幕間ーミーナー

幕間

時は遡り、黒魔団の一行とミーナが出会ったその日の夜のこと。

シュウは1人だけ、作業室へミーナに呼び出された。

作業室は店の奥、2階に行く階段の左手にある。

階段の右手側は食堂だ。


シュウは作業室のドアを軽くノックし、

ミーナ?シュウだけど、と声を掛けた。

返事はなかったが、無言でミーナが中からドアを開け、身振りで彼を部屋の中に招き入れた。


部屋の中は魔女のアトリエにふさわしく、壁沿いに用途の分からない器具が所狭しと並べられ、その合間を縫うように様々な鉱物・植物・動物の素材やビーカー・フラスコ類が乱雑に置かれていた。

奥には大きな炉が見える。


シュウがそれらのものを興味深そうに眺めていると

「空いている椅子に適当に掛けて頂戴」

とミーナに促された。

シュウは適当に選んで腰かけた。

その向い側で、ミーナはテーブル上の邪魔物を左右に散らし座る。


「今日は色々あって大変だったでしょう?お疲れ様ぁ」

「そうだな。異世界召喚から長時間のウォーキング、初めてのギルド訪問に魔女との逢瀬、1日の出来事としてはもうお腹いっぱいだ」

「そうねぇ、わたしも今日は二つ驚かされちゃった。1つ目はシン君のスキル。異世界の本が召喚できるスキルなんて初耳だよぉ」

「それについては、使者が・・・」

「誰に聞かれるかわからないから“アレ”で統一するんじゃなかったのぉ?」

「そうだった。アレが言っていたけど、俺たちにはそれぞれ特別なスキルが与えられていて、自分が心底から願った時その願いを実現させるスキルが発現する、らしい」

「心底願ったことかぁ。見方によってはとんでもない壊れスキルね。シン君はよほどわたしに“どーじんし”を見せたかったのねぇ。愛の深さを感じるわぁ」

と嘆息した。

「同人誌愛な。そこ大事だから」

「イケズねぇ、シュウは」

フンっとそっぽを向く。


「それはそれとして、もう一つは何?」

スルーして話を元に戻した。

「それは、アナタに関係すること。今日わたしに使ったあなたのスキルは何?詳しく教えて。一体わたしに何をしたの?」

ミーナは椅子から身を乗り出すと、正面からシュウの顔を覗き込んだ。

「近いぞミーナ。そんなにガン飛ばさなくてもちゃんと教えるよ」


「俺のスキルはほかの連中とは意味合いが異なるんだ。召喚された時にはすでに発現していた。だから心底俺が望んで得たものじゃなく、最初から与えられていたものということになる」

「それってアレの目的達成に必要ということかしら?」

思いついた考えを言ってみる。

「俺もそうだと思う。多分こいつは封印解除のために必須のスキルなんだろうな」

「具体的にはどんな効果があるの?」


「この世界では、それぞれの種族ごとに守護神から加護が与えられている、で正しいよな?」

ミーナの問いかけには直接答えず、質問で返す。

「正しいわよ。でもそれが何の関係があるの?」

訝し気に答える。

「ここからが本題。じゃあ守護神からは加護と同時に呪縛も受けていたって知ってた?」

「呪縛!そんなの聞いたことないわ。どんな?何のために?」シュウの爆弾発言にミーナは冷静さを失った。


「呪縛ってのは、加護を受けた種族は決して守護神の意思に逆らえなくなるというものさ。その結果、守護神はその種族を思うままに操ることができる。何のためかって?決まってるだろ。守護神どもが望む、守護神どもに完全に支配された世界を創り、維持するためだ」

ミーナはシュウの言葉に魅入られていく。

「そのためにはこの世界の人間の自由意思は邪魔でしかない。最初から人間はこの世界の理から排除されているんだよ・・・」


聞きたくないのに聞くことをやめられない、悪魔の囁きだとミーナは思った。

でもここまで聞いた以上最後まで聞くしかない。

「結局、この世界は上っ面だけ取り繕われた、きらびやかで騒々しい神々の祝祭の場だ。そして人間はその舞台上で台本に沿って踊らされる操り人形なのさ。“マルディグラ”とはよく言ったもんだ・・・」


「でもそれをあからさまにやると、人間はただの人形に堕してしまう。それじゃ神々には面白くない。だから世界の主要なシナリオから外れたどうでもいい部分では、人間は自由意思を見逃され放任されているんだろうな」

シュウは冷笑した。

「そんなこと。そんな・・・。もしそうなら、わたし達は何の意味も無くただ生まれて死んでいくだけ・・・」

ミーナの思考が虚無に彩られる。

「そんなくそったれな状況をひっくり返すのが俺のスキル“シザー”さ」

パンっと手を打ってシュウがにやりと笑う。


「まずサポートスキル“解析”によって、対象の状況を確認する。具体的にはどの守護神の眷属かを知り加護を可視化する」

「可視化って、どう見えるの?」

「そのままさ、俺には守護神によって異なるカラフルな極細の線が、そいつの頭からまっすぐ天に伸びているように見える。そして・・・」

「そして?」

「その守護神の加護の糸を“シザー”で断ち切り、加護と呪縛から解放する」

「解放された後はどうなるの?」

「一度解放されれば二度と守護神の影響を受けることはなくなる。その上守護神にとってはそいつを感知できず、結果存在しなくなるのと同じことになる。つまり・・・」


「晴れて自分の意思で自由に行動できるようになるってことさ」

空気を切る動作をし、持っていた何かを投げ捨てるように両手を広げた。

「それって、台本に無い役者が舞台上に勝手に現れて好き放題できる、てことかな?」

「その通り。面白そうだろ?」

「うん!なんかワクワクしてきた」

ミーナの顔に血の気が戻ってきたようだ。


「でもその効果範囲はどれぐらいなの?」

逸る気持ちを落ち着かせて訊く。

「今のところ1回で1人かな」

「それだけ?結局何の役に立つのかな?」

ミーナは少しがっかりした。

効果が小さすぎる。


「そうだなあ。俺が思うに現状使い道は2つ。1つはこの世界での仲間づくり。支配神側に気付かれずに動ける仲間は必須だろう?もう1つは支配神側の勢力の切り崩し。これはと思う人物をヤツらの影響下から解放すれば、ヤツらの陣営を弱体化させられる」

「なるほどね、でもとても間接的な効果ね。まだほかにもありそうじゃない?」

「そうかも。でも今のレベルじゃこんなもんさ。それより、まずは俺たちが実力をつけるところから始めなきゃな。スキルの習熟は地道にコツコツ、これが大事さ」

悟った風に宣うた。

「スキルは成長することもあるし、案外ほかの使い道があるかもね」

ミーナが慰める。


「話を戻すけど、祝福と呪縛を切られた人には悪影響はないの?」

「無い、と思う。多分・・・」

歯切れが悪い。声がだんだん小さくなっていく。

「多分って何よ!多分って。わたしはどうなるのよ」

ミーナがキレた。シュウの胸倉を掴んで絞り上げる。

「ち、ちょっと待て、落ち着けミーナ。勝手に使ったのは悪かった。反省してる。もう二度とやらない。誓ってもいい」

必死に宥める。

「コレを使ったのもミーナが初めてだし、スキルの取説にも副作用の言及は無かったから大丈夫なんじゃないかな、と。それに使った後ミーナは気分良くなったって言ってたじゃん。今も具合悪そうに見えないし、心配いらないよ、きっと」

修は早口でまくし立てた。

心にやましさがある奴はとかく早口になるものだ。

「あきれた!他人事だと思って。もういいわ」

ため息をついた。


結果オーライかぁ。追及はここまでね。それじゃあ、おっとり口調に戻したミーナは

「でもぉ、わたしに内緒でスキルを使った責任は、どう取ってくれるのかなぁ?」

「ど、どうって?」

急に口調が変わったミーナに不気味なものを感じ、シュウは恐る々尋ねた。

「もちろん一生面倒みてくれるのよねぇ」

極寒の笑みでミーナが迫る。

「それはちょっと。別のにしない?」

そっぽを向いて流そうとする。


「逃がさないわよぉ。わたし達はこれからは病める時も健やかなる時もいつも一緒よぉ、いいでしょう?」

ミーナの目が怖い。

「俺たちは今日会ったばかりだよ、ミーナ。こういうことはさ、もっといっぱい時間をかけて、お互いをよく理解してからでも遅くないよ」

「あらぁ心配ないわぁ。愛は時間も空間も超えるのよぉ。あなたが召喚者でも、今日会ったばっかりでも、なんの障害にもならないわぁ、シュウ」

「俺たちは目的を達成したら、元の世界に戻ることになるから、その時点で別れることになるぞ」

「大丈夫。わたし、大概の環境に適応できる自信あるからぁ。当然連れてってくれるのよねぇ。あなたの世界たーのしみ」

「俺、国に将来を誓い合った婚約者がいるんだ。残念だなぁ」

「わたし、順番なんか気にしないわぁ。2番目でも全然かまわないわよぉ、あなた」

ダメだ、何言っても返されてしまう。どうやっても逃れられそうにない、シュウは観念した。

「仕方ない。よろしく頼むよ腹黒魔女さん」

とミーナに手を差し出す。

「わたし達きっといい共犯者になれるわよぉ、インチキ使徒さん」

素晴らしく朗らかに笑ってミーナはその手を握った。


「ところでぇ、大事なことをまだ聞いていなかったわねぇ。あんたたちの目的って何かなぁ?」

すっきりした顔でミーナが尋ねた。

「まだ話してなかったっけ?」

辺りを見回し

「この部屋盗み聞きされないよな?大丈夫だよな」

と念を押す。

「大丈夫。最強の対防諜結界敷いてあるらぁ」

ミーナが請け負った。


「それじゃ全部話すよ。まずアレの目的は邪神6柱全ての封印解除だ。多分全て解放したら、この世界を乗っ取るか最悪滅ぼすつもりだろうな」

「わたしもそう思う」

「でも解除したら俺たちは用済み。その時点で処分される可能性が高い。運よく見逃されても、当然勃発する第2次邪神戦争に巻き込まれるだろう。その時俺たちは封印解除の元凶だから、真っ先に支配神側からは討伐対象にされるだろう」

「当然だねぇ」

「つまり、支配神側からも邪神側からも敵認定される状況に陥るのは確実。そうなったら生き残るのは不可能だな。せっかくノルマを果たしたのに、元の世界にも帰れず死んじまうんじゃ結局使い捨ての駒じゃん。そんなの嫌だよな?」

「ごもっとも」


「だから俺たちはその裏をかく。6柱全部解放したらその時点でおしまいだ。でも途中下車はできない。俺たちの心臓には封印解除を拒否した時点で魔物化する種が仕込まれている、てヤツが言っていたからな」

「それって不味くない?」

「だから全部封印解除する。そして最後の最後で全部再封印する。と同時に現支配神側を無力化する。これしか生き残る道はないと思う」

「おお!とっても素晴らしい作戦。でもどうやってぇ?」

「それが今後の課題さ」

「つまりノープランなのねぇ」

「まあ何とかなるでしょ。6回完遂までは時間はたっぷりあるだろうし。方針さえ曲げなければいけるさ」

「前向きの姿勢は大事よねぇ。でもそれってもう詰んでない?」

とあきれ顔。

「でもやるしかないだろ。そこから先は神の味噌汁てやつさ」

となぜか自信たっぷりにシュウは答えた。

仲間になるの早まったかしらぁ、シュウの適当さ加減にミーナは後悔が頭を過った。


 2人だけの密談は終わり、シュウが部屋を出ようとしたとき、ミーナが呼び止めた。

「待ってシュウ、おやすみのキスをして頂戴な」

少し照れながら、それでもミーナの頬に軽くキスをした後、おやすみと背中越しに手を振ってドアを出ていくシュウ。

それを見送ってミーナは、明日から忙しくなるわぁ。まず彼女を呼んで・・・と裏の計画を立てていくのだった。

 

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