幕間ーユキー後段

「「「「「「!」」」」」」


中の光景に全員目が点になって声も出ない。

部屋の様子は特に変わったところはなかった。ただ1点だけを除けば。

腰まであるストレートの黒髪に、白のワンピースがスレンダーな肢体によく似合う清楚な和風美人のお姉さんがベッドの端に座っていた。


「いったい誰?」魂を抜かれたようにエイコーがつぶやく。

「アンデッドな恐ろしい女が俺のスマホから這い出てきたはずなんだけど…」

エイコーの言葉を聞いてお姉さんがしくしく泣きだした。

「ようやくお呼びがかかってご主人様にお会いできると、嬉しさで体中が満ち溢れ参上しましたのに。アンデッドなんてあんまりです・・・」

「「「「「「彼女に謝れ!」」」」」」

美人は常に正義だ。

泣いているなら猶更だ。


エイコーは全員にタコ殴りにされ、彼女の前に突き出された。

「ああ、お労しやご主人様。こんなに傷だらけになられて」

彼女はエイコーを皆から庇うように抱きしめた。

女性の良い香りと柔らかさに包まれエイコーは痛みも忘れうっとりとする。


「それでぇ、誰なのこの娘はぁ?家主に無断で女の子連れ込んじゃってぇ」

ミーナが意地悪く責める。

「誤解だ!勝手にスマホから出てきたんだ。おれは全然知らない娘だ」

「ヒドイです、ご主人様。あんまりなお言葉・・・」

栄光の言い訳にまた泣き出す。

「シン君といい、あんたたちは女の子泣かすの趣味なわけぇ?」

「あー!話が進まねぇ。この娘に直接聞こうよ」

クメールが吠えた。

「あんた、一体いったい何者なの?」

「私は・・・」

全員息をひそめて聞いている。

「ご主人様のユニークスキル“イドの怪物”のサポートスキルです」


「なんですってぇ?」

最初に驚きから覚めたのはミーナだった。

「スキルが実体化したの?ほんとに?」

口調が変わってしまっている。

「先ほどご主人様は、心よりこのスキルを望まれました。ご主人様の望み通りにスキルは発現し、私も愛しいご主人様にお目通りが叶いました。幾久しくお仕えしとうございます」と口上を述べ深々と頭を下げる。

畳の上なら三つ指ついているところだろう。


「ユニークスキルって何?女の子がスキル?仕える?訳わからん」

エイコーは全く事態についていけなかった。

それは下方の専門家である魔女のミーナをはじめ全員が同じだった。

「それじゃあ、後は若い2人に任せてぇ、邪魔者は退散しましょうねぇ。ごゆっくりぃ」

理解することをあきらめたミーナは、いち早くこの場の即時離脱を決め、エイコーとスキルの娘以外の者をそそくさと部屋の外に押し出すのだった。


部屋に残った2人の間には、気まずい沈黙が横たわっていた。

その空気に耐えられず、 とりあえず座って話そうかと、椅子をベッドのそばに引き寄せ彼女に促し、自分はベッドの端に座る。

しかしなぜか彼女は椅子の前を素通りし、ベッドの自分の横に座る。

「えーと、君名前は?」

「私に名前はありません。ご主人様に付けていただきたいです」エイコーの手を取り潤んだ瞳で懇願する。

「お俺がぁ?」

「はい」

「俺じゃなきゃダメ?」

「ご主人様に、ぜひとも」

「・・・ユキはどうかな?」

しばらく考え込んでいたエイコーはやっとのことでひねり出した。

「どういう意味でしょうか?」

「俺の国の言葉で“幸せ”って意味だ。俺が心から望んだユニークスキルなら、きっと君のサポートが皆に幸せを運んでくれると思ったからなんだ」

照れくさそうに理由を話す。

「ユキ。ユ・キ。ステキな名前です。大事に大事にいたします。ありがとうございます。ご主人様」

ユキは魂に刻み込むかのように何度も自分の名前をつぶやいた。


「気に入ってくれてよかったよ。それでさ、ユキ」

「はい、なんでしょうご主人様」

「その、言いにくいんだけど」

「何でもおっしゃってください。ご主人様」

「俺のこと、ご主人様って呼ぶのやめない?」

「お気に障ったのでしたら申し訳ありません。ではエイコー様と」

「様は要らないかな」

「いえ、なりません。恐れ多いです。エイコー様とお呼びしてはいけませんか?」

ユキは目に涙を浮かべて縋るように見上げる。

クソっ反則だな、コイツは、このままではまずいと思ったエイコーは、意志力を動員した。

「様もちょっと。無い方向で・・・」

「ダメですか?」

彼女の切れ長の目から今にも涙が零れそうだ。

「ダ、ダメ・・・じゃない」

圧力に屈してしまった。

「うれしい。エイコー様」

ユキは晴れ晴れとした顔でエイコーの両手を取った。

「じゃあ下に行こうか。みんなにユキを紹介するよ。それと、よかったら俺のユニークスキルのこともみんなに教えてくれないか?」

「はい。お供します。エイコー様」


1階のダイニングテーブルの片側に居心地の悪そうなエイコーとユキ、反対側には興味津々のメンバー全員がひしめいていた。

「彼女はユキ、俺のユニークスキル“イドの怪物“のサポートスキルだ」

「ユキと申します。これからエイコー様のお世話をさせていただきます。今後ともよろしくお願いいします」

2人そろって頭を下げた。

「そんなに畏まらなくてもいいわよぉ。わたしはミーナ。ここの家主兼黒魔団のメンバー。こっちのかわいい子はベル、わたしの使い魔。その隣がワーキャットのクメール、うちの居候兼用心棒、でこっちは・・・」

成り行きで、ミーナがホストになって全員を紹介した。


「それじゃユキ、あんたのこと聞きたいな」

クメールが興味津々で大きく身を乗り出した。

ユキは、エイコーをちらっと見て、彼が頷いたのを確認した上で話し始めた。

「まず、エイコー様のユニークスキル“イドの怪物“からお話しします。このスキルは、人の集合的無意識にアクセスし情報を得るスキルです。スキルの使用は、最初に対象となる種族に肉体的接触することが必要です。ただ、2回目以降は、肉体的接触は不要になります。スキルの成長によって種族を超えた検索や、さらには世界を超えた検索が可能となるでしょう」


それはシュウたち召喚者にとって、計り知れない価値があるスキルだった。

体系化されていない知識の集合体を、接続条件なしに検索できる無制限拡張版ネットブラウジングといった位置づけになるのだろう。

このスキルがあれば、現代知識からこの世界が知らないことをいくらでも手に入れることができる可能性がある。

そにお知識と魔法の知識を融合出来たら不可能と考えられていたことや夢物語だと一笑に付されてきたことを現実にできるかもも知れない。

 

理解が追い付いていないせいで、頭の上に?を林立させているミーナやクメールにエイコーが優しく説明する。

「俺たちの心の奥底には、自分で意識できない場所がある。意識の底のさらに奥、個の枠を突き抜けた領域。そこには種族全体で繋がり共有されている知識や記憶が蓄えられている。個人を超え種族全体が一つとなったその領域を集合的無意識という。そこには過去から現在までの種族の経験そのものが蓄えられているんだ。これで合ってるかいユキ?」

「はい、エイコー様。とてもお上手な説明でした」

手放しでエイコーを褒める。


「ただ、そうはいいましても集合的無意識にアクセスし情報を得る、ここが最も困難な部分です。そこをナビゲートすることが私の役目です。実際には私、エイコー様どちらかが肉体的接触を行いスキルを発動、そこから先は私が情報を引き出します。言うなればイドの怪物がブラウザー、私が検索エンジンといったところですね」

「ちょっと待ってぇ。今聞いたことを整理するからぁ。えっと、たとえ話でごめんなさいねぁ。わたしたちの心をぉ地下の洞窟だとします。洞窟はとても広くてぇ全部は判っていません。洞窟は下にも続いていてぇ、その奥には湖があります。その湖はぁはるか先の大きな海につながっています。行き方さえわかればぁ、その先の海からいろいろな恵みを得ることができる、ってことでいいかなぁ?」

「はい。とても分かりやすい表現です」

「その話ならあたいでも分かるわ。ありがと、先に進んで構わないわ」


「俺たちは元の世界から切り離されているからできないとして、じゃあ今検索できるのはミーナかメルなんだな?」とシュウ。

「はい。おっしゃる通りですシュウ様」

「テストしてみるか。いいかなメル、ミーナ?」

エイコーの問いかけに二人は頷く。

エイコーがミーナの肩に手を置き

「初級光魔法“ライト”の発動方法」

とわかりやすく声に出して宣言した。宣言と同時にユキの体が発光し、ほぼ時間差なしにエイコーの頭の中にユキの声が響いた。

(検索完了しました。最も関連性の高い情報をインストールします)

エイコーの脳内に情報が流れ込む。

(インストール終了しました)

アナウンスの終了と共に、エイコーは自分の中に“ライト”の発動知識があることを実感した。

「ミーナ、おれは”ライト”できなかったよな」

ミーナが肯定する。

「今使ってみるよ。魔導書を貸してくれないか」

エイコーはミーナから受け取った魔導書の該当ページを読み“ライト”の呪文を唱えた。

すると今までどうしてもできなかった魔法があっさりと発動し、部屋の中は明るい光で満たされた。


「次行ってみよう。メル、君の部族で秘匿されている情報、何かない?」

「あたいの部族の里の位置なんかどう?」シュウの質問に答える。

テーブルに地図を広げ、今度はユキがクメールの肩に手を置く。

先ほどと同じ現象が繰り返され、エイコーに結果がもたらされた。

エイコーが地図に印をつける。

印された場所を見たクメールは

あってる、と信じられない表情を浮かべた。

長年にわたって受け継がれてきた氏族の者にみ秘匿され、決して外部に漏らすことのない秘密があっさりと目の前に晒されていた。

しかも移動する里の過去の位置まで正確に。

その中にはクメールの記憶にないものも含まれていた。


もはや疑いようはなかった。

この後テストを重ね、スキルの特性も見えてきた。

まず、質問が曖昧だと検索結果が膨大に膨れ上がり、有意な結果が得難くなること。そのためキーワードの絞り込みが重要になること。

次に特定のスキルや魔術などの使用に関しては、使用方法まで得られるが、実際の使用は使用者の適性や習熟度に依存するため、使えるとは限らないこと。

特に魔法はマナの保有量、スキルはジョブの依存度が高いこと。

最後に、検索範囲は現時点では1種族に限られること、の3点だ。


「とんでもなく凶悪なスキルだな」トシが興味深々の様子だ。

「知識だけじゃなく使う技術まで手に入るんだから、自分の医学知識の補完をお願いできそうだ」

将来性に期待してケイが嬉しそうだ。

うまく成長すれば使者に対する切り札になるな。先の見えない封印解除ミッションの中で、ようやく先が見えてきたかもしれない、と頭の中で整理すると、シュウは二人に声を掛けた。

「どう成長させるかは二人の意思次第だ。頼んだぜエイコー、ユキちゃん」

この時ようやくエイコーは、自分が望んで手に入れたこのスキルが好きになったのだった。

この世界に召喚されることになって、昔からあこがれていた魔法を使いたくて、それが可能な体にしてもらったのに、でも使えなくて、自分に失望して、それでもやっぱり諦められなくて、無駄でもなんでも悪あがきして、そしてようやく手に入れたスキルが自分のあこがれをかなえてくれた。

こんなに嬉しいことはない。 

しかしこのスキルの真価は、現実を凌駕した部分にこそあったが、現時点では誰も想像すらし得なかった。


顔合わせとスキルの検証の後、拠点を一通り案内し、最後にミーナは二人ををエイコーの部屋に連れて行った。

「エイコー君はぁ、ユキちゃんをなるべく実体化するようにしておいてねぇ。スキルの訓練になるしぃ、ユキちゃんの実体化時間も伸びるでしょう?」

部屋の前でアドバイスする。   

「あ、そうそう。仲良くするのはいいけれどぉ、アレの時はなるべく声を小さくしてねぇ。おほほほほ」

と部屋のカギを渡しながら下品に笑った。

「うっさいわ!」

怒鳴り声と共に扉の閉まる大きな音が建物中に響き渡った。

ー黒魔団が8人になったー

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