虹の楽園(その1)
とまあこうして、半ば拉致まがいに尾張たちはマルディグラに召喚されてしまった。
送り込まれたのは小高い丘の上で、眼下に広い平原が一望できる。
1つだけの太陽は中天にあり、正午近い時間と思われる。
影の方向から北へ数㎞先に円形の城郭に囲われた都市が見えた。
二重円の城郭の間に広がる切妻屋根の街並みと、内側の城郭内に巨大な構造物が確認できた。
丘の下を南北に通る街道が、その都市まで緩やかに蛇行して続いている。
街道は途中で二股に分岐し、片方は西に広がる広大な森の縁に沿って続いている。
南方向には見渡す限り広がる平原の中を地平線まで続いている。
この方向には集落一つ見えない。
東も同様だ。
「どうする?」
と西伯。
「とりあえずあの都市に行くしかないだろ」
と四日市。
「その前に装備を確認した方がいいよ」
港が現実的な提案をする。
「そうだな、街に入る前にまずストレージの中身を確認しよう。持ち物を全部出してくれ」
尾張の指示に、車座に座り各々ストレージから持ち物を全て自分の前に広げる。
持ち物は全員共通していた。
携帯食料、水袋、金袋(中には金貨。銀貨・銅貨の金種別に一抱え分の皮袋に入っている)、青と金の液体の入った小瓶各10本、ギルドカード、衣類といったところだ。
金があるから、あと必要なものは現地調達しろということか。
所持品で共通していないものもあった。
尾張はなぜだか腕時計を左手に着けたままで外すことができない。
ほかの連中は、西伯にはタブレット、四日市にはスマホ、福原には白衣、港にはコムロック(出始めの携帯電話に似た多機能コミュニケーション機器)それぞれのストレージに入っていた。
何に使うのかさっぱり判らないので、心に棚を作りストレージに戻す。
改めてお互いの装備を確認する。
体の一番大きい福原は大盾を持った重戦士、筋肉質でスポーツマンの西伯と一番小柄ながらそれなりに筋肉があり動けそうな尾張は剣士、背は西伯と同じくらいだがやせ形で見るからにインドア派の四日市は賢者、四日市よりさらにやせている年は斥候のジョブがついている。
標準的なパーティー構成で、特に四日市は魔法が使えるジョブに狂喜していた。
「とりあえずあの都市に行って、ギルドで情報収集をした後宿を確保するのでいいかな?」と西伯が提案する。
状況がわからないと動きようがない以上、西伯の提案に皆異論はなかった。
細かいアップダウンや必要以上に曲がりくねった未舗装の道のせいで、5人は都市の城門までたっぷり3時間はかかってようやく到達した。
門番はいたが、ギルドカードを見せると拍子抜けするくらいあっさり入城できた。
気やすく話す門番に、ハンターギルドへの行き方を聞く。
「目の前の大通りをまっすぐ奥に行くと噴水のある円い中央広場に出る。そうしたら噴水の反対側に大きな建物があるからそこがハンターギルドだ。そのあたりで1番大きな建物だからから間違えようがないぜ」
と教えてくれた。
教えられたとおりに道を進む。この辺りは3階縦の石造りに建物が統一されていて、建物で変化を出せない分、色とりどりの看板が賑やかだ。
看板のほとんどが絵だけなのは識字率が低いためだろう。
「読み書き計算ができる俺たちのパティーって実は優秀?」とほくそ笑む四日市。
「領主とかめんどくさい奴らに目を付けられないようにおとなしたほうがいいよ」と港がたしなめる。
通りは想像していたより大勢の人でいっぱいだった。
使者の情報通り、ヒト族だけでなくケモミミや尻尾のある獣身族や縦と横が同じくらいの立派な髭を生やしたドワーフ、長耳のエルフなどの他種族も見られる。
妖精族や魔族は特徴がわからないのでいるかは不明だ。
目算で1番多いのがヒト族で約6割、次に獣人が約3割、あとはその他の種族という構成比だ。
ヒト族以外の種族に卑屈な気配は感じられない。
表立って異種族差別はなさそうだ。
裏ではわからないけど・・・。
やがて道は広場に行きついた。
中央に円形の大噴水があり、その周囲をぐるりと屋台が取り囲んでいる。
異世界の風物に気を取られて忘れていたが、いい匂いに触発され、召喚されて以来何も食べていないことに気づかされた。
猛烈な空腹に気づいてしまったら、もう我慢ができなかった。
とりあえず近くにあった串焼の屋台で謎肉の肉串と、隣の屋台の果実水らしきものを買い遅い昼食にする。
やや固いがスパイスの効いた甘辛のタレと噛むとあふれ出る肉汁が相まってあっという間に食べ終えてしまう。
果実汁でのどを潤し一息つくと、日も傾き夕方近くになっていた。
名残惜しいが買い食いは諦めギルドの建物に5人は向かった。
門番の言った通り、噴水の反対側には他の3倍以上はありそうな巨大な建物が聳えている。
ギルドの建物に違いない。
恐る恐る馬鹿でかい両開きの扉を開けると、中は人でごった返していた。
1階は中央を階段で分けられた左右対称の作りで、左が酒場、右がギルドの受付になっている。
酒場のカウンターにはハイスツールが並び、フロアには丸テーブルと椅子4脚のセットが10セットほど置かれ、どれもがいかにもな格好の連中で埋っていた。
カウンター席も満員だ。
反対側の受付と思しき、左奥をL字に囲んだカウンターには、3名の揃いの制服を着た美人のお姉さんが立っていて、その前には長蛇の列ができている。
多分時刻からして依頼の報告待ちの列だろう。
適当な列の後ろに並び周囲を観察する。
人種も性別も装備も多種多様で、異世界感が半端ない。
近くにいたガタいのいい戦士風のおっさんと目が合い、ギロリと睨まれたので慌てて目を逸らし酒場のほうを見る。そっちも客の構成はあまり変わらない。
隅っこの壁際につばの広い魔女帽子を被った黒いミニワンピのお姉さんがいた。
こんなに人がいるのに魔女コスは1人だけだ。
相手もこっちを見ている。
目が合った気がしたので、尾張はあいまいに笑って軽く会釈した。
そこで順番が来たようで、受付のお姉さんから声をかけられた。
プラチナブロンドの腰まである長い髪を後ろで一つにまとめたスレンダーな長身のエルフさんだ。
立ち居振る舞いの上品さと女性らしい柔らかなボディラインが相まって、ギルドの制服がオートクチュールみたいだ。
頭にちょこんと乗せた帽子がいいアクセントになっている。
「いらっしゃいませ、当ギルドは初めてでございますね?」
「そうだけど、なんでわかったのかな?」
尾張が訝しげに返す。
「当ギルドに登録されているハンターの皆さまのお顔は、全員存じていますので」
受付嬢はさも当然といった風ににっこり笑う。
「できる受付嬢さんだね、とりあえずこのハンターカードが有効かどうか確かめてもらえないかな?それとこの地方の情勢も知りたいから、地図なんかも見せてもらえたらうれしいな」
とカウンターに全員のカードを置く。
置かれたカードを一瞥すると、表情を変えないよう最大限の注意を払い、受付嬢はカウンターの天板裏にあるボタンをそっと押した。
「かしこまりました。ここは手狭ですのでそちらのテーブルでお伺いしいたします。えっと、修太郎尾張様?」
「尾張修太郎、姓が先、名があとね。シュウでいいよ。それと後ろの連中はみんなパーティーメンバー。全部で5人、パーティー名は黒魔団だ」
「では黒魔団の皆さま、どうぞこちらへ」
エルフさんは後奥の職員に声をかけ受付を交代し、階段の壁とカウンターの間のスペースに置かれたテーブルに5人を誘った。
全員がテーブルに着くと、後から来た職員から5人のカードと丸まった大判の紙を受け取る。
そしてカードを返しテーブルに紙を広げると、5人に向き直った。
「カードは問題ありませんでした。では黒魔団の皆さま、あらためまして私は当アルカン支部のアイリスと申します。今後は皆様の担当を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
と正式に挨拶する。それを受けシュウ以下5人が順に自己紹介をした。シュウに倣い、皆愛称呼びを申し入れた。
「まず、皆様がはるばる東のヤマタイからアルカンにいらした目的はどういうものでしょうか?かの地からのお客様はとても稀ですので、差し支えなければお教えいただけたらと思いますが」
シュウのギルドカードに記載されていた発行地の名前を出してアイリスが尋ねる。
「えーっと、俺たちはみな今年成人したばかりなんだ。それで、ヤマタイには成人したら故郷を離れ世界を回って見聞を広めるっていう習わしがあってさ、俺たちわずかな路銀を渡され故郷を追い出されたんだ。俺たちはガキの時からの顔なじみだから、どうせならってハンターになり、パーティーを結成してようやくここまでたどり着いたってわけ。ここに来たのは半ば成り行き半ば旅費稼ぎってとこかな」シュウは予め考えていたカバーストーリーを話す。
「皆さまはいつまでこのアルカンに滞在されるご予定でしょうか?」
「とりあえず次の都市に行くための十分な資金がたまるまでかな?でもせっかく来たんだからこの街を十分楽しみたいし、まあ1年位はいると思うよ」
「それでしたら、アルカンは依頼件数も種類も豊富ですし、楽しみにも事欠きませんので、皆様のご希望に十分添えるものと思います」
「ところで、“黒魔団”のパーティー構成は、トップが斥候のトシ様、前衛が戦士のケイ様、中衛が剣士のシン様とリーダーで剣士のシュウ様、後衛が賢者のエイコー様でよろしいですね」
皆が頷く。
「皆様であれば、特に障害なくハンター活動が可能と存じますが、そうとはいえ危険な場所や脅威度の高い強力な魔物の生息域もありますので、十分お気を付けください」
アイリスは話しながら地図上に大小の丸印を付けていく。
「例えばここは通称“宵闇の森”と言いまして」
と1番大きな丸を指し、
「多数のハンターが行方不明となっている非常に危険度の高い領域です。ここには太古の遺跡があるといわれていますが、真偽のほどは定かではありません」
そしてさっきの丸から少し離れた場所の小さめの丸を指さし、
「この辺りでは、非常に珍しい妖精族を見かけたとの報告がありますが、正式に確認されてはおりません」
「残った印につきましては強力な魔物の生息域ですので、要注意でございます」
と話を切って修たちの顔を見回す。
「次にこのアルカンについてご説明いたします。正式名称は“自由学園都市アルカン”と申しまして、中央にあるミスカーティア大学を中心とした、自治権を有する人口550万人の学園都市となります。ミスカーティア大学は、あらゆる学問の最先端の知識を有する大陸最大最古の大学と謳われており、また付属図書館は大陸随一の蔵書量を誇っております」
と誇らしげに説明する。
「つまりわからないことはここで聞けばよいと」
とエイコーがつぶやく。
「そのとおりでございます。ミスカーティアでわからぬものはアトラスになし、と言われております」
「このアトラス大陸には国家はありません。各都市がそれぞれ自治権を有する自由都市として相互に連携し、緩やかな連合体を形成しております。基本的には各都市間で法律や制度、通貨は共通していますので、どの都市に行かれても不自由はないでしょう」
「宗教はどう?」
ケイが尋ねる。
「この大陸では唯一“栄光の手”のみ正式な宗教と認められております。どの都市にも教会支部と神殿がありますので、すぐわかりますよ。」
「それ以外にはあるのかな?」
重ねて尋ねる。
「・・・ありませんわ。“栄光の手教会”以外は全て邪教として神に存在を許されませんので」
トーンダウンした声で答えが返ってきた。
「詳しい情報については、教会アルカン支部や大学図書館で入手できると思いますわ」
この話題はここまでといった風に、にべもなく答えた。
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