四月馬鹿 (その2)

シュウは人形のように同じ動作を繰り返している。

決められた動作をなぞる自動人形。

朝目覚めるとテントを出る、そして草むらに寝ころび空を見上げる、日が暮れると起き上がりテントに戻り寝る、ずーっとその繰り返し。

 

しかしこの時は違っていた。

テントに帰って寝ているシュウの元に、一体の光がそっと入っていったのだ。

最初の時、テントの周りを飛んでいたあの緑色の光だ。

光は1人の妖精族の少女の姿をとった。

彼女は、シュウが里に迷い込んでから常に、誰にも気づかれないよう慎重に彼の様子を窺っていた。

シュウが里から帰る時まで待つつもりだったが、里に取り込まれそれも危うくなってきたため、危険を冒して彼のもとを訪れたのだった。

 

彼女の姿は、髪は黒の混じった濃い碧、澄んだ翡翠色の瞳が整った顔立ちに強い印象を与えている。

背中には淡い蝶のような2対の羽が生えている。

彼女はしばらくシュウの寝顔を窺っていたが、やがて修の顔の上を飛び回りつつ、緑色の鱗粉のような光の粒を振り掛けシュウの名前を呼んだ。

 

はじめは何の反応もなかったが、何度も繰り返し名を呼ぶとようやくシュウは目を覚ました。

「うるさいなぁミーナ、あと5分寝かしてくれ」

寝起きの不機嫌な声で返事をしたあと、また寝ようとした。

「あんた、いい加減起きなさいよ」

イラついた声と共にシュウの顔に突風が吹きつけ、思わずシュウは飛び起きた。


「何だ?」

「何だじゃないわよ。しっかりしなさい」

「誰?」

目の前に浮かぶ妖精族の少女をようやく認識し、シュウは混乱していた。

「ミーナじゃないよな。俺どこにいるんだ?」

「感謝しなさいよね。あたしが起こしてあげなきゃ、あんた動物奴隷にされるところだったんだから」

 

シュウは全く状況を飲み込めていなかった。

辺りを見回して、自分のテントにいることは分かった。

とっくに拠点に帰っていたはずじゃなかったのか?なんで目の前に妖精族の女の子がいる?何で怒られている?とにかく困ったときにはアレだ。

「ありがとう、どうも君に世話になったみたいだね」

とりあえずお礼だ。


「ところで君は誰?」

「あたし?あたしは名前なんかないわ。妖精族は特別のもの以外は名前を持たないの。必要ないから。好きに呼んでくれたらいいわ。マレビトのシュウ」

「シュウでいいよ。こちらこそよろしく。それでさ、言いにくいんだけど・・・」

少し躊躇った。

「目の前を飛び回られたら落ち着かないからさあ、君どこか止まってくれない?」

「えーめんどくさいなあ」

彼女は腰に手を当てて怒った顔をしていたが、少し考えて

「これでどうよ?」

彼女はシュウの目の前で一瞬で人間サイズになった。

「おー、スゲー。どうやったの?魔法?」

「こんなの簡単よ」

少女は少し得意げに胸を反らした。


「わたしたち妖精族の体はマナでできているの。だからサイズ調整なんて楽勝よ」

「着ているものは?」

「それもマナ製。好きなように変えられるわ。ほら、こんな風に」

表面積の小さいものになった。

「あんた的には着てない方がお好みかな?」

元に戻してニヤニヤする。

「いーよそっちで。ヒトはマナーが大事なの」

「へぇー、ほぉー、ふぅーん。まあ残念な顔は見逃してあげるわ」

「やかましい!」


「まあいいわ。本題に入りましょう。まず、あんた一体どうやって里に来たの?」

シュウがフェアリーリングらしきモノを経由して里に偶然迷い込んだ経緯を説明する。

「あんた、ほんっと面白いわ」

盛大に爆笑した。


「うるせー、人の不幸を笑いやがって」

「だってさ、妖精の里にはめったに外の者は入れないのよ。そもそもフェアリーリングを作動させられないからね」

「でも俺できたぜ」

と自慢げなシュウ。

「そう、あんたみたいに入ってくるヤツはたまにいるわ。その子たちは皆同じ特徴があるけど」

「どんなだよ、そいつらは?」

「その子たち」訂正された。

「まさか!?」

「そう。みんな子供。子供の純粋なマナがリングを作動させるカギなの。つまりあんたは、見た目は大人、中身は子供のお子ちゃま野郎ってことね」

再び腹を抱えて爆笑している。

「くそー、言い返せねぇ」


ひとしきり笑った後、彼女は真顔になって言った。

「あんたさあ、わたしが目を覚ましてあげなかったら、ここで動物奴隷にされてお終いだったのよ」

「動物奴隷ってどういうこと?」

「ほら、里のあちこちでおとなしい動物がいたでしょ。あれがそう。里に残ったマレビトのなれの果て。ただ生きて、その身に持つ膨大なマナをあたしたちに提供させられるだけの存在」

「じゃあ、このまま何も考えずに里にずーっといたら・・・」

「あんたもそうなってわね」


「・・・マジか」

「だから、あんたはわたしにとっても大きな恩があるの」

「そう、かな?」

「そうよ!だから」

「だから?」

「恩は返さなきゃいけないわよねぇ」

「まあ、世間的にはな・・・」

「だからさぁ、恩返しで、ちょっとあんたに頼みたいことがあるのよ・・・」

言いにくそうに口ごもって下を向く。

「何だよ?俺にできることなら別にいいけど」

「あたしをね」

「ん?」

「あたしをここから連れ出してくれないかなぁ?」


「よかったら訳を聞かせてくれないか?」

シュウは彼女に優しく話しかけた。

(こんな恩着せがましい頼み方をするんだから、よほどの事情があるんだろうな。助けてくれた借りもあるし、話を聞くぐらいならいいか)

彼女はしばらく黙って下を向いていたが、やがてポツリポツリと話し始めた。

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