VS魔王軍(初戦)(その1)
西には太古より文明の侵入を許さぬ大樹が鬱蒼と繁茂する大森林。
北と南は地平線まで続くひざ丈の草で覆われた大平原。
東には、雄大な大自然のなか、かろうじてその存在がわかる城塞都市アルカンが見える。
そんな光景の中心におよそ100mの距離を置いて2つの集団が対峙していた。
片方は真紅で統一された装備に身を包んだ、身長180㎝を超える女戦士を中心に、後方横一線に体格も種族も様々な魔族より成る大隊規模の軍が控えている。
腰まである夕日のような暗赤色の髪がフレアのように体を取り巻き、右側頭部より湾曲した角が一本生えている。荒々しくも整った、名匠のノミで彫り出されたかのような美しさと威厳を兼ね備えた顔立ちに、強力な意志を放射する大きな赤目が輝く。
美の精霊もかくやのゴージャスなプロポーションの肉体は、その面立ちにふさわしい。
体の正面で肩まで届く魔剣バルムンクの切っ先を地面に置きあたりを睥睨する彼女こそ、今代の魔王ゼパルースその人だ。
見る者が皆恐怖する魔王軍に対峙するのは、集団というにはいささか見劣りがする、横一列に11人並んでいるパーティーだ。
間隔も適当、男女が交互に並んではいるが、雑談したり男にしなだれかかったり緊張感は微塵も感じられない。
左端から2番目にいる男が隣の小柄な魔女らしき女に「ミーナ頼む」と声をかけた。
「了解よぉ、シュウ」
緩い返事と共に、彼らの頭上に巨大な横断幕が支えもなしに出現した。
たなびくそれには“ようこそ魔王軍御一行様“と記されている。
横断幕の周囲にはポンポンと、のどかな音とともに破裂し七色の煙を吐き出す煙玉が歓迎ムードを盛り上げている。
さらに軽快なマーチが鳴り響いた。
気分は運動会だ。
「どおぉ?」
「さすがミーナ、いい感じだ」
和気あいあいとした雰囲気になりそうなところをぐっと踏みとどまり、魔王は大音声で吠えた。
「オレは魔王ゼパルース。後ろに控えるは魔王軍親衛隊110名。魔王軍最強のオレたちに挑む愚か者はお前らか?名乗りを上げよ!」
「問われて名乗るもおこがましいが、こちらも名乗りを上げるとしよう。行け、エイコー」
「悪即斬!我ら黒魔団」
灰色のローブにそぐわないニヤケ顔の男が魔王軍に半身の態勢で見栄を切る。
「ご主人様、剣をお持ちではないのにどう切るおつもりですか」
隣の黒髪を腰まで届くストレートのロングヘア―に純白のワンピースが清楚さを際立たせる女性が窘める。
「続いてシン」
「死して屍拾うもの無し。黒魔団見参!」
短髪で筋肉質、いかにも剣士然とした男が眼光鋭く仁王立ちで言い放つ。
「あたい痛いのは嫌だよ。こんなの放っておいて拠点でイイ事しようよ。シン~」
横のワーキャットの娘が体に絡みつくと、男のキリっとした表情が途端に溶け落ちた。
「お前ならやれるな、トシ」
「おはよう黒魔団の諸君。今回の君たちの使命は魔王を精鋭部隊ともども壊滅させることにある。例によって…」
どこからともなく響いてきたナレーションに被せて、髪が長めのバルカン星人がぴったりの風貌の男が口上を述べようとした時、派手な爆発音と共に沸き上がった黒煙に巻き込まれ激しくせき込んだ。
「だから言ったじゃない、ダーリン。この演出はやめておきなさいって」ブロンドのダイナマイトボディのお姉さんが慰める。
「お前だけが頼りだ、ケイ」
「元気が一番。元気があれば何でもできる。皆さんご唱和…」
一番体格の良い、なぜか白衣を着用している男が景気よく口上を叫んでいるところを、横のナース服の少女が危機感もあらわにして口を押さえる。
「マスターそれ以上はマズイです。上位神の制裁が発動します」
男は顔を手で覆い天を仰いでいたが、やがて気を取り直すと
「俺はシュウ。このパーティー”黒魔団”のリーダーをやっている。以上俺たち“黒魔団”5名および女子部6名、魔王様のご指名によりご相手仕る」
と体裁を繕った。
「なお初回特典として10倍の戦力ハンデをつけておいたが―言葉を切って魔王軍を見渡す―残念ながらそちらの戦力不足は否めない。命とプライドが惜しくば出し惜しみせず初手から全力でかかってこられることをお勧めする。では今後ともご贔屓に」
「いい加減にしなさい」
間髪入れず、隣の女が男の脇腹に肘を入れる。
面倒くさそうに締めの口上で煽った男は、先ほど魔女に指示を出していた奴だ。小柄でだらしない服装をしている。その表情は魔術師風のフードに隠れて見えないが、わずかに覗く口元は緩んでいる。
突っ込みを入れたのは、踊り子風のグリーンの薄絹にコインの飾りのついたトップスとピップヴェールをスレンダーな肢体に纏った、グリーンの髪と瞳が印象的な娘だ。
彼女のきれいに入ったツッコミが男を悶絶させ、怪しくなっていた場の緊張感を明後日の方向に吹き飛ばした。
茶番を見せられ続けた魔王は、全身をブルブルと慄かせこめかみに青スジを立てつつも我慢してきたが、とうとう怒りが彼女の鉄の自制心を粉砕した。
彼女は。魔剣バルムンクをその恐るべき膂力を発揮し片手で頭上に突き上げた。
「お前ら戦さ前の口上くらいまともにできんのか!この腐れ$#&¥*;@がぁ。もう我慢ならん。野郎ども、こいつらチリ一つ残さず滅ぼしてしまえ‼」
「ウォー!!!」
轟く鬨の声とともに戦は勝手に始まった。
魔王軍は一糸乱れず横一線で吶喊する。
地響きを立て押し寄せるその様は、見るもの全てを恐怖させずにはおかない迫力に満ちている。
何物も止めることのできない津波のごときすさまじい勢いで魔王の精鋭部隊が迫る。
スピードが最大限に乗り最早突撃しか選択肢のない地点まで引きつけると、ようやく黒魔団は動きを見せた。
「プランBでいくぞ、エイコー、ユキ」
「了解シュウ。ユキ、空間魔法セット。中心前方30m物質除去300m×20m×10m」
「はい。術式制御完了。発動します」
魔王軍が吶喊する足元の草原が、直方体の穴と化した。底には嫌がらせのスライムが敷かれている。
「スライムはオマケです」ユキがにこやかに補足する。
「次、シン、メル」
「はいはい、メル、メガゴーキ5千匹召喚」
「誘引フェロモン追加ね」
穴にはまって身動きができず、スライムで粘液まみれにされた上に装備を溶かされ、士気を削られた魔王軍に、さらなるダメージが襲い掛かる。
頭から誘引フェロモンを振り掛けられ、どこからともなく飛来した体長1mのメガゴーキ5千匹に一斉にたかられたのだ。
地獄の蓋が開いたような、阿鼻叫喚の光景が出現する。ピットの中の魔王軍の絶叫が、聞くもの全ての同情を誘う。
早くも追い込まれた魔王軍にあって、ただ1人冷静に事態に対処した者がいた。魔王ゼパルースだ。
部下に吶喊させ後ろで様子見をしていた彼女は、こんなことだろうと思ったわ、と一人ほくそ笑んだ。
彼女は部下がはまり込んだ陥穽を軽々と飛び越し、最大戦速で黒魔団に迫る。
おそろしく早い、敵はもう目前だ。
魔王が吠える。
「この距離なら大魔法はもう打てまい。もらった!」
(横なぎの魔剣バルムンクの発生する衝撃波で一蹴、勝った!)魔王ゼパルースが脳内勝利に酔ったその時
「残念でした。トシ、シナモン」
「はいよ、影縫い」上方に跳躍したトシの手から数十本の針が放たれた。
針は輪郭を縫い留めるようにゼパルースの影に打ち込まれ、ゼパルースはバルムンクを振り抜くモーションのまま動きをぴたりと止制止させられてしまう。
「貴様何しやがった」
ゼパルースが吠える。
その程度で止まる魔王ではない。
武力がダメならと魔眼を発動させる。
「おいたはダメよ、ま・お・う・さ・ま。大人しくなさい」
魔王の横にいつの間にか移動していたシナモンが指を鳴らす。
魔眼封じの目隠し、口にギャグボール、耳にヘッドフォンの3点セットがゼパルースに装着される。
ギャグボールからは麻痺薬、ヘッドフォンからは催眠暗示が流れる念の入れようだ。
「拘束三点セットよ。お似合いね魔王様」
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