千のナイフ(その2)

「ようやくお呼びがかかったわ。初めましてダーリン。私はユニークスキル“エスピオナージ”のサポートスキルよ」

光が消えると、そこにはブロンド美人がいた。推定年齢は20代後半、背はトシと同じくらい、綺麗なブロンドのショートボブですごくメリハリの利いたボディのお姉さんだ。


「え?何?誰?」

事態をまだ把握できていないトシは軽いパニックを起こしている。

一方クメールは3度目ともなれば慣れたもので

「今の閃光で多分気付かれたわね。急ぎましょ」

落ち着いて指示を出す。


「まずスキルの確認」

「えーと、アナタ、僕のユニークスキル“エスピオナージ”て、どんなスキル?」

「いいわよダーリン“エスピオナージ”とは、合法・非合法を問わずあらゆる情報の操作を可能とするスキルよ。その範囲は、一般民衆向けの扇動から政府転覆の破壊活動まで、入手については盗聴、ソーシャルエンジニアリング、ハッキング、侵入から強奪までのあらゆる技術、それに、もしダーリンがお好みなら拷問も」

と妖艶に笑った。

「いらねーよ、そんなあぶないもの」

「まあまあ落ち着きなさい。それで、ほかにはないの?」

「まだあるわよ。隠密や斥候の完全上位互換スキルだから、当然それらのスキルも使えるわ。独自スキルで今のダーリンが使えるのは“擬態”かしら」

「それは何?何ができるの?」

「“擬態”は、擬態する対象になりきることができるわ。見た目から生体情報、マナパターンまで完全コピー体ね」

「それスゲー、今絶対欲しいヤツじゃん」


「“擬態”は強力なスキルだけど、デメリットもあるわ」

「マズいヤツ?」

トシが若干引き気味だ。

「軽い方と深刻な方の2つがあるけど・・・」

「じゃあ、軽い方からいきましょ」

「現時点では、クールタイム24時間ね」

「つまりは1日1回しか使えないって訳ね。じゃあ深刻な方は?」

「効果時間が24時間ということね」

「何が悪いのかな?別におかしくなくないじゃん」

トシが不思議がる。

「あんたバカァ?一回擬態したら24時間そのままになるってことじゃない」

クメールがあきれる。

「ま、あたいはどうでもいいけど。それより時間がないわ。さっさと図書館長に擬態しなさいよ」

クメールが急かす。

「僕いやだよ。あんな脂ぎったおっさんに1日成りっきりなんて。メルなれよ」

「贅沢言わないの。あたい女だし、無理。あなた、トシを図書館長にしちゃいなさい」

「はーい、わかったわ。“エスピオナージ”発動。擬態対象個体“図書館長”開始」


お姉さんの宣言と共に、トシの体が黒1色のシルエットに変化し脈動を始めた。

次第にシルエットは形を変え縦に縮み横に広がっていく。

形態が安定すると虹色に輝きはじめ、発光が収まるとそこにはつるつるの頭に度の強い眼鏡、気障ったらしい薄い口髭でブクブクに太った初老のオヤジがいた。


「嫌~、きもい~」

思わず叫ぶクメール。

お姉さんも引き気味だ。

「ほら、さっさとロック外しなさいよ」

クメールの口調がひどく冷たく感じる。

「はいはいわかったよ」

渋々ロックに手をかざしマナを流し込む。

すると、胸の高さで1辺1mくらいの矩形に光の線が走り、音もなく扉が開いた。 


オヤジトシは中に手を入れると、2冊の厚い黒革装丁の本を取り出した。

どちらも書名など一切ない。受け取ったクメールがざっと中身を確認しニタァと嗤った。

「良いモノ見~つけたぁ」


1冊は目的の禁書目録だ。

そしてもう1冊は、図書館長の裏帳簿だったのだ。

トシはミーナに渡された複製の魔方陣が書き込まれた羊皮紙にそれぞれを乗せコピーを作成すると、元の場所に戻し扉を閉める。

これでミッションコンプリートだ。


廊下の気配が慌ただしくなってきた。

「机はどうするの?」

「とりあえず持っていこう。カモフラージュになるしね」

「外もうヤバくない?」

「いい考えがあるんだ。メルちょっと上脱いでよ」

いやらしく笑った。


「はあ、何言ってんの!この禿デブ」

「はだけるくらいでいいからさ。早く早く」

言っているうちに廊下で足音が集まってきた。

すぐに扉が激しく叩かれる。

「お姉さんアンカーに戻って。メルはこっち来なよ。苦しゅうない、苦しゅうない。近こう寄れ」

手を取るとクメールをグイッと引き寄せた。


扉が激しい音と共に開けられ、衛兵が突入してきた。

彼らが室内で目にしたのは、図書館長が半裸のワーキャットの娘とソファでお楽しみの真っ最中の場面だった。

「無礼者めが。とっとと持ち場に戻らんか!」

「失礼いたしました、カムラン館長閣下」

鬼の図書館長に一喝され、衛兵たちは一目散に部屋を出て行った。

目撃した室内の衝撃的な光景に気を取られるあまり、彼らの中に部屋に当然あるべきものが無くなっていたことに気付いたものはいなかった。


「もー、なにすんのよ!このエロオーク」

衛兵たちが退出すると、素早く離れたクメールは心底嫌そうに吐き捨てた。

「へっへっへ。いいじゃないかメル。衛兵たちの慌てようならもうこの部屋に近づく奴はいないだろうよ。この隙にずらかろうぜ」

いやらしく笑うトシ。

「あんた、さっきの仕返しに・・・。覚えてなさい」

そうつぶやいたクメールは実に悔しそうだった。

 

その夜図書館長室に近づき、わざわざ館長の逆鱗に触れようとするチャレンジャーは誰一人いなかった。

夜は静かに更けていき、トシとクメールも悠々と脱出することができたのだった。


翌日になって、ようやく犯行が発覚した。

第一発見者はカムラン館長その人だ。

いつもの時間に重役出勤してきた彼は、自分の机が消え失せているのを目の当たりにし、その場にへたり込んでしまった。

賊が夜のうちに侵入し、自分の机を盗み出したに違いなかった。


彼の脳裏には、隠し収納庫の裏帳簿がアラートと共に想起された。

焦りまくって隠し収納庫を開ける。

2冊の本の無事を確認し、ようやく彼は安堵の息を吐きだした。  

どうやら間抜けな賊は、隠し収納庫には気が付かず、机を盗み出して満足したらしい。

今頃は、仕掛けられた魔法の餌食になっていることだろう、彼は新しい机を部下に最優先で調達させると、その場面を想像し留飲を下げたのだった。


もちろん、図書館はおろか大学中に、彼が前夜自室でワーキャットの娘とお楽しみに耽っていたという噂が密かに広まっていることなど、彼は知る由もなかった。

机の一件も、夜のご乱交を隠すため侵入者をでっち上げたのだと思われていた。

大学の警備はやすやすと物盗りの侵入を許すほど甘いものではないのは周知の事実だったのだ。

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