虹の楽園(その2)

「そ、そういえば俺たちここに来たばかりで今夜の宿も決まってないんだ。おすすめの宿があったら紹介してくれないかな?」

重い空気を紛らわす様に、シンが強引に話題を変えた。

「できたら宿代は良心的で、食事は旨く、清潔な部屋で」

とシュウ。

「安全でギルドに近くて」

とエイコー。

「かわいい子が受付してくれる。ケモミミならなお良し、痛てぇ」

テーブル下で左右から思いっきり足を蹴られて、シンが悲鳴を上げた。


「そうですね、ではいくつか見繕わせていただきますと」

一旦言葉を切り頤に手を当て首を傾げ、

「まず“ゴブリンと姫騎士亭”はいかがでしょうか?ここはギルドにも近く、隔日開催されるフロアショーが大人気ですよ」

ふふふと妖しく笑う。

「・・・フロアショーってどんなの?」

ショーの内容は察しがついたので聞きたくなかったが、アイリスの質問待ちの圧が強く仕方なしにシュウが質問した。

「ええ“ゴブリンと姫騎士のくっ殺ろショー”と言って…」

怪しく潤んだ目でアイリスが説しかけたが

「「「「「もうええわ!!」」」」」全員が突っ込む。

「あら残念、お気に召しませんでした?」

微塵も残念さを感じられない。

「では“オークと煉獄の炎亭”は…」

「リッチと死骨美人亭“は…」

出るもの出るものキワモノばかりだ。この都市にはまともな宿屋はないのかと野宿を覚悟した時


「では最後に“猫の微睡亭”はいかがでしょうか?ギルドにほど近く、料理も好評、宿代は良心的、ワーキャットのご夫婦と娘さんで営むアットホームなお宿ですよ」

「そんないいところがあるなら最初から教えてくれよ」

温厚なケイが珍しく激しくツッコむ。

「いえいえ人の趣味は千差万別、人の数だけ好みは異なりますので、万人向けはやっぱり最後でしょう。それに経営者のご一家と私、古くからのお付き合いですので紹介相手は選びます」

としれっとアイリスが切り返した。

「もういいよそこで。疲れたよ」

アイリスの作戦勝ちだった。


もらえる資料もろもろと宿の簡単な道順のメモを引っさらい、シュウたちは席を立った。

別れ際にアイリスは

「これからもどうぞよろしくお願いします」

と最高の笑顔で、深々とお辞儀をして一行を送り出したのだった。


シュウはギルドの出口に向かうまでの間、再度ギルド内を確認した。

2階の手すりに体を預けこちらを注視している、能面顔の目つきの悪い年増女性と目が合った。なんの根拠もなくコイツは危険だと直感する。

背中におぞめく不穏な気配を感じ慌てて目を逸らす。

酒場の隅にいた魔女の姿もなかった。


「あー、もうなんかくたびれたよ。早く宿でゴロっとしたいぜ」

ギルドを出た途端げっそりした表情で、シュウがため息を盛大につく。

日は落ち辺りはすでに夕闇に包まれている。

「まぁ異世界の洗礼というところかな。アイリスさん綺麗だったから良しとしようぜ」

エイコーが思い出し笑いをする。

「ヤバい所もわかったから明日からどうするか予定を立てないとね」

とトシ。

「それより宿のワーキャットの子かわいいといいなあ」

能天気なシン。

異世界に召喚されようとも平常運転の5人だった。


雑談しながら通りを歩き、メモに沿って角を曲がり路地に入る。

少し歩いた暗がりに彼女はいた。

黒のミニワンピにつばの広い黒の半ばから折れたとんがり魔女帽子と黒のショートブーツ。

ギルドにいた魔女のお姉さんだ。

「遅かったじゃない、待ちくたびれたわよぉ」

薄く笑って5人に声をかける。

「えーと、どちら様で?」

油断なく周囲を警戒しながら答えるシュウ。

「わたしはミーナ、グール通りでお店をやってるのぉ。よろしくねぇ」


「で、その魔女のミーナさんが、俺らに何のご用事で?」

「そうねぇ、まずはぁこれを」

周囲の人気のなさを確認しミーナが差し出したのは、手のひらに収まる大きさの石のメダルだった。


表面に何かのシンボルが浮き彫りにされている。

一目で理解し、シュウも素早く周囲を見回したーほかの誰にも見られていないな。

「ここじゃ何だからぁ、わたしの店に来ない?」

メダルをさっとしまい込むと5人を誘う。

ミーナの提案に無言で頷き、連れだって急ぎ足で歩き出す。

いくつか角を曲がり路地を巡り、やがて1軒の店の前に行き着いた。


魔女の帽子と猫らしき動物が戯れている看板が掛かっている。

ミーナは店の扉に手をかざし、何かつぶやくと扉はひとりでに開いた。

彼女が中に入ると明かりが灯り、内部を照らし出す。

入口に戻ってきたミーナが5人に声をかけた。

「ようこそミーナの魔法店へ、使徒の皆様ぁ」


店の奥の大きなダイニングテーブルに皆が座っている。

片側に黒魔団のメンバーが、反対側に店主で魔女のミーナがいる。

さっきまで訳の分からない器具や食べかけの乗った食器、分厚い本などで雑然としていたテーブルは綺麗に片づけられ、湯気の立つ大皿料理や焼き立てのパンが盛られた籠、水や酒の入った瓶や足の長いグラスが置かれている。

夕餉の時間なのでまずは食事を、とミーナが用意してくれたのを皆で食べているところだ。


「いやーどれも美味しかったよ、ご馳走様、ミーナさん」シュウが代表して礼を言う。

「ミーナでいいわよぅ、口に合って何よりだわぁ」

「さて、満腹になったことだし、そろそろ本題に入ってもいいかな?ミーナ」

「この店は完全に外部から遮断されているからぁ、何を話しても大丈夫よぅ」

「じゃあ、もう一度アレを見せてもらえないかな?」

「はい、どーぞぉ」


差し出された石のメダルの浮き彫りをシュウはじっくりと確認する。

伏せた四足獣に人間らしき頭部があるが、顔の部分は彫られていない。

使者の空間で示された教団の者と確認する際に提示されるシンボルと同じだ。

裏面には何もない

「間違いないな。疑って悪かった」


「それじゃぁ、自己紹介しましょうねぇ」

シンボルを受け取ったミーナが顔を上げる。

「わたしはミーナ、この“猫のしっぽ魔法店”のオーナー魔女よぅ」

声のトーンを若干落とす。

「もちろん教団員でぇ、あんたたちのサポーター」

「俺は“黒魔団”の尾張修太郎、シュウでいいよ。剣士で団のリーダーだ」

シュウを皮切りに、順に皆が自己紹介していく。

「全員がこの世に召喚され、おまけに使徒になっているらしい」

とシュウがと締めた。


「なっているらしい、てどゆことぉ?」

「俺たちは皆信者じゃない。元の世界で色々あって使者に目をつけられて、どさくさに紛れて使徒にされた挙句、この世界に強制召喚されてしまった、てことさ」

シュウが肩をすくめる。

「道理で教団員らしくないと思ったわぁ。教団員がぁ、あんたたちみたいな態度だったら神罰ものよねぇ」

とミーナは苦笑した。


「ところでどうして今日俺たちがギルドに来るとわかったんだ?」

「簡単なことよぉ。使者様から今日あんたたちが召喚されるって夢のお告げがあったからねぇ。後はぁ、あんたたちが来そうな場所に網を張っていればよかったのよぅ」

「もしかして、ミーナは教団で結構高いポジションなのかな?」

エイコーが尋ねる。

「わたしはぁ、アルカン支部所属の司祭、序列で言ったらNo.3だけどぉ、ほかにも同じ序列のはいっぱいいるからあんまり偉くはないわねぇ」

と自嘲気味に答えた。

「俺たちのサポーターになるくらいだから、結構上の方だよな。凄いじゃん」

エイコーが微妙に慰める。


「教団のこと教えてくれない?」

「あんまり知らないわよぅ、トシ。各自由都市に支部はあるみたいだけどぉ、人員構成からアジトの場所までよその支部のことは知らされていないのぉ。多分組織の全体像を把握しているのはぁ、グランドマスターだけだろうねぇ。知らなきゃ、一つの支部からずるずる他の支部の情報が漏れることもないからねぇ」

「そりゃそうだ。地下組織の基本だね」

トシが相槌を打つ。


「じゃあこの世界のことを教えてくれないか。特に神々が封印された経緯から」

「いいわよぅ、シュウ。ざっくりとこのマルディグラの歴史をおさらいするわねぇ。むかーし昔、ざっと千年くらい前に、わたしたち”星辰の叡智“教団があがめる6柱の神々と、”栄光の手“教会の神どもがこの世界の覇権を争った、いわゆる“邪神戦争”がありましたぁ。ちなみに邪神の方がわたしたちの神々ねぇ。およそ100年続いたこの戦争はぁ、途中まではこちら側が圧倒していたんだけれどぉ、終盤であいつらが補助種族を創り出して投入したせいで形勢が逆転してしまったのぉ。もうちょっとで勝利するところだったのにぃ、残念」

一旦言葉を切ってため息をつく。


「終結まで紆余曲折あったけどぉ、最終的にわたしたちの神々が敗北し、全て封印されてしまいましたぁ。勝利した教会の連中はぁ、戦争で荒廃した世界で実権を握りましたぁ。そしてぇ、忌々しいことに今もなお世界に君臨しているのですぅ。敗北したこちら側が邪神にされてぇ、そのあおりで教団も非合法組織認定され地下に潜伏し、それ以来神々の封印を解くことを組織目標とし今日に至る、という訳なのですぅ」


「戦争のあおりでぇ、地形も気候も激変し文明は崩壊してしまった。何とか生き残ったの人口は戦争前の1割もいなかったといわれているわぁ。わずかに残った都市と技術で何とか文明を復興させようとしてきたみたいだけどぉ、大半の技術は失われ、代わりに魔法が主流となり、補助種族は台頭し魔獣が跋扈し、人々は城塞都市を築き中に立てこもってようやく生き延びてきたようよぉ。


「現在ではぁ、このアトラス大陸にはヒト族をはじめ獣身族、ドワーフ族、エルフ族、魔族、妖精族の6種族がそれぞれ自治権を持ち領土を治めているわぁ。中央の”宵闇の森”と南部のテンジン山脈、南西部のウゲイボル砂漠に仕切られる格好で大陸は二つに分かれているのぉ。西側がぁ、わたしたちヒト族の領地モール大平原、南部は魔族が納める魔王領、北東部がドワーフ族の領地、獣身族・エルフ族・妖精族は”宵闇の森”の中にそれぞれ領土があると言われているけど、エルフ領以外ははっきりとした場所もわからないわぁ」

「その辺は俺たちが使者ーこの世界じゃ口にするのも危険だから”アレ”にしとこうーやギルドの説明と同じだな。で、封印については?」

「せっかちねぇ、シュウ」

お茶を一口飲んで息を整える。


「わたしたちの信仰する6柱の神々はぁ、全て異なる場所に封印されてしまったけどぉ、その封印場所は教会によって徹底的に秘匿されていて教団も全然把握してないのぉ。ただ、一つだけ、“不帰の森”にある遺跡がそうじゃないかと教団は睨んでいるのだけれどぉ。確信はないわねぇ」

「封印されたのに、アレはどうして活動できるんだ?」

シンがツッこむ。

「アレ様についてはぁ、どうやら封印した相手の神が何らかの理由で不完全な封印を

施した結果ではないかとぉ。つまり元々封印に綻びがあってぇ、現世にアレ様の力が漏れ出しぃ、その結果アレ様は限定的な活動が可能なのではぁ、という教団の見解ですぅ。ただし現世ではぁ、直接力を揮うことはできなくてぇ、せいぜいが信者にお告げを与えるくらいみたいだけどぉ」


「なるほどねぇ、て感染っちまったじゃねぇか、ちくしょう!」

とシュウがなぜか悔しがる。

「とすると、限定的な力の染み出しなので現世では力の行使はできない。万一アレの活動の痕跡なりが教会側に捕捉された場合、不完全封印がばれて封印を完全なものにされてしまう危険性がある。そうなると詰みなので僕たち別世界の使徒が必要ということか・・・」

トシ

が総括した。

「正解、あんた鋭いわねぇ。まとめてくれてありがとぉ」


「とまあこんな感じかなぁ。どこかわからない封印地を探してぇ、そこに封印されているよくわからない神を教会にばれない様に開放することがぁ、これからわたし達の使命ということねぇ。・・・それを踏まえて1つ提案があるのぉ」

ミーナは5人の顔を見回す。

「あんたたちのぉ拠点をうちの店にしない?その方がぁ、お互い何かと便利じゃないかなぁ?空いてる部屋は十分あるしぃ、ギルドからも近くて何かと便利よぉ。そしてわたしもぉ、ボディガードが家に常駐してくれるので安心だしぃ。そのかわりぃ、家賃無しにしてあげても構わないわよぉ。だめかなぁ?」

と上目遣いに顔を覗き込む。

「こっちも安全な拠点ができて、すごく助かるな。どのみち宿屋暮らしになるところだったから、宿を決める手間が省けてむしろ有難いし・・・」

シュウは答えを返しながら、これまでのミーナの印象を整理していた。

どうやら悪意は無さそうそうだな。むしろ俺たちと同類の匂いがする・・・

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