VS魔王戦(初戦)ー後段ー

「ぐむうぅ…」

打つ手をことごとく封じられギブアップ寸前まで追い込まれたゼパルース。  

しかし彼女を魔王たらしめているのは、一国の軍隊に匹敵する武力でも、この世界に並ぶもの無き膨大な魔力でもない。

目的達成までいかなる障害をも乗り越える、決して諦めない不撓不屈の意思だ。

声にならない叫びを上げ、怒りをヒートアップさせていく。

頂点に達した怒りが膨大な熱量を体内に発生させる。

揺らめく真紅のオーラを纏い、力づくで不動の戒めを解くべく全身に力を込めていく。

肉体がきしむ嫌な音が聞こえ、ゼパルースの体が小刻みに震え始めた。


「これでも押さえられないか。まあ想定内だけど」

しかしシュウは余裕の表情を崩さない。


ゼパルースの体がさらにパンプアップし、徐々に自由を取り戻していく。

やれる、とゼパルースが光明を見出す。

必死にもがいたゼパルースは、とうとう愛剣を持つ右手をの解放に成功した。

巨大に膨れ上がった闘気が目・耳・口の戒めを吹き飛ばす。遂に体の自由を取り戻したゼパルース。


「消し飛ばせバルムンク」

猛獣が笑えばきっとこのように見えるのだろう。

獰猛な笑みを浮かべ彼女が発動句を低く唱えると、手にした魔剣に膨れ上がった闘気が全て収束していった。


魔王の膨大な闘気を全て受けきることができる魔王の愛剣。

正に魔剣と呼ばれるにふさわしい唯一無二の性能だった。

膨大な闘気の乗った愛剣を全力で振り抜くだけで、飛ばされた闘気から生ずる衝撃波がその先にあったもの全てを粉砕する。

恐るべき脳筋剣法、それが魔王の決め技だった。


しかし、怒りに任せ自分を惨めに拘束する戒めから自由になることに集中するあまり、彼女はある事実に思い至らなかった。

魔王軍が開戦から終始後手に回り、相手の策に翻弄され続けている。

魔王とて例外ではない。

相手の裏をかいたつもりで無様な姿を晒している。

これほど用周到な相手が、なぜ自分が自由になるまで何も手出しをせずにいるのかということを。


失念していたことが今まさに現実となり彼女を襲う。

後僅かで闘気が収束し終わる、彼女の望みが最高潮に達したその時、パンパンと手をたたく音と共にシュウの決め台詞が響いた。


「エイコーさん、ユキさん、やっておしまいなさい!」


「こんなこともあろうかと」

エイコーが満を持して絶望のフレーズを唱える。

「ユキ、魔王中心で重力魔法セット。範囲3m。負荷50G」

「はい。照準ロック完了。発動します」


背筋を走る悪寒に間に合わないと判断した魔王ゼパルースは、卓越した戦闘センスで不完全状態の技を先手で放とうとしたが、惜しくも僅かに遅かった。


天から一筋の光が魔王を直射する。その瞬間、魔王ゼパルースは発動寸前の技のモーションのまま、地面にべったり張り付かされていた。

剣から生じるはずの衝撃波もかき消される。

もはや指一本動かせない。


「あっぶねー、ギリギリだっな。コレもまだまだだわ」

エイコーが胸をなでおろす。

「どうしてです?この魔法は最強じゃないですか?」

エイコーが一番と思っているユキが、納得のいかない顔をする。

「いやいや、射程距離は短いから相手に接近しなきゃならないし、座標指定間違えると誤爆してしまう。クールタイムは30分いるし燃費悪いしで使い勝手悪いんだよ」

噛んで含めるようなエイコーの説明にようやくユキは得心した。


決着を確信し、シュウは魔王ゼパルースにゆっくり近寄る。


「おのれお前ら卑怯な手を…」苦悶の声を絞り出し歯噛みするゼパルース。


「おーすげぇ、潰れてないぞ。魔王って意外と丈夫なんだな。でも女性が傷だらけははなあ。ケイ、頼むわ」

「はいよ。トーカ、応急セット」

「はい、マスター」


白衣の男が指示すると、そばに控えていたナース姿の少女がいそいそと支度をして後に付き従う。


「魔王様、ご無礼いたします。“最高度回復”」丁寧な言葉づかいで、重力フィールドの影響外から治癒魔法をかけると、魔王の体が淡く発光した。

光が消えた後には傷ひとつない魔、生まれたばかりの赤ん坊のような玉の肌の魔王が残されていた。


「俺たちの勝ちだな、魔王様。これにて依頼完了。残金はギルド振り込みでよろしく」


「覚えていろ、次こそ我らが…」

勝利宣言するシュウを睨みつけ魔王は怨嗟のこもった叫びを浴びせるが、事ここに至っては最早負け惜しみにしか聞こえなかった。


「お疲れさまでした。またのご依頼をお待ちしております。じゃーなー」

地面に張り付いている魔王に背を向け、城塞都市の方向に歩き出したシュウが、立ち止まり魔王へ振り返った。


「魔王軍の奴ら忘れていたわ。ごめんな。シン、メル、メガゴーキ散らしてくれ。それからエイコー、ユキ、奴ら穴から出してやって」


魔王軍親衛隊がようやく責め苦から解放され、それまで響いていた苦悶の声が聞こえなくなった。

地上に出ることができた魔王軍は、一人残らず装備はボロボロで体中噛み傷やひっかき傷だらけ。

もはや立つ力もなくその場にへたり込むばかりだった。


「魔王様のついでにこいつらも直してやってよ、ケイ、トーカ」

二人が”広域治癒”を発動させると、見る間に全員の傷は治っていく。

いかなる治癒魔法でも、ズタズタにされたプライドまでは治らなかったが・・・。


いいことすると気持ちがいいよな、と上機嫌で立ち去ろうとする黒魔団の背に切羽詰まった叫びが投げられた。

「待たんかお前ら。オレを解放しろ」

「すまないが魔王様、それは無理。重力魔法はちょっと特殊でさ、果時間15分で途中キャンセルできないんだわ。ごめんだけどうちょっと辛抱な」


「くたばれバカ野郎!お前ら覚えてろよ~!」

今度こそ振り返らず去り行く黒魔弾の背中にむなしく魔王の叫びが響くのみだった。


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