ねえ、お話をして頂戴~俺たちマルディグラに召喚されてしまったぞ~

@nottakuro

プロローグ

それはどこともわからない時、いつとも知れない場所。

何も見通せない真っ暗な空間で淡い光が1か所照らしている。

微かな今にも消えそうな弱々しい小さな灯だ。


その灯は小さなテーブルを闇の中に浮かび上がらせている。

ベッドサイドに置かれるような小さな木の丸テーブル。

そのテーブルさえかろうじて一部分を照らしているに過ぎない。


テーブルの上にはガラスのデキャンタが一本、グラスが1客乗っている。

底部が丸く張り出し上に行くにつれて窄まりつつ、首部がすっと立ち上がり優美な曲線を描くそのデキャンタには赤い液体が入っている。


グラスはフットから短いステムが手のひら程度の大きさの丸いボウルに続き、リムに向けてやや窄まっている赤ワイン用のグラスだ。


突然闇の中に気配が凝った。

デキャンタが持ち上げられ中身がグラスに注がれる。

注がれた液体は光を通すことのない朱殷色をしている。


グラスは軽く持ち上げられ水平に近い角度で制止すると膨らみの下から温められた。

次にまっすぐに戻され幾度かステムを中心に回され斜めに制止する。

10秒ほど経ったあとさらに持ち上げられ、ゆっくりと干されていった。


空になったグラスがテーブルに戻されると、気配が後ろに少し引いた。

そしておもむろに声が発せられた。

低く柔らかく艶をたっぷりと含んだ声色で。


「ねえ、あなた。お話をして頂戴」


テーブルを挟んだ向かい側から返事が返る。


「・・・ああ君か。いいとも、何がいい?」


声の主は意識を手繰り寄せ、ようやく相手を認識したようだ。

まだ若いようで、それでいて年老いた者のように後悔と諦念を滲ませる声だった。


「そうね。・・・マルディグラのお話がいいわ」

僅かに喜色の乗った声でリクエストする。


「・・・やれやれ、よく飽きないものだ。まあいいさ」

諦念をため息とともに吐き出すと男は曖昧な記憶の底まで潜り攫ってきた断片を言葉に乗せた。


「あれは俺が初めてマルディグラに行った時のことだ。梅雨が明けたばかりだというのに、体中から水が絞り出されるような、真夏を思わせる酷く暑い日のことだった・・・」

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