四月馬鹿 (その1)
メンバーがそれぞれ目的をもって活動を始めたのを尻目に、シュウは暇を持て余していた。
シュウのスキル“シザー”は特殊で、効果が限定的なら積極的に使える場面も今のところこれといって無い。
討伐以外の個別の訓練になったら、途端に彼のやることがなくなってしまったのだ。
拠点でじっとしていても仕方がないので、シュウはギルドの単独依頼を受けることにした。
ソロで受けられそうなものは採集くらいしかなかった。
この前のミニスタンピードの記憶が生々しく、”宵闇の森”の奥にはとても行く気にならない。
入っても浅い部分でできる依頼を見繕ってもらい朝早くに出発した。
シュウは、依頼も”宵闇の森”も甘く見ていた。
採集は分析を使えば楽勝でこなせ、スキルの訓練にもなる。
魔獣は不意打ちさえ気を付けていれば大丈夫と高をくくっていた。
鼻歌交じりに森に入る。いい天気で暖かで、絶好の採集日和だ。
ベルは何を作ってくれたかな、弁当の中身を想像したり、そこらの草むらに分析をかけて片っ端から薬草を摘んでいく。
ストレージに仕舞っておけば常に新鮮そのものだ。
時間を気にせずマイペースで続けていった。
簡単に行き過ぎ気が緩み、時間経過の確認を怠っていたので、いつの間にか日が傾
いてきたのにやっと気が付いた。
そろそろ切り上げようと辺りを見回すと、森の中で迷子になっている自分を発見した。
うぇ、全然わかんねぇぞ。もうすぐ夜だしこのまま野営か、と躍起になって安全な場所を探してさらに森を彷徨う。
完全に自分の位置を見失っている。
前回のミニスタンピードで森の恐ろしさは身に染みていた。
とにかく安全な場所へとひたすら森に分け入った。
どれぐらい歩いただろうか。
時間の感覚も失われ、辺りは薄闇に包まれている。
突然、開けた場所に出た。
広さはゴルフのグリーン程度のほぼ円形の空き地で、同じ形の空が上に見える。
雰囲気も森の中らしからぬ厳かで何か神聖な気配に満ちている。
森の音が全くしない。
空地の中心に妙なものがあった。
直径3mくらいの円を描いて、半透明で夕暮れの中淡く発光するキノコが等間隔に生えている。
なんだこれ?見つめていると、なんだか意識を搦め捕られぼうっとしてしまう。
シュウは誘われるようにキノコの形作る輪の中に入って行った。
彼が輪の中心に至るとキノコがひときわ強く発光した。
光が消えた後には何も残っていなかった。
気が付くと、シュウは見知らぬ景色の中にいた。
辺りは広く開けた草地で、色とりどりの花が咲き乱れ、その中に点々と木が生えている。
まるで春のような暖かく穏やかな空気に満ちている。
周囲は木々に囲まれているが”宵闇の森”のような圧迫感はない。
見える範囲に家は一軒も無い。
その全てが夢の中のように淡く、輪郭が曖昧に溶け合い、薄っすら発光している。
足元を見ると、森の中で見たのとそっくりなキノコの輪があった。
どこからか声が聞こえてくる。
囁くような、遠くから呼びかけるような、高く低く、子供のような大人のような、曖昧ではっきりしない声が周囲から聞こえてくる。
その声は会話をしているようにも、シュウに呼び掛けているようにも感じられた。
(来たよ)
(来たね)
(何が?)
(マレビトが)
(マレビトが来た)
(どこから)
(外の森から)
(輪を通って)
(輪を通って外の森からマレビトが来たよ)
(何しに?)
(しらない)
(しらない…)
声を聴いているうちに、シュウは自分の周りに色とりどりの拳大の光が乱舞していることに気が付いた。
光によく目を凝らしてみると、その中に虫に似た羽を生やした小さな人の姿が透けて見える。
「よ、妖精?」
思わず言葉が口をついて出た。
彼の声に反応したかのように、光は数を増やし激しく飛び回る。
(見えてる?)
(見えてる)
(見えてる)
(こっちを見てる)
(こっちを見てるよ)
(変だね)
(変だよ)
(何か違うよ…)
いつまで経っても埒が明かないので、シュウは思い切って呼び掛けてみた。
「俺はヒト族のシュウ。あんたたちは何者だ?」
修に呼びかけは劇的な反応を引き起こした。
夏の日の蚊柱のように、修の周りを先がが見えないほど密集した光の集団が、ぐるぐぐる回転して乱舞している。
(静まれ)大きな低い声が響くと、激しかった光の乱舞が嘘のように収まり、シュウの目の前にひときわ明るく大きな光が浮かんでいた。
「ワタシはこの妖精族の里の長。長と呼べ」
光はそう名乗りを上げると続けた。
「ヒト族のシュウ、お前はどうやってこの里に来た?」
シュウがここに来ることになった顛末を説明すると、納得したのか
「オマエに害意の無いことは理解した。このような外からの訪問は稀に起こる。里が招かざる訪問者をマレビトと呼ぶ。里はマレビトが望む間滞在を許し、歓待する。オマエを歓迎しよう。ヒト族のマレビト、シュウよ」
「突然の訪問にもかかわらず快く迎えてくれて礼を言う、長よ。俺は帰らなければならない。明日にはここを出ていこう。それまでの間よろしく頼む」
とシュウは答えた。
「望みは分かった。明日送り返そう。それまでは里で好きにしてかまわない」
「感謝する、長よ。せっかくだから里を見せていただこう」
「それでは、ヒト族のマレビト、シュウ。アナタにマナのよき恵みのあらんことを」長はそう伝えるとシュウの元から飛び去った。
里に滞在が許されたシュウは、せっかくなので里を見て回ることにした。
日が暮れてきたが、春の暖かさも変わらずそのままだ。
もしかしたら四季も無い常春の楽園なのだろうか。
帰ったら調べてみようと思った。
妖精族はそこら中にいた。
見ていると、特に何かするということもなく、木や花に止まったりふらふら飛んだり、たまに見かけるやけに大人しい動物と戯れたりしている。
やっていることは蝶やトンボと同じで、行動に意思が感じられないところもそっくりだった。
春の陽気の中ふらふら飛び回っている様は虫そのものだ。
話しかけてもオウム返しや単語が返ってくるばかり。
享楽的で刹那的、好奇心はあってもすぐ目移りしてしまう。
シュウは早々にコミュニケーションをとることを諦めた。
それとは対照的に動物は彼を見つけると、寄ってきて頭や体でぐいぐい来た方向に押していこうとする。
妖精族には意志が感じられないのに動物にはある。
なんだか外と逆転している印象に少し違和感を覚えた。
いつの間にか夜になっていた。
夜空には大きな月が昇っている。
パステル画のような幻想的な景色の中、光が飛び回っている様子に思わず時間を忘れて見入ってしまう。
そういえば里では何か生産的な場所を全く見かけていない。
何も生み出さずただ受け取り消費するだけの住民。
さっき感じた違和感が妙に生々しくなってきた。
妖精族は長命で永遠にも等しい寿命を持つ種族だとミーナたちに教えられた。
永遠の春が続くなか、永遠に等しい間ただ生き続ける。
何も考えず意志を持たない群体のような住人の里。
一つの疑問が意識に浮かび上がってきた。
この里から帰ることはできる。
そう望めば返してくれると里長は言った。
では帰ることを望まず、留まることを望んだものはどうなったのだろう。
ヒト族を含めこの里では妖精族以外の種族を見てはいない。
マレビトというからには来訪者は多くはないはずだ。
ならば見なかったこともおかしくはないだろうが、それにしても一人もいないのは妙だった。
なんだか頭がぼんやりして疲れを感じたので、明日帰る前に長に聞けばいいやとそれ以上追求せず、ストレージから野営セットを取り出し、手早くテントを立て寝入ってしまった。
緑色の光がテントの周りを暫く飛んでいたが、やがてどこかに飛び去ってしまった。
朝が来て目覚めたが、相変わらず頭がぼんやりしてはっきりしない。
里を出ると決めていたのに、行動に移すのが億劫で、テントの外でぼんやり景色を眺め、夜になって眠くなったらテントの中で眠る。
そんな行動を繰り返しているうち、ふとしたはずみで意識が明瞭になった時があった。
腕時計の日付表示を見ると、外の時間ですでに10日が経過していることを発見し、シュウは愕然としてしまった。
「ヤバい。精神攻撃だ。このままじゃヤラれる」
すぐに里から脱出しようと考えたが、その意志もすぐにかき消され、何も考えずに草むらに寝ころび空を見上げるばかりになった。
(うまくいったね)
(いったね)
(もうすぐだね)
(もうすぐ)
(もうすぐあたらしいなかまがうまれるね)
(たのしみだね)
(なかま?)
(どれい?)
(どれい)
(フフフ)
(ハハハ…)
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