

「あいよ、気に入ってくれて何よりだ。よろしくな、セラ」

「こっちこそ。よろしくね、シュウ」心のつかえが取れて、セラに大輪のヒマワリのような明るい笑顔が花咲いた。


その後、里を出た後のしたいことなど、他愛もないことをひとしきり話した後、会話が途切れて二人の間に沈黙が下りた。


「出られるかな?」

不安と期待が混ざった声でセラが尋ねる。

「出られるさ」

シュウが言い切る。

「本当?」

期待が膨らみセラの声が弾む。

「ほんと、ほんと」

軽い調子でシュウが頷く。

「調子のいいこと言って。じゃあどうやって出るのよ。計画あるの?」

「あるさ。聞きたい?仕方ないなあ、教えてやってもいいけどさぁ」

「何よ。もったいぶらずにさっさと教えなさいよ」

不安を吹き飛ばす様に、賑やかに悪だくみは練られて行くのだった。


仕込みは既に終わっていた。

魔物の牽制用に使われる、通称カンシャク玉というものがある。

マナを込めると派手な音と同時に煙幕を発生させる、ただそれだけのものだ。

夜のうちにこれと遠隔操作の拡声機を、フェアリーリング周辺の茂みに配置してある。

 

翌朝シュウは里長のもとに出向いた。

「里長、ずいぶん長居してしまいました。外では仲間が心配していると思います。この辺でお暇したいと思います」

「そうかな。来たばかりではあるが、外のものとは時間の感覚が違うのであろうな。帰りたいというのであれば、止めはせぬ」

企みが潰えた残念さを微塵も表情に出さず、里長は淡々と告げる。

「ご厚意感謝いたします」

「ただし一つお前に言い渡すことがある。今後のお前に関することだ」


「里の定めにより、この里に来たものは、望むままに里に留まることを許される。しかし一度里を出たならば、二度と戻ることは叶わぬ。お前は今里を去ることを求めた。しからば定めに従い、お前はこの里から永久に追放される。それを踏まえ、今一度お前の考えを聞こう」

「私は決心を変えるつもりはありません」

「よかろう。それでは人族のマレビト、シュウ。お前の追放を執り行う。引き立てよ」


里長の命令でシュウはフェアリーリングの中央に引き出された。

「始めよ」

里長が右手を上げ宣言する。

それと共にリングが発光し始めた。


そのタイミングで、打合せ通りセラが仕掛けを起動させた。

閃光と共に煙がリングの周りに濛々と立ち込め、シュウの姿を隠してしまう。

辺りが騒然とする中、

「シュウ助けに来たぞ」

大声が響き渡った。


「敵襲だ!」

「迎え撃て!」

広場は混とんと化し、右往左往する妖精族でさらに混乱に拍車がかかったその瞬間、セラがシュウの腕時計に憑依した。

それと同時に里長の声が響いた。

「こ奴を直ちに排除せよ」

声と同時にリングが作動し、シュウの姿は里から消え失せたのだった。

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