AND HERE YOU ARE (その2)

いつしかあたりの喧騒が収まっていた。

シュウが避難所に顔を出す。

「ケイ、大丈夫だったか?」

「ああ、なんとかな。でもポーションが足りねぇ」

「足りない分は俺たちの手持ちをかき集める。ケガ人をここに集めるぞ。重傷者も多い。何とか頼む」

そう言うと扉を閉めた。

やがてケガ人が集まり始めた。

自分で歩ける者もいれば担ぎ込まれる者もいた。

後者が断然多かった。


ケイはひとまずすべてのケガ人を床に寝かせトリアージを行い、元気な者を指揮して重・中・軽の3グループに分けていく。

その間も続々とケガ人が運び込まれ、事態はさらに悪化していった。

仲間の手持ちや村のわずかなポーションや薬草をかき集め治療にあたるが、とうとうそれも底をついてしまった。

手のついていない重傷者はまだ大勢いる。

これ以上治療を続けられない。

だんだん衰弱していく患者を前にして何もできない無力感にケイは苛まれていた。

自分は医師となるべく教育を受けてきて、知識も技術も持っているつもりだった。

しかし今はどうだ、目の前で零れ落ちていく命を、ただ見ているだけで何もできない。

自分は何のために医師を目指したのか。

一人でも多くの命を救うためではなかったのか。


助けたい。

目の前の失われていく命を。

一人でも多く救う力が欲しい。

佳は全身全霊で求めた。命を救う力を。

その時だった。

ケイの全身が眩く輝き、光が収まったときには、アノ使い道もわからなかった白衣を着用していた。

しかも隣には見たこともないナース姿の少女がいる。

見たところローティーンの少女と娘の間で揺れ動く両義的な雰囲気の子だ。

控えめでしかし意思のこもった眼差しにもそれはうかがえる。

大人になり切れていないスレンダーな肢体に桃色の髪がとても愛らしい。

背丈はケイの胸辺りだ。

戸惑うケイに微笑んで少女は告げた。

「初めまして、マスター。ワタシはマスターのユニークスキル“クリニック”のサポートスキルです」


「マスター、現状を分析します。・・・戦闘終了後の深刻な医療リソース不足に直面していると推測されますが、その認識でよろしいでしょうか?」

「その認識で間違いない。それで、自分たちはこの局面で何ができる?」

少女の問いにその通りだと答えたケイは、驚きから冷めやらないままに彼女とこの難局を乗り切る検討を始めていた。

「野戦病院の開設を提案します」

「野戦病院?それは何?」

「戦場での簡易医療施設です」

「手持ちの医薬品や設備は底をついているがそれでも開設できるのか?」

「はいマスター。可能です」

「・・・わかった。君を信じよう。それで行こう。頼む」

「命令を受領しました。野戦病院を開設します」


少女の言葉と共に、集会所の中が一変した。

ケイと少女は手術に臨む医師と助手にコスチュームチェンジしていた。

彼らの眼前では。ベッドも何もなくケガ人がそのまま床に寝かされていただけのおよそ医療を行えるとは思えなかった場所が、瞬時に等間隔に並べられた清潔なベッドに患者が寝かされでいる空間へと変貌していた。

重傷者はカーテンで仕切られた上に照明を当てられ、治療を待っている。

ベッドの横には医療器具や薬品の乗ったカートが置かれている。

壁面には、医療器具や医薬品が整列した棚が並んでいる。

それほど広くなかったはずの室内が、何倍にも広く拡張され、大勢の患者を収容できる治療室がそこにあった。


医薬品や設備だけではなく、ケイにはこの上なく強力なスキルが後押しをする。

ケイの眼前には情報スクリーンが展開され、刻々と変化する患者のバイタルデータや診断名、治療方法などがリアルタイムで映し出されているのだ。

特に意識することなく、患者に目をやりさえすれば即座に反応して表示される。

トリアージ意識で患者たちを俯瞰すれば、患者の上に番号が浮かぶ。治療の優先順位が一目でわかる。

命の危険度が高い患者ほど数字が濃い赤色にづいているので一目瞭然だった。

時間との戦いであるこの絶望的な状況を、根底から覆す頼もしい援軍を得た気分だった。

すぐに治療を始められる体制が整ったこの空間は、ケイの目には希望そのものに見えた。


絶望が反転し、命を救う道筋がはっきりとケイには見えていた。

自分にできることがあり、それを為す術が手の内にある。

無力感に打ちのめされた体に今やエネルギーが満ちている。

その喜びが、彼を突き動かしていた。

「さあ、治療開始だ。必ず全員を助けよう」

少女に笑顔を向けそう告げると、最初の1人に取り掛かった。


あれから何時間過ぎたことだろうか。

すでに時間感覚は失われ、ただひたすらに目の前の患者の命を繫ぐことのみに二人は集中し続けていた。

気が付くと目の前に患者の姿はなくなっていた。

少女に次の患者を尋ねると

「マスター、先ほどの方で最後です。お疲れさまでした」

と答えが返ってきた。

ふーっと大きく息を吐き出し緊張を解くと

「お疲れさん、外に出ようか」と彼女を誘った。


手袋やキャップを脱ぎ、すれ違う村人に会釈を返し、元集会所から外に出た。

時刻はすでに昼近い。

ぶっ通しで半日以上治療を続けていたらしい。

二人は建物から少し離れた大きな木まで歩くと、その根元にもたれて座り込んだ。

ケイは手も上げられないほど疲れ切っていたが、不思議と意識は澄んでいた。


横に座った華奢な少女の顔を眺める。

この体のどこに、立ちっぱなしで長時間にわたる治療を行える体力があるのか不思議だった。

しかし、彼女のサポートがなければ、あれだけのことを成し遂げることはできなかったのも厳然たる事実だった。

自分は彼女に助けられたのだ、とその思いが体中を満たす暖かさをケイは感じていた。


少女が自分のほうを見たので、二人は見つめ合う格好になった。

「ありがとう」

自然と感謝の言葉がケイの口をついて出た。

「君が居なければ、自分は誰一人助けられなかった。本当にありがとう」

「いいえ、ワタシはマスターの望みを実現するお手伝いをしただけです。それができただけでワタシは十分満足です」

少女は恥ずかしそうに俯いた。そんな彼女を優しい目で見つめ、ふと思いついたことをケイは尋ねた。

「君のことは何と呼べばいい?名前はあるのかい?」

「いいえ、ワタシはただのサポートスキルにすぎません。名前などありません。でも・・・」

「でも?」

ケイは言い淀んだ彼女の言葉の先を促した。

「もし、ワタシのささやかな願いを言うことが許されるのなら・・・」

「構わないさ。言ってごらんよ」

「ワタシの、ワタシの名前をマスターに付けていただきたいのです」

精いっぱいの勇気を振り絞ったのか、言うなりまた俯いてしまった。


「名前かぁ。そうだな、どんな名前がいいだろう・・・」

しばらく考え込んだケイは、素晴らしい案を思いついた顔で、心配そうなそれでいて待ち切れなさしそうななんとも言い難い表情の少女に告げた。

「灯火、というのはどうかな?」

「トーカ、ですか?」

「そう、灯火。灯りに火と書いて灯火」

「それはどういう意味でしょうか?」

「・・・自分は前の世界で大勢の人たちを治すため医師を志して、とても沢山の努力をしてきた。それでも昨日のあの時、途方に暮れて、その目的が見えなくなってしまっていた。自分の前には絶望しかなかった。そんな時に君が現れて、自分の前に希望に続く道を照らしてくれた。自分はそれが何より嬉しかった。君は自分にとって希望の灯になったんだ。だから君の名は灯火なんだよ」

「トーカ、ワタシの名前、希望の灯・・・」

両手を胸の前で組み、自分に浸み込ませるように呟くと、少女は蕾が開くように大輪の笑顔を咲かせた。

「素敵な名前をありがとうございます、マスター。大事に、大事にします」

「気に入ってくれてうれしいよ。これからもよろしく、灯火」


もう起きているのは限界だった。

幹にもたれたまま佳は空を見上げた。

昨日からの出来事が嘘のように空は青く、所々白い雲が流れていく。

ああ、やりきることができてよかったなぁ、と安ど感に包まれてぼんやり考えながら、ケイは夢も見ない深い眠りに落ちていった。

後始末が終わり探しに来た仲間たちが見つけた時には、灯火の膝枕で気持ちよさそうに眠っているケイと、彼の髪を撫でながら寝顔を優しく見守る灯火の姿がそこにあった。


ケガ人の治療や壊れた家屋の修繕など、村の復興に目途を付けようやくアルカンに帰って来ることができたのは、襲撃から3日後のことだった。    

アルカンに到着して真っ先にギルドに報告したところ、大騒ぎになってしまった。

それも無理もない。

依頼ではコボルトの群れ15~20頭の討伐だったのに対し、実際は50頭規模と実に3倍以上に膨れ上がっており、通常15名以上が推奨の案件だったのだ。

ベテランハンターが一人いるとはいえとても6人の新人パーティーに割り振ることができる案件ではなかった。


ギルマスは不在だということで、対応したサブギルマスに平謝りされ、討伐報酬も迷惑料込みで金貨50枚が支払われた。

死にかけた代償としては納得がいかなかったものの、ゴネるとコルネ村にも迷惑が掛かると言い含められ、渋々受け取りギルドを後にした。

ただ、建物を出るときに、階段の上から能面顔のおばさんに思いっきり睨まれていたのが不思議だった。

きっとギルドの経理担当なんだろう。俺たちのせいじゃねえよ、とシュウは気にも留めなかった。


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