INNER WINDー中段ー
依頼の準備を整えると、翌日朝早く留守番をベルに任せ一行は出発した。
目的地はアルカンの北東、街道から外れた”宵闇の森”の外縁部に接するあたりだ。
途中までは街道馬車に乗り1時間、そこから降りて1時間歩くと目的地に到着した。
ここでそれぞれの目的のため3つのグループに分かれた。
シュウは単独でスキルの習熟を兼ねた解析で薬草採集、エイコーとミーナは魔法を、残りはクメールと実戦形式でジョブスキルの訓練だ。
シュウとクメール組は順調にノルマをこなしたが、ミーナ組は難航していた。
元々魔法を行使できる環境になかった世界の住人であるエイコーは、基礎から子供に教えるように解説されてもそもそもマナ自体を実感できる基盤がない。
召喚時にアレから魔法を使えるようにしてもらっても、無い翼を羽ばたけない様に、無い尻尾を振れないように、マナを感じ取ることはできなかった。
最初はそんなものだろうとミーナは訓練を一旦切り上げ、昼食後全員でマーダーベアを討伐することになった。
クメールとトシが先頭で索敵、次にシンとケイの前衛、そしてミーナとシュウ・エイコーが後衛の布陣で森に分け入る。
クメールが比較的安全なルート取りをしたため、散発的に獣が襲ってくるぐらいで夕暮れになった。
夜になる前に野営に適した土地を探し、周囲に結界を張り手早くキャンプ地を整える。
晩飯は道中狩った獣の肉とストレージから出した野菜を中心にしたBBQと簡単なスープ、果物のデザートで、キャンプになると料理当番をするシュウがいつも通り作る。
調味料をふんだんに使い、きっちり下処理をした肉は思いのほか美味で、皆十分堪能する。
デザートの後、コーヒーがあったらなあ、とカフェイン中毒のシュウがつぶやいた言葉にミーナとクメールが反応した。
コーヒーって何?と尋ねた二人に、熱くコーヒーをシュウは語る。
しかし残念ながら二人は彼の説明に全く心当たりはない様子だった。
「アレもせめて気を利かせてコーヒーがある世界に召喚してくれればいいものを。これだけ食材に共通点のあるマルディグラなのにもったいねえ」
と嘆息する。
晩飯後各々寛ぐなか、離れた場所で一人、エイコーは午前中うまくできなかった魔法の特訓をしていた。
座禅を組んで瞑想し、体内のマナを感じ取る。
言うは簡単だが実践は難しい。
深い腹式呼吸で精神を丹田に集中する。
朧気に何か温かい塊を感じ取りかけるがその感覚を維持できない。
はかない感覚に翻弄されながら根気よく続けた結果、彼はようやく意識をその温かい領域に固定することができた。
次に、丹田から暖かい力が体中を巡るイメージを観想する。
丹田から心臓へ、心臓から動脈を通り全身に。そして静脈から肺に、肺から呼吸と共に取り込まれたマナを丹田に巡らせる。
そのサイクルを何度も回すことにより体がマナで活性化していく。
これがマナを巡らせるということか、ようやく実感できたマナの感覚にエイコーはうれしくなり、何度も何度もマナを巡らせた。
自覚のないままマナの活性が上昇していく。
やがてその圧力は限界を迎え、マナを次第に体内に留めてことができなくなってきた。
ここに至ってようやく彼は、自分が非常に危険な状態にあると認識した。
「ミーナ助けてくれ‼」大声で助けを呼ぶ。何事?と全員がエイコーの元に集まってきた。
体から漏れ出したマナで不気味に明滅を繰り返している彼を見て、ミーナが事態の深刻さを直感した。
「エイコー君、早くそのマナを外に出しなさい」
「どうやって?」
「手のひらでも指先でも目でもいいから早くマナを放射して」
「やり方わかんねーよ」
「ああ、もう」
ミーナは後ろからエイコーに抱きつくと、自分の右手を彼の右手に重ねそのまま真っ直ぐ上を指す。
「人差し指だけ伸ばして、伸ばした指先が槍の穂先だと意識して!」
ミーナの指示に従う。
まじめな時ほど、人は真逆の不謹慎なことを考えたりやったりしてしまうものだ。
特に男は、何歳になっても根はガキのままだから始末が悪い。
彼女には悪いがそのポーズからの連想で彼は思わず叫んでしまっていた。
「我が人生に一片の悔いなし!」
「ちょ、まだ早い」
ミーナの悲鳴をかき消し、伸ばした人差し指から、眩い閃光が轟音と共に夜空に向かって放射された。
森の木々が衝撃波でなぎ倒され吹き飛び、一斉に鳥達がギャアギャアと大量に逃げ出す。
張ってあった結界のおかげでキャンプ地は奇跡的に難を逃れたが,エイコーを中心に半径50メートルがきれいに更地と化していた。
地面にへたり込んだミーナが虚ろに笑っている。
「あは、あははは、生きてる。わたし生きてる」
「大丈夫、ミーナ?」駆け寄ったクメールがミーナの肩を揺さぶる。
「あ-死ぬかと思った。てか、ほぼ死んでたわ」
「とんでもないマナ量だったわね」
「一撃でドラゴン倒せるわ、アレ」
そう言ったミーナはこの騒動の原因を見た。
体内のマナをほぼ放出してしまったエイコーは、直立し右手の人差し指でまっすぐ天を指したポーズのまま、真っ白な灰になっていた。
森の奥から不気味な振動や唸り声が、かすかに響いてきたのを聞きつけたクメールは,急いで全員を集める。
「まずいことになったわ。今ので魔物を刺激しちゃったみたい」
「もうすぐここめがけてこの辺一帯の魔物が押し寄せてくるわ。ミニスタンピードね」
「「「「「「「どーすんだよ」」」」」」
「打てる手は二つ。一つはキャンプ地を放棄して逃げる。もう一つは踏みとどまって撃退する。どっちがいい?」
「逃げ切れるのか?」
「無理ね、トシ君。夜の森は魔物の領域だもの」
「「「「「「「籠城一択じゃねーか」」」」」」
「そーいうこと。ミーナこの空き地全部をカバーする障壁作れる?」
「大丈夫、だと思う」
「朝まで維持してね」
「鬼か!あんたは‼」
「魔物の第一波が来たら“光球”を打ち上げて状況確認する。1分維持して。できるわねエイコー君?」
「わかった」
「あたいたちの姿がヤツらから見えなかったら、もしかしたらスルーされるかもしれない。テント以外を真っ更にして、テントに気配遮断を掛けてみんなで籠るよ」
振動と吠え声が大きくなり、今や全員がはっきり認識できるようになった。
「死にたくなかったらとっととかかれ!」
クメールの号令で皆は一斉に動きだした。
「今の見た?」ミーナの声が震えている。
「とんでもない数ね。さすがにこの人数じゃどうしようもないわ」
クメールは眉を顰める。
いつもの能天気さは影を潜めてしまっていた。
シュウたちも座り込んだまま項を垂れている。
いつもなら何かしら対策を出すシュウでさえ一言も話さない。
それほどまでに衝撃的な光景だった。
スタンピードが到達し、結界の周囲から魔物の吠え声が物理的な圧力となって押し寄せている。
手筈通りエイコーが打ち上げた“光球”が照らし出した光景は、悪夢そのものだった。
”宵闇の森”が沸騰していた。
地には木々を圧倒する巨大なサイクロプスを筆頭に、四本腕の熊やら大蛇やら樹冠のような角を生やした大鹿から、小さいものはオーガ、オーク、ゴブリンに至るまで、結界の周囲を隙間なく埋めている。
結界に攻撃を仕掛けるものや、そこかしこで興奮のあまり殺し合っているものも多い。
空には翼竜や翼を持ったヒト型の魔物の群れが遊弋している。
それらは時折急降下しては、かぎ爪に獲物をさらい貪り食っている。
シュウたちが立て籠ったテントには、気配遮断の魔法が掛けられているため何も聞こえないが、もし周囲の音が届いていたらあまりの大音量とその凄惨さに10分も保たずに正気を失っていただろう。
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