虹の楽園(その3)
仲間の意見を聞くため横を見るとシンがいない。
初めて見る魔法店に興味津々で、一人勝手に店の中を物色しているようだった。
「えー!何でこの世界にもあるんだよ‼」
突然シンの素っ頓狂な叫び声が響いた。
驚いて皆が見た視線の先には、商品がディスプレイされている壁の隅にいるシンの姿があった。
叫び声をあげた当のシンのいた、照明があまり届かない薄暗いその一角には、パンフレット程の大きさと薄さの冊子がひっそりと置かれていた。
それを心が手に持ち凝視している。
何を持っているのかようやく理解したミーナは
「見―なーいーでー!$#&」
と意味不明の絶叫を上げ、シンの隣にテレポートしたかのような速度で現れ、シンの手からブツを回収する。
本を後ろ手に隠し、真っ赤な顔でブルブル震えて涙目で睨むミーナを、シンは呆然と眺めていた。
シンは自分の見たものが信じられなかった。
体の中から歓喜の奔流が溢れてくる。
「すげぇー!ミーナ最高だぜ‼」
興奮したシンはミーナを抱きしめくるくる振り回す。
「この世界にも“同人誌”があるんだ!」
ようやく心から解放されたミーナは、両手で顔を覆って床にへたり込んでいる。
何が起こったのか察した4人は、皆は2人を生暖かい目で見守るしかなかった。
(しかたねぇなぁ、またあいつのビョーキが出やがった。しかし、どこにでも好き者てのはいるもんだなぁ。彼女も腐かぁ)とシュウは脱力するかなかった。
すっかり舞い上がったシンは、自分の同人誌愛を熱烈に床にへたり込むミーナに語った。始めの内は戸惑っていたものの、シンの情熱が本物だと理解すると、あっという
間に長年の同志のごとく打ち解けていった。
さすがは腐同士だ。世界の壁など軽々と飛び越え、2人を中心とした、強力な腐の歪曲フィールドが発生しているような錯覚さえ覚える。
「えー、ご歓談中ではございますが…」
とアブナい会話に低姿勢で口を挟むシュウ。
「ミーナ、君に重要なことを聞きたい」
ミーナの顔を真っ直ぐ見つめ、珍しく真剣な顔でシュウが切り出した。
二人の様子にここが好機とみて、ギャンブルに出たのだ。
「ミーナ、君は教団をどう思っている?」
「どうって言われても・・・」
質問の意図が分らずミーナは困惑した。
「ゴメン。聞き方が悪かったな。教団に未来はあると思うかい?」
そう問われてミーナは黙り込んだ。
じっと考え込み、答える。
「・・・そうねぇ、はっきり言うけどお先真っ暗だわねぇ。構成員は減る一方、今じゃ2桁位しか残っていないんじゃないかしらぁ。封印解除も全然見通しが立たないしぃ、教会の弾圧は厳しいしでぇ、ぶっちゃけ生きているうちに足抜けしたいわぁ、というのが正直なところかしらぁ」
「そんなミーナに提案がある。君は秘密を共有できる、信頼するに値する人間だと俺たちは思っている。そうだよな?」
皆を見回すと、全員同意の印に頷く。
「そこでだミーナ、俺たちの仲間にならないか?」
「仲間ってどういうことぉ?わたし今でもサポーターだよねぇ。どう違うのぉ?」
意味が解らないというように首を傾げた。
「はっきり言うよ。俺たちの目的はアレとは別にある。教団を離れて俺たちの目的のため一緒に行動してくれないかな?」
「・・・つまり教団を抜けろと。そして自由な身分で一緒にやろうってことかぁ。うーん、すっごく魅力的なんだけどぉ、教団を裏切ったら粛清対象になるのは必然だしぃ・・・即答は難しいかなぁ」
と逡巡する。
「もちろんミーナの身の安全は、俺たちが全力で守るよ。それに教団を離反しても、表面上は何も変わらないし、神様経由で背信行為が教団にバレる心配はいらない。それを神に察知されないようにするスキルが俺たちにあるからな」
渋る彼女にシュウは優しく語かけた。
「まあ、俺たちは、1年くらいはここにいるつもりだから、返事は今すぐじゃなくてもいいさ。ミーナの心が決まった時返事をくれればそれでいい」
「そういうことならぁ・・・」
ミーナは安堵の表情で答えた。
即答で断られなくてよかった、と安堵するシュウ。
ほっこりとした良い雰囲気に場が包まれた。
そんな優しい雰囲気を台無しにした男がいた。
「できたぞ‼」
ミーナとシュウが極めて重大な話をしている間、シンは不気味なほど大人しくしていた。
自分の例のタブレットを睨みつけ、極限まで精神を集中させていた彼が、突如大声で叫んだ。
見ると、シンは歓喜の表情を浮かべ、1冊の光輝く本のように見える物体を両手で捧げ持っている。
「ミーナこれを見てくれ!おれの新しいスキル”THE BOOK”だ!」
シンは、ミーナに持っていたものを無理やり押し付けた。
意味も分からず、ミーナは訝しげな表情でソレに目を落とした。
疑念は直ちに驚愕に代わると、彼女は奥の作業部屋に猛ダッシュで飛び込んだ。
皆があっけにとられていると、突然扉が大音響と共に開きミーナが姿を現した。
シンに渡された光り輝くアレを、大事そうに胸に両手で抱きかかえている。
そして恍惚とした表情で、御神が、いと尊き御神がご降臨あそばされた!、と叫びシンの元に駆け寄った。
宗教的法悦に体中が打ち震えている。
「わたし決めましたぁ!もう迷いません。先ほどのご提案をお受けしますぅ!黴の生えた旧神になど、もはや一片の未練もありません。今ここでお誓申し上げます。わたしの在るべきところはわが御神のお傍、わたしの忠誠はわが御神のもの、全身全霊を捧げて、わたしはこの新たな絶対神にお仕えいたしますぅ!どうかわたしをわが御神の巫女にしてくださいませぇ‼」
と宣言し、持っていた眩しく輝くソレにキスをすると、頭上高く誇らしげに掲げたのだった。
いったい何を持っているのだろうと、ミーナの後ろからこっそり覗き込んだシュウは激しい脱力感に襲われ、よろよろと近くの椅子にへたり込んでしまった。
シュウがそこに見たものは、
ー前の世界でお馴染みのもの
ーシンの部屋に大量にあったもの
ーこの世界に存在しないはずの薄いヤツ
そうシンの“同人誌”コレクションの中でもトップクラスにヤバい内容の1冊だったのだ。
お前なんてものを持ち込みやがったんだ、と嘆くシュウに、会心の笑みでサムアップするシンの姿がとどめを刺した。
そしてシンの傍らには、幸せそうに“同人誌”を抱えて微笑むミーナがいた。
ー黒魔団が6人になったー
興奮冷めやらぬミーナとシンを放っておき、シュウはこっそり補助スキルである”解析”でミーナを観た。
ミーナの守護神は神ローク。
神の眷属として祝福が付与されており、細く黒い線が頭からまっすぐに伸びている様が見えた。
なるほどこれが“使者”の言っていた神の祝福による呪縛か。
初めて見る神の呪縛は、この世界を支配している神々の強烈な支配欲と執着が顕現したものであり、その悍ましさに彼は戦慄を禁じえなかった。
「約束通り神から解放されて、俺たちと飽きるほど自由を楽しもうぜ」
そうミーナに告げ、シュウは“シザー”を発動した。
召喚されたとき、使者が言っていた特別のスキルだ。
「対象ロック“ミーナ”、切断」
スキルの操作方法は勝手に頭の中に浮かんできた。
シュウは息をするように自然に、あっけなくミーナの呪縛を切断した。
「今俺のスキルで、ミーナに掛けられていた神の呪縛を消滅させた。ミーナと神の繋がりは切断され、神々はもう二度と認識できない。何をするのもしないのもミーナの自由さ」
とミーナに告げる。
「体や心に何か変わったことはないかい?ミーナ」
「そうねぇ、頭の中を覆っていたモヤモヤが晴れてとても気分がいいわねぇ。清々しいわぁ。なんだか体も軽くなった気がするしぃ、こんなにすっきりしたのはいつ以来かしらぁ」
と晴れやかに笑った。
「特に副作用がないみたいで良かったよ。なにせこのスキルを使うの初めてだったからな」
シュウは胸をなでおろした。
「なんですってぇ!?」
ミーナが拳を握り締めて全身を震わせている。
その迫力に、シュウは思わず後ずさってしまう。
「わたしで人体実験しやがったのねぇ!許さねぇ!そこに正座しなさいぃぃ‼」
髪は逆立ち全身からどす黒い業火のようなオーラが立ち上っている。
「罰を受けなさいシュウ、あなたは1週間毒汁ガエルの刑ですぅ。たっぷり反省しやがれですぅ!」
爆音とともに黒煙がもうもうと立ち込め、煙が晴れた後には、猫ほどの大きさの、極彩色の毒々しいカエルに変えられたシュウが残されていたのであった。
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