INNER WIND(その3)

「いつまでもこのままじゃいられないわね。状況を整理しましょう。みんな手持ちの物資を出して」

クメールの言葉に、皆目が覚めたかのようにきびきび動き出した。

ストレージに収納していた物資を取り出しアイテムごとにまとめる。

「スタミナポーションとマナポーションがそれぞれ25本、キュアポーションが10本、食料と水は十分ある、と。予備の武器も揃ってる。マナポーションはミーナとエイコー君とあたいに。残りは全員で分けましょう」


「強行脱出する隙間は無いな。ミーナ、障壁の強度を維持しつつ範囲攻撃魔法打てる?」

ようやく復活したシュウが訊く。

「連発は無理。だましだまし3~5発が限界ねぇ。ポーション飲んでそれを3セットが多分限界。ポーションでの回復も連続すると効果が低下するしぃ」

「じゃあ攻撃魔法打つだけ打って、囲みに穴開けて一気に脱出、てのはどう?」

「わたし足遅いんだけどぉ、シン」

ミーナが膨れる。

「いざとなったらケイ、あんたミーナを担ぎなさい」

「じ、自分が?」

「あんたしかいないでしょう。文句言わないの。頼んだわよ」

「そんなんで逃げ切れるのか?」

「全滅させられない以上それしかないわ、シュウ。スタミナポーションがぶ飲みして死ぬ気で走ればなんとかなるでしょ」

「適当すぎる」

エイコーの抗議はあっさり無視された。


「逃げても追いつかれたら詰みよぉ」

「うーん、まだ仕掛けがたりないわねえ。あいつらを別の方向に誘導する必要があるわ」

「なんかパッと消えるような魔法無いの?瞬間移動とか飛行魔法とかさ」

「あんた魔法を何だと思ってるのぉ、シュウ。神話じゃあるまいしぃ、そんな便利魔法あるわきゃないでしょ!」

ミーナが呆れる。

「あ、あの~」

黙って聞いていたトシが遠慮がちに発言しようとした。

「「何だ・よ」」シュウとミーナから睨まれる。

「ヒィ、ちょっと確認したいことがあるんだけど・・・」

「「早く言え・言いなさい」」


「こんなことができる魔法あるかな?それと、それ誰か使える?」

いくつか質問した後、トシはある提案をした。

その提案をみんなで検討する。

「あたいは気が進まないな~。パーとやってサーと逃げようよ」

とクメール。

「ちょい待ち、メル。成功しそうなら俺はトシの案に乗るぞ」

とシン。

「トシに賛成」

ケイも賛成する。

「えー、じゃミーナはどうなの?」

「わたしもぉトシ君の案に賛成、かな?」

「どうするメル?ちなみに俺も賛成」

「反対一人じゃ仕方ないわね。トシ君の案で行きましょ」

クメールも折れて全員の意思は固まった。

「それじゃ朝まで頼むわ、ミーナ」

シュウに肩を叩かれゲンナリした顔のミーナだった。


「あーひどい目にあった。もー限界」拠点に着くなりシュウがソファにダイブした。

 ”宵闇の森”での缶詰体験から一夜明けて、一行はほうほうの体で拠点にたどり着いた。

「いやー、こんなにうまくいくとはねぇ。全くミーナ様々だよ。お疲れ様」

ソファに座りなおしたシュウがミーナを労う。

「ポーションキライ、ケイキライ、カツガレルノキライ・・・」

ケイに床に降ろされたミーナは、ずっと譫言のように呟いている。

幼児退行しているようだ。

「獲物の解体もううんざり。夢に出てきそうだ」

とケイ。

「あたいは臭くて暗くて狭くてじめじめした所はもうこりごりだよ」

クメールも遠い目をしている。

「しかしよくこんな手を思いついたな、トシ」

シンがテーブルに突っ伏した顔を上げる。

死にそうな面々をベルが甲斐甲斐しく世話を焼いているのを尻目に、一人トシだけは大仕事を終えた充足感に満ちたイイ顔をしているのだった。


「こっちは設置終わったわよぉ」夜通し眠らずポーションがぶ飲みで結界を維持しながら、作業を終えたミーナが完了を告げる。

「こちも終わったぞ」

とテントの中からエイコー。

「お前の魔法大丈夫なんだろうな?不発だったら俺ら全滅だぞ」

「大丈夫だ、多分なシュウ」

「みんな、テントに籠るわよ」

クメールの号令でテントの中に集まる。テント内部は、中央に直径2m×深さ2mの穴が開いている。見張り役のエイコーとクメール以外は穴の中で待機している。

「囮は見つけたかい?メル」

「おあつらえ向きのゴブリンの群れがいたわ、エイコー」

「じゃあ、行くぞ。メル、ゴブリンにテイム」

「テイムよし」

「ゴブリンその場に待機」

「待機よし」

「カウントダウン開始。5、4、3、2、1、結界解除」

「解除」

ミーナが結界を解除する。

エイコーが状況を実況する。

「魔獣接近、罠まで3、2、1、コンタクト」

「罠作動」

「作動よし」

ミーナが遠隔で作動させる。テントから10~15mの位置にドーナッツ状に敷かれた、豪炎爆裂魔方陣が一斉に作動した。

耳をつんざく爆発音と共に、強烈な振動が襲ってきた。

お互い支えあいながら必死で耐えているところに、火柱が連なった巨大な火壁の出現による閃光により視界を失った。

結界により減光されているため外の魔獣よりマシなものの、それでも視界が戻るまでに数分を要したのだった。


殺到してきた強力な魔獣の群れの大部分は、目論見通り消し炭になり、あたりに屍を晒していた。

しかしまだ相当数残っている。

「囮に俺たちのマナパターンを付与」

「付与よし」

エイコーが付与を完了する。

「メル、囮を逃がせ」

「あいよ」

クメールが指示を出すと、囮は大声で喚きながら狂気の如く森の奥方向に走り去った。

それと同時にエイコーとクメールは穴の中に飛び込み、穴に土魔法で蓋をする。

二人と入れ替わりに、気配遮断スキルを発動したトシが見張りを引き継ぐ。


残った魔獣の群れは囮のゴブリンをシュウたちと誤認し、思惑通り後を追って行った。

一帯の魔獣の数がようやく対処可能になったのを見届けたトシの合図で、全員穴から出る。

「ヒドイ匂いだわ」

鼻の利く彼女にとって耐えがたい悪臭が充満しているため、クメールが鼻をつまんで吐き捨てた。

死屍累々、屍山血河とはこの光景を言うのだろう。設置型魔方陣が作り出した領域には夥しい黒こげの魔獣の死体で作られた巨大なドーナッツができていた。

その麓では生き残った内、囮を追わなかった弱い魔獣が死肉を漁っている。

これらにとっては千載一遇のチャンスなのだろう。

「ミーナやっちゃって」

「りょーかい」

クメールの呼びかけにミーナが広域殲滅魔法を打つ。

「さあ、ぐずぐずしてるヒマないよ。囮が効いているうちに取るものとって撤収するよ」

できるだけ大きい魔獣から魔石を採集し、テントを畳み、逃げる準備は整った。

全員がスタミナポーションを飲み体力をMAXに回復させる。

「用意はいいか・・・ずらかれ!」シュウの号令で一斉に囮と逆方向、森の出口へと駆け出した。

足の遅いミーナはケイの小脇に抱えられている。

「また荷物扱い~」

「黙ってな、舌噛むよ」

森を抜けるまでの間、ミーナの悲鳴が長く尾を引くのだった。


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