マルディグラに連れて行って(その2)

何もない黒い空間につい今まで麻雀をしていた佳の部屋だけが静止た状態で浮いている。

部屋の中には6人の男がいる。

正確には5人の青年と1人の少年だ。

5人の青年は思い思いの格好で寛いでいる。

そのうちの一人が窓の外を眺め

「何もないな、どこだここは?」

とつぶやいた。


「窓は開けちゃだめだよ、混沌が部屋を浸食するからね」

いたずらっぽい声で制止がかかった。 

「やあみんな集まってくれてありがとう、よろしくね」


「なーにがよろしくだ!勝手に移動させやがって」

尾張が不機嫌さを隠さず毒づいた。

「おや、ご機嫌斜めだねぇ。どしたの?」

「やっとだ、やっと和了ったってのに・・・俺の純正九蓮宝燈を返しやがれ」

「あー、あれね。まぁ不幸な事故だったと思ってあきらめてね。過ぎ去ったことは忘れて未来に生きようよ」


「うるせー。あんなチャンス2度と無いんだぞ。そもそも…」

「尾張待てよ。まずこいつの話を聞こうぜ、状況がさっぱり分らない」

四日市が被せるように言い、尾張の愚痴を止める。

「そのとおりだ。召喚とか言ってたし、アレを怒らすのはマズいぜ」

西伯も同意する。

「まずあなたの名前をお聞かせていただいてもよろしいですか?」

福原が下手に出て尋ねた。

機嫌を損ねてこの変な空間から出られなくなったら大変だ。


「ボクは君たちの概念で一番近い表現だと、神だよ。名はいろいろと差しさわりがあるから“使者”と覚えておいてよ」

「では使者様、なぜ自分らをこの空間に召喚なさったのでしょうか?」

重ねて福原が尋ねた。


「もっともな疑問だね。それではお答えしましょう」

一呼吸おいて勿体ぶる。

「君たちを召喚した目的は他でもない、神々の使徒となって我々を助け、開放し、世界を取り戻す手伝いをしてほしいんだ」

と決め顔で言い放ったのだった。


…沈黙が場を支配した。

「色々突っ込み所満載だけど、いくつか質問してもよろしいでしょうか、使者様?」

気を取り直して尾張が質問した。


「まず、俺たちを選んだ理由を教えてください」

「簡単に言うと、君たちの持つ稀有な豪運というか悪運かな?」

それを聞いて尾張がひどく落ち込んだ表情になる。


「そうさ、なかなかないよ、こんな豪運の連鎖は。さっきのことを思い出してごらんよ。心当たりがあるでしょう?もっとも1人で振り込んだキミは人類最低最悪レベルの悪運としか言いようがないけどね」

「あの役満連発ですか?」

と酸っぱい顔で尋ねる尾張。

「そうさ、しかも最後はただの役満じゃない、純正九蓮宝燈さ。あれはヤバいよ。和了るとほんとシャレにならないんだから」

(でも、俺和了ってないよな?ていうか俺の上りを邪魔したのあんただよ。使者様)


「純正九蓮宝燈ってそんなにまずい役ですか?」

西伯が横から質問した。

「そのとおり、あんなモノ上ると人生終わりだよ。世界にもう居場所は無くなってしまうのさ。だから君たちは異世界にご招待されちゃうんだ」

使者はそう言ってヒヒヒといやらしく嗤った。

(やっぱアカん奴じゃん、こいつ。でも召喚されるのは結局俺のせいなのか?)尾張が内心まずいなぁと思って下を向く。

ほかの4人が彼を責める目線が尾張に突き刺さる気配が厳しさを増していく。


「異世界行きの件は理解しましたが、正直納得はいでませんね。それは置いといて、あっちでおれらは具体的に何をすればいいんですか?」

四日市がやれやれと肩をすくめつつ質問した。


「さっきも言ったように、君たちはボクら神々の使徒になってほしい。そして封印からボクたちを開放してほしいんだ」

真顔になった使者は厳かに告げた。

「おれら無宗教なんですけど、それでも神々の使徒って勤まるもんなんですか?それにどんな立ち位置なんですか使徒って?」

四日市は質問を重ねた。


「あっちの世界の神々とボクたちは、遥かな過去から対立しているのさ。ボクたちはボクを残して、ヤツらにみんな封印されてしまった。ボクも封印されたけど、辛うじて権能の一部を逃がすことができたからこうしてここにいる。でもこのままじゃジリ貧。かといって表立ってボクは動けない。ヤツらに気づかれて完全に封印されたらお終い、ゲームセットだ」

「だから神々の代行者として使徒を立てる必要があると…」

四日市はつぶやいた。

「なぜあっちの世界で使徒を選ばないんです?」

それまで黙っていた港がボソッと小さな声で参戦してきた。

「確かにそうだ、そのほうが簡単じゃないですかね?」

福原が畳みかける。


「そうもいかない理由があるのさ、港クン福原クン・・・」

使者がため息をついた。

「基本的にボクはあっちの世界では、ほぼ完封されていて力を行使できない。精々誰かの夢枕に立つくらいだ。その上そこに生きる者には、ヤツらくそったれ神々から加護が与えられていてね。その加護のせいでヤツらの意思に逆らう行動は取れないようになっている。皆ヤツらの操り人形みたいなものなのさ。ボクらも指をくわえて見ていたわけじゃないよ。ずいぶん前に何とかヤツらの目をかい潜って、サポート教団を作るところまではいったんだけど、非合法の地下組織は維持が大変でね」


(なるほど。神々から加護を受けると、受けた側は加護を授けた神々の言いなりか、よくできてるな。まてよ、ということは) 

「もしかして、あっちの世界のやつらはほぼ全部敵?」

すっぱい顔の尾張。

「言いたかないけどその通りだね」


「で、使徒ってどんな特典があるんですか?極大魔法バンバン打って地形を変えたり、山を剣でズバッと両断したり」

西伯が期待に満ちた目をしている。そう言えばコイツ異世界ものマニアだったな、行く気満々だと横目で西伯をうかがう尾張。

「もちろんさ、西伯クン。君たちには召喚者特典付きさ」

焦らすように使者は言葉を切った。


「君たちが心から望むスキルをあげよう。それにすぐに全滅されては困るから頑丈な肉体と、身体能力も大幅アップしておこう。最高品質の装備も持たせてあげるね。言葉が通じなかったり一文無しだと不審者で処刑されてしまうから、共通語の理解と当分生活に困らないぐらいのお金もセットだ。どうだい、やる気出ただろう?」

(特典満載でかえって心配だなぁ。これくらい持ってないとすぐ死んじゃうんだろうか。リアル世紀末?)

尾張はひどく不安になってきた。


「俺たちの行く世界のことを教えてください。文明レベルとか、神々の対立とか?その辺の所もっと詳しく。正直現代日本で生活している俺らが生き抜くのは、無理ゲーなんじゃないですか?」尾張は使者の回答次第で速攻断ろうと、最後の方は断固とした口調になった。

「君たちが行く世界は名をマルディグラ、文明レベルは神々の戦争があった後千年くらいかけてようやくまあ君たちの世界でいう中世ヨーロッパ程度に復興したってところかな。大戦前の文明の遺物がそこそこ残っていて、再現はできないものの何とか使われているから、レベチがいろいろ混じっちゃっている感じ。都市部は貨幣経済で回っているけど、田舎は物々交換が現役だね。もう察しているだろうけど、剣と魔法が支配する弱肉強食のサバイバル世界さ」

使者は淡々と、まるで旅行ガイドを棒読みしてるみたいに説明した。でも西伯にはしっかり刺さっているようだった。


「地理的には、周りを海に取り囲まれている中央大陸と、南に氷結大陸の2つがある。中央大陸は南部にオイミャ大山脈、中央部から西部にかけてバルツ大森林ー通称”宵闇の森”が広がっている。中南部から東部にかけてモール大平原、大陸西北部の島にオーリン大火山がある。中央の大森林が大きくくびれあたりから北西部にウゲイボル大砂漠があるけど、生きて帰ってこられないからお薦めしないよ。居住可能な中央大陸に全生物がいる。住んでいるのはヒト族だけじゃない。最も数の多いヒト族、魔法と自然の操作に長けるエルフ族、鍛冶と工芸に秀でたドワーフ族、獣を統べる獣身族、マナの理を身に宿す妖精族、魔力操作を極限まで突き詰めた魔族の6種族が存在するよ。エルフ族と妖精族、獣身族はバルツ大森林を、ドワーフは北西部沿岸とオーリン大火山の麓を、ヒト族と魔族はモール中央大平原をそれぞれテリトリーとしている。極端な種族間対立はないから、全種族交じり合って暮らしているよ。例外はあるけどね。まぁ行けばわかるよ…」使者は言葉尻を濁すと黙り込んだ。言いたくなさそうな雰囲気が濃くなる。


「・・・あとは“栄光の手”教会には近寄らないことかな。あっちの世界はクソ神々とその傀儡の神殿が実質支配しているから、ヤツらに気づかれると色々厄介だからね。キミらのサポートは“星辰の叡智教団”がしてくれるけど、地下に潜伏しているから接触は難しいかな?言えることは、なるべく一般人として市井に混じって目立たず振舞うほうがいいよ」


「孤立無援で事を成せと。しかも敵対組織付きで」

尾張が大きなため息をついた。

「肝心の封印の開放はどうやればいい?」

港が突っこむ。彼はあまりしゃべらないけど口を開くと核心を鋭く突く。

「う~ん、それなんだけどねぇ。言いにくいんだけど…。引き受けてくれたら説明するよ」

使者の答えは歯切れが悪いかった。

「はぁ、何それ?そんなんで行けるわけないじゃん!」

西伯が抗議する。

「まぁできる限りは説明するよ。封印から解放してもらいたいのはボクを含めて6柱の神々。ボクらは世界のあちこちに分散して封印されているから、6回封印解除に挑んでもらわなきゃいけない。失敗は死に直結するから頑張って完遂してほしい」


「だから、君たちはどんな僻地に行っても怪しまれないハンターになってもらうよ。いいよね?」

「「「「「ハンター?」」」」」

皆が突っ込んだ。

「ハンターっていうのは、あっちの世界で魔物を狩ったり遺跡に潜ったり、未踏破地帯に調査に入ったりすることを生業にしている荒事専門の奴らさ。ギルドがあるから登録しておいてあげるね」

「気楽に言うな。そんなヤバそうな仕事、死んだらどうなるんだよ」尾張が難癖をつける。

「死んだらそれまで、セーブもコンティニューも無しの一発勝負。だからなるべく死ななように頑張ってね」

コンビニにお使いを頼むような気軽さで使者が宣うた。


「せっかく異世界に行くのにこれじゃ俺たちに何のメリットもないじゃないか。死に損だ。せっかくの異世界、色々なところに行きたいし、能力もらっても使わなきゃ意味ないだろ。もっと自由に遊ばせろよ」

「そうだそうだ」

「俺は魔法を好きなだけ使いたい!」

「彼女ほしいし」

「やりがい搾取絶対反対」

言いたい放題、口々にギャーギャー喚いて収集つかなくなり、さすがに使徒も放置できなくなった。


「わかったよ、君たちの願望はできる限り叶えるよ。現地サポーターも手配しよう」使者はシンボルらしき図柄が浮き彫りにされた手のひらサイズの石の円盤を尾張に差し出した。

「現地サポーターには、これと同じ物を持たせるからすぐわかるよ。ストレージも全員装備だ。もちろん時間経過のないやつだよ。キミ達の適性や希望に沿ったジョブとスキルもセットでつけよう。それに行ってすぐ封印解除は無理だから、実力がつくまで自由に向こうの世界を楽しんでくれたらいいよ。なんとかそれでお願いできないかな。頼むよこの通りだ」

使徒が土下座しやがった。


そこまで言うなら・・・その迫力に彼らは押され同意しかけたが、そこに港が割って入った。

「最優先で守る条件を追加してくれ。成功したら、元の世界に時間差なしで必ず帰還

させること」

「ああ、もちろんだとも。お安い御用だ。約束するよ。完遂したら秘密の特典も付けちゃおう。じゃあこれで契約は成立だね。早速送らせてもらうよ、マルディグラに」

「あ、待て、まだ聞きたいことが…」


「Gravitational Collapse」

修達の抗議を無視し、使者はそそくさと送喚魔法を発動した。

使者の言葉と共に部屋の調度品は消失し、天井一面に禍々しい赤色の複雑な文様が浮かび上がる。

文様の色が濃くなるにつれて目に見えない力が集まり凝縮されていく。

力の凝縮が臨界点を超えた。

力はその強力な反発力で一瞬膨れ上がったが、一転して自らの内に無限後退していく。

それを追うように文様は収縮を始めた。

加速度的に収縮し視認できなくなったが、収縮はなおも止みそうになかった。

「Open Worm Gate」

一点に凝縮された力は時空を突き抜け特異点を形成する。

全てを飲み込み時空の彼方に吐き出す扉の無い門が形成された。


「最後に、尾張君には特別なスキルを渡しておくよ。目的達成のためには必ず必要になるものさ。取説も付けておくから是非活用してほしい。それから、キミたちのやる気維持のために保険をかけさせてもらう。封印解除を拒否したら、即座に魔物化する種子を心臓に植えておくよ。くれぐれも言動には注意しようね」

低い声で脅しをかける。

「それでは気を付けて行ってらっしゃい。頑張ってねぇ~」

使者はひどく邪悪な笑みを浮かべて、修たち5人を時空の彼方に送り出した。


「さてと、ようやく行ったか。彼らが首尾よく事を成し遂げることができたとして、無事に元の世界に帰還できる保証は無いんだけどねぇ。帰れる場所が残っているといいねぇ。それじゃ後始末、後始末っと」

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