幕間ーユキー前段

「そういえば、エイコー君。キミに言っておくことがあったわ」

拠点で一息つき、ようやく人心地着いた黒魔団だったが、事の発端であるエイコーのやらかしを思い出し、クメールが低い声で言った。

「あなた今回のことで何か申し開きはある?」

「いえ、何もないです」

神妙に答える。

「そうでしょうね。そもそもあんな危ない場所でしかも夜に、何してくれてるの?全員無事に拠点に帰ってこられたからいいようなものの、最悪全滅もあったんだけど」

「おっしゃる通りです。返す言葉もございません」

説教はこの後一時間続き、すっかり溶けて水たまりになったエイコーは、開放されると自室に這い寄り流れ込んだ。


もう何もやる気力もなく、生きているだけで儲けモノ状態だった。

服も着替えずベッドに潜り込んだ。

今日は散々だったなぁ。結局何もできなかった。魔法も散々練習したのに全然ダメで、暴発させた挙句死にかけるなんて。ああ、貝になりたい、エイコーは最底辺のどん底気分に浸っていた。


オレがまともに魔法を使えていたらなあ。賢者なんだから使えて当然だろう。でも何で発動しなかったんだろう?呪文の詠唱はミーナに教わった通りにできていたはずだし。魔法の根源のマナは多量に持っているってミーナは言っていた。ならなんできなかったんだ?なにか足りない要素があるのか?さらに内省を深めていく。


そもそもこの世界のことを、オレは何も知らない。神々も歴史も文化も人も何一つ理解していない。情報が全然足りない。邪神はなぜ封印されたのか?そもそも邪神とはなんだ?使者の言っていたことは正しいのか?この世界は敵なのか、味方なのか?この非情な世界は1つのミスが死に直結する。わからないでは済まされない。知りたい。知らなければならない。


エイコーはストレージからスマホを取り出し眺めた。

困ったときのグー〇ル先生。こんな時はコレ一発でたいてい解決したなぁ。シュウの見立てでは、彼の腕時計やシンのタブレットと同じアンカーだそうだ。オレと元の世界をつなぐおれのアイデンティティー。


便利だったなぁ、こいつ。何でここじゃ使えないんだろう。情報は力っていうけど、武器使えねぇ情弱賢者はどうしようもねえ底辺だよな。オレは現状最弱の役立たずだ。力が欲しい。どんな情報も手に入れられる力が!

その思いに呼応するかのように、電源が落ちていたスマホの画面に輝きが生まれた。

「?」驚きで画面を注視したまま固まっていると、画像が徐々に現れてきた。

荒れ果てた庭と思しき草むらの中に捨て置かれたかのような古井戸が見える。

画面はレートが低いのか暗く不鮮明で荒い。


なぜ古井戸が?画面を見続けていると、古井戸に変化が生じた。

動画かよ?徐々に古井戸がアップになる。

井戸の縁に何か白いものが見えた。

見る間に数が増え、少し離れた位置にも鏡写しに同じようなものが現れた。

手だ!

そう認識すると次に来るものが想像され背筋に戦慄が走った。


画面は一旦引くと、井戸の縁から黒いモノが徐々に上がってきた。

どう見ても頭だ。

顔が見えるところまで上がってきたが、長い黒髪で隠れているため顔が一切判別できなかった。

顔をよく見ようと拡大した途端、ソレは一気に井戸の縁を乗り越えた

井戸の外の草むらにまるで蛇のような動作で滑るように全身を現す。

次の瞬間ばね仕掛けのように一気に立ちあがった。

体の使い方が分らないかのように、ぎくしゃくした操り人形のような動きで前に歩いてくる。


腰に届く髪の長さと、足首まである丈の白いワンピースを着ているところから、女と推測された。

しかしそれ以外の要素はおよそ生者からかけ離れている。

ソレは画面手前まで来たかと思った瞬間、急にいなくなった。  

映っている時は不快感が押し寄せてきたが、いないならいないで、画面は濃密で不穏な気配に満ち満ちている。

早く何とかしてくれ、緊張に耐えられなくなり叫びだしそうになった瞬間


女の顔が画面いっぱいに大写しになった。


「うぎゃー!」絶叫してエイコーはスマホを放り出した。

見なけりゃよかった、恐怖の大波に頭から全身飲まれたが後の祭り。

見たくないのに恐ろしくて床の上のスマホから目が離せない。


突如、スマホの画面から手が飛び出してきた。

手はそれぞれ床に手のひらを押し付け、頭が、顔が、肩が、加速度的に全身がずるりと這い出てきた。


そして1動作で立ち上がると、そのヒトガタのものは、シコーめがけてゆっくり歩いてくる。

エイコーは恐怖で思考も肉体も麻痺していたため、その場から全く逃げることができず、ただうつむいて目をぎゅっと固く閉じて耐えることしかできなかった。


何かが自分のすぐ側にいる濃密な気配がする、


ヒトガタはエイコーの顔を下から至近距離で覗き込むと、低い声で

「見~つけたぁ」と囁きニタァッと嗤った。


恐怖による金縛りが解けたエイコーは、ワールドレコードを更新するスピードでドアを開け部屋を飛び出すと、階下にダッシュした。

打ち上げをしていたらしく、食堂のテーブルには全員がまだいた。 


「出た、見た、来た」


大声で叫んだが、なんだかよくわからない。

「どうしたエイコー?」

シュウが声を掛ける。

「出た、来い、部屋、オレの」

切れ切れに訴えてくるが依然さっぱり要領を得ない。


「なんだよ?何が出たんだ?」

「く、くろ。くろ」

「はぁ?ゴキブリか?」

「違う。もっと、大きい。いいから、来い」

シュウの腕を抱えて引っ張っていこうとする。

物凄い力だ。

「痛い痛い。わかった、行く。行くから落ち着け。手を離せ!」 


結局全員で栄光の部屋に行くことになった。

連れてきたはいいが、扉の前に来ると足が竦んでエイコーはそれ以上そばに近寄れない。

「何やってんだ。早くドアを開けろ」

皆に押されるが手も伸ばせない。

「シュウ、お前開けてくれよ」

震える声で頼み込んだ。


「しかたねえなぁ。中に何がいるってんだ?」

と言いながらも、尋常じゃないエイコーの怯える様子に、シュウは内心の恐怖をかろうじて外に出さないよう押し殺す。


「よし開けるぞ、3,2,1,0.9、0.8」

「とっとと開けろ!」

我慢できずクメールが怒鳴る。

「おわぁ」

いきなり背後から発生した大声に驚いたシュウが弾みで一気に開けてしまい、押していた全員が部屋の中になだれ込んだ。



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