INNER WIND(その1)
こうして新たな仲間が2人加わり、黒魔団の活動が始まった。
クメールがパーティーの拠点であるミーナの店に引っ越してきたその夜、全員参加のミーティングが持たれた。
「まず最優先であんたたちがハンター稼業に慣れることが必要だね。都市の防壁を出たら、そこは死と隣合わせの世界、いつ死んでもおかしくないさ。スライム1匹だって状況によっちゃ人を殺せるからね」
クメールはのっけからシュウたちの観光気分を吹き飛ばした。
「そんなに外は危ないのかい、メル?」
ケイが本当?という顔で訊く。
「あったりめぇだろ!そもそも”宵闇の森”は、あたい達ハンターが束になっても敵わないような、恐ろしい魔獣が跋扈する領域さ。そこから弾かれたヤツらが草原に住み着くけど、それだって簡単に狩らせちゃくれない。狩りは何時でも命がけ。ましてやあんたたちの目的の封印解除は多分森の深部になるだろうね。それこそ最強魔獣の巣に殴り込みをかけるようなもんだよ。それ相応の準備が絶対必要になる」
ヤレヤレといった顔でクメールは頭を左右に振った。
「あんたたちの今の実力じゃ森にもたどり着けないね。力も経験も何もかもが不足だよ」
「それほどなのかい?」
「それほどさ、トシ」
クメールは言い切った。
横でミーナも頷いている。
「だ・か・ら、あたいがいるんじゃないか。あんたたち全員を、どんな状況でも生き延びられるようにきっちり鍛え上げてあげる」
クメールは歯を剥いて獰猛に嗤った。
ホント猛獣だなコイツは。おっかねぇ。おれの相方でよかったぜ。それにしても全くトンデモない所に拉致されたもんだ、とシンは今更ながら召喚に応じたこと後悔した。
「まあまあ、わたしの魔法のサポートもあるからぁ。魔法の使い方も教えてあげるしぃ」
暗い雰囲気になったため、ミーナがことさらに明るいトーンで場を和ませる。
「オレ魔法を使えるようになりたい。お願いしますミーナ先生」
エイコーが間髪入れずミーナの手を取る。
「わ、わかったわよぅ!?」
慌ててエイコーの手を振り払う。
「僕は斥候職の使うスキルを覚えたいんだけど」
トシが遠慮がちに言う。
「だったらあたいが教えたげる。本職だしね」
クメールが請け負う。
「あんたが斥候を務まるようになれば、あたいは遊撃で思いっきり暴れられるしね。手加減なしで鍛えてあげるわ。期待してるわよ」
とクメールはその場面を想像して無意識に鋭い爪を出した。
「それじゃ皆まとめて面倒見てあげるからあたいに任っかせてぇ」
クメールは大見栄を切った。
「それはそうと、いいのかいミーナ?」
ふと思いついてシュウが尋ねる。
「なにがぁ?」
「店さ。長期でミーナが留守にすることもあるだろう?その間、店はどうするんだ?」
「それなら大丈夫よぅ。わたしがいなくても店番は使い魔に任せるしぃ、心配いらないわぁ」とあっけらかんとミーナは言った。
「「「「「使い魔ぁ?」」」」」
そんなのどこにいるんだ?男共の頭上にに?が林立している。
驚く男どもを尻目に、ミーナはパチンと指を鳴らした。するとどこからともなく1人の黒髪・黒目で黒ゴスロリの猫耳少女が現れた。
「皆様にご挨拶なさい」
ミーナが促すと、少女は
「ワタシは、ミーナサマの、ツカイマ、ベル、イイます。どぞヨロシク、オネガイします」
かわいらしくピョコンとお辞儀をしてミーナの後ろにサッと隠れた。
ミーナの座っている椅子の背もたれをギュッと握り、チラっと顔を覗かせている。
「この子はぁ、闇猫のエンドベル。ベル、て呼んであげて。とってもぉ可愛くておりこうさんなのよぉ。みんな優しくしてあげてねぇ」
ミーナはベルをそっと自分の横に出し、頭を優しく撫で紹介した。
「「「「「可愛い~」」」」」
一瞬で皆ベルの保護者になった。
この上もなく顔をニヤケさせたシンが、クメールに思いっきりバリかかれた絶叫が響いたのは当然の成り行きだ。
その夜は宴会になだれ込むと、日付が変わっても延々と続き明け方近くにようやくお開きになったのだった。
朝日が昇っても誰一人起きる者はなく、ブランチの時間になってようやく二日酔いで死にそうな男共とケロッとしている女性2人全員が食堂に揃った。
綺麗に片づけられた食堂は、ここでついさっきまで宴会があったことなど全くうかがえなかった。
家事が得意とは到底思えないミーナが、まがりなりにも店を続けてきているのだから、ベルのサポート能力は高レベルなのだろうと推測される。
そのベルのかいがいしい給仕で、酷使された胃に優しい素晴らしくおいしい食事を済ませると、支度を整え全員でギルドに向かった。
ギルドの中は、朝の依頼争奪戦も一段落し閑散としていた。
クエストボードでぱらぱら残った依頼を確認する。
「最初はやっぱり定番の“採集”からかな」
シンがクエストボードに張り出された依頼票に手を伸ばす。
「何言ってんの。ここは景気づけに一発ドーンと討伐でしょ!」
そのシンの手を掴み止めると、クメールは隣の高難易度クエストボードに引っ張って行く。
「ほら、こんなのどう?」
クメールが指さす。
「なんじゃこりゃ‼」
シンの絶叫を聞きつけ、どれどれとシュウが依頼票を読み上げた。
討伐対象 タイラントボア
頭数 1匹
体長 30メートル
討伐区域 魔の森北東部 委細別紙
報酬 金貨30枚、但し状態により増減有
期間 10日間
推奨人数 15人以上
「「「「「「はあ!?」」」」」」
「ね、おいしい依頼でしょ?」
「「「「「「どこがだ」」」」」」
一斉に突っ込みが入った。
「こんなの3日もあれば大丈夫だって」
クメールがこともなげに言う。
「その前に全員蛇の腹の中だ」
温厚なケイも怒っている。
「もっと穏便なのにしようよぉ」
ミーナが涙目で縋る。
「わかったわよ。じゃあこれか、これにしよ。どっちも同じくらい楽勝だから」
とクメールが選んだのは、マーダーベア1頭かブッラディオーガ3頭の討伐依頼だ。
どちらも報酬額は金貨3枚だ。
「どうするよ、シュウ」
「マーダーベアにしようぜ、シン。数が少ないほうが間違いが起こらないだろ」
「待てよシュウ。そうはいっても僕たちは魔獣討伐なんてしたことないんだから。それよりも先に僕らのスキルの確認や魔法の訓練しといたほうがよくない?」
もっともなトシの提案で方針が決定した。
今日は装備を整え、明日から依頼には取り掛かる。
午前中は採集とスキルの訓練、午後からフォーメーション訓練を兼ねた討伐で森に入る。
10日間の依頼期間内なら、クメール曰く、遅くとも3日程度で討伐は終わるだろうから十分行けるとの目算だ。
受付のアイリスに、薬草採集とマーダーベア討伐の2枚を出し受注手続きをしてもらう。
細々とした注意事項の確認と合わせ、複数受注の場合、期間は長いものに統一されるため、全体で10日間の依頼期間となると説明される。
その際クメールが黒魔団とのパーティー申請を出したことで、ギルド中が大騒ぎになった。
クメールをどうやって口説き落としたのか、その場の殺気立ったハンターやギルド職員に詰め寄られ、質問攻めにあってしまう。
まるでトップアイドルの熱愛宣言の記者会見場みたいだった。
受付主任が強制解散させその場はようやく収まったが、周囲の嫉妬の視線がとても痛い。
カウンターで。改めてアイリスからクメール加入のいきさつを訊かれる。
なぜそんなに大騒ぎになったの理解できなかったので、シンは彼女に逆に質問の意図を彼女に尋ねた。
今までトップレベルのパーティーから大商人・教会の専属まで激しい勧誘の嵐の中、頑として首を縦に振らなかった孤高のソロハンターのクメールが、自分からパーティー申請を出した。
それも相手はアルカンにきて間もない新参パーティーだ。
一体彼女に何があったのか?誰もが知りたい案件だ、と彼女に真顔で詰め寄られたのだった
マズいな、シンの奴隷になったなんてバレたら闇討ち確定だぞ。人目のあるところで絶対にイチャつかないよう釘を刺さないと、と内心の動揺をおくびにも出さず、アイリスの質問をただの期間限定の教導だよ、とかわしそっと後ろを伺った。
すると、その目に今まさにシンにしなだれかからんとするクメールが見えた。
「シン!すぐこっち来い!」
鋭い声で自分を呼ぶシュウの只ならぬ表情に何かを感じた彼は、クメールのそばからダッシュでやって来た。
危ねー、と内心冷や汗をかきつつシンに小声で、拠点以外では、絶対に外でメルとイチャつくな。訳は後で話す、とくぎを刺した。
「ミーナ、クメールさんと装備を選んでおいてくれないか」
間髪入れず周囲に聞こえるように大きな声で、ミーナに別行動を促す。
なんとなく事情を察したミーナは、分かったと答えクメールを引っ張って先にギルドを出て行く。
それを見届け、それじゃよろしく、とアイリスに声を掛けシュウたちはギルドを後にした。
その姿を見送ったアイリスは、後をお願い、と同僚に声を掛けカウンターから出て階段を上がっていく。
彼女が向かった先にはギルドマスターの部屋があった。
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