千のナイフ (その1)
ギルドの依頼消化を兼ねた戦闘訓練とスキル習熟訓練を続けていたある日のこと。
クメールがある噂を聞きつけてきた。
何でもミスカ―ティア大学附属図書館に、マルディグラの成り立ちに関する秘匿情報が書かれた本があるらしい、というものだった。
邪神に関する情報もあり、封印場所の特定に役立つ可能性が高そうだった。
しかし、書名すら口にできない、いわゆる禁書といわれるカテゴリーに属するものなので、禁書庫で厳重な管理下に置かれ、まず実物を目にすることさえ不可能なシロモノだ。
書名すら判らないため心のTHE BOOKは使えない。何とかして書名を、できるならば著者名も特定する必要があった。
ここから先は物理的な攻略になる。
図書館のシステムを調べた結果、図書館の情報は図書館長に集約されるらしい。
この世界の制度は大なり小なり共通している。中央集権というか独裁的というか、すべての情報はその部門のトップに集約され、下のレベルと共有されることはない。
ご多分の漏れず附属図書館も同じということだ。
逆に言えば図書館長を攻略できたなら、わが身可愛さに禁書情報の流出は握りつぶされ、こっちの安全は確保されるだろう。
情報の調達は、トシとクメールがあたる。実行犯は、ヒト族で目立たず斥候の隠密スキル持ちのトシだ。
クメールは能力で言うとトシより上手だが、とかく彼女は目立つ。
万一目撃されれば容易に身バレしてしまう。
そうなったらミーナの店と黒魔団までは一直線だ。
そのリスクは絶対に容認できないので、今回は控えてトシのバックアップを務めてもらう。
二人には今後必要になることも踏まえ、禁書を含んだ可能な限り広範囲の蔵書リストを入手することがミッションとなった。
隠密スキルの習熟に7日間は必要とのクメールの判断で、決行は10日後の新月の夜に決まった。
翌日を待たずクメールによるトシの訓練が始まった。
気配の遮断と探知・開錠・罠探知と解除・無音格闘術。
それと並行して図書館の構造、潜入・脱出ルートの選定と警備状況の把握のため現地の下見、図書館長の身辺調査とスケジュール把握。
必要なことは多岐にわたり、どれ一つとっても疎かにはできない。
実地の潜入工作は、膨大な下準備の積み重ねによってようやく実行に移せるのだということを基礎から徹底的に学んだトシだった。
決行の夜が来た。
新月と分厚い雲により隣の者の顔も見えない、潜入にはおあつらえ向きの夜だ。
二人とも漆黒のボディスーツで目だけを出した盗賊スタイルに身を包んでいる。
これには特に意味はないが雰囲気は重要なのだ。
隠密スキルを駆使し、屋根を飛び影を抜け計画通り侵入していく。
警備網を潜り抜け図書館長室の前まで見つかることなくたどり着いた。
重厚な扉の前で中の気配を窺う。
事前の情報通り、中に人の気配はない。
慎重に対侵入者魔法を解除し、開錠スキルでロックを外し扉を少しだけそっと開け中を窺う。
事前情報だと、床に振動感知魔法、天井に熱感知魔法が張ってあるはずだ。
部屋の外から両方を解除し、イレギュラーな罠の無いことを確認の上ようやく室内に侵入した。
陰に潜み完璧に気配を消していたクメールも、姿を現し続いて侵入する。
広い長方形の室内を確認する。
床一面に毛足の長いじゅうたんが敷きつめられている。
扉の左奥に図書館長の巨大な机がある。
その後ろには壁一面の書棚が設置されており、分厚い本でぎっしり埋められている。
右手にはごてごてと装飾過剰な長テーブルとソファ、その牛との壁面にバーカウンターがある。
いかにも高級そうな酒が、これ見よがしに並んでいる。
権力欲と自己顕示欲がたっぷり詰まったいかにもな部屋だった
遠巻きにして慎重に机を調べる。
机全体には触ると警報と催眠ガスを出す接触感知魔法と、抽斗には開けると毒ガスが(噴き出し手に噛みついてくるミミック魔法が仕掛けられている。盛りだくさんだねメル)
(よっぽどバレるとマズいモノがはいっているのかなぁ?)
2人は顔を見合わせてほくそ笑んだ。
(どうしようかコレ?トシ君)
(いちいち罠を解除するのも面倒くさいし、机を丸ごとストレージに吸い込めば簡単でしょ)
(んー、半分合格)
(何で?)
(机はダミーかもよ)
(あ、そうか)
トシは周囲を注意深く調べると、書棚の1点を指さした。
(ここだね。ここが隠し保管庫だ)
(正解。ここには強い魔法反応があるわ。多分ここが本命。慎重に、でも急いでね)
(アイアイ、マム)
調べ始めた年は、やがて途方に暮れた顔でクメールを振り返った。
(だめだ、僕では手も足も出ないよ、メル)
(説明して)
(仕組みは簡単なんだ。生体認証ロックが掛けられている。解除するには被登録者の生体パターンを示すだけ。館長のマナパターンを魔方陣に読み取らせればいいと思うけど、それが分らない)
(力ずくは?)
(3重の防御結界が重ね掛けされている。壊すのに時間がかかるし衝撃を加えた瞬間警報が鳴ると思う。それに保管庫が異空間の場合は、壊すと多分取り出せなくなる)
(撤退してやり直す?)
(痕跡が残るから今夜の侵入はバレるよ。そしたらもっと警戒厳重になって手が出せなくなると思う)
(詰んだわね)
(こういう時に使えるいいアイテムやスキル持ってないの、メル?)
(そんなに都合のいい便利スキルあるわけないじゃない)
肩を竦めるクメール。
(あー、ここまで来てなんだよー。もう一息なのに!何でできないんだよ。なんか無いのか、こう、相手に成り代わるようなヤツとか…。こんな時ロー●ンハンドやMr.★ポックならうまい方法思いつくのになぁ。ああ、あいつらみたいになれたらなぁ…)
追い詰められて愚にもつかないことを妄想するトシ。
(どうするの?)
(う~ん・・・)
(さあ、どうするの?)
(えーと・・・)
(さあさあ)
(う~・・・)
(さあさあさあ)
「あーもう、開け僕の未知なる扉!僕に力を与えろ」
追い詰められたトシはヤケクソで思わず叫んだ。
その瞬間、彼のストレージから使途不明だった革手袋が眩い閃光と共に出現し両手に装着された。
閃光の中にヒトガタらしきものが見え、徐々にシルエットが鮮明になっていった。
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