第10話 麗人(1)
「これはこれは、第二師団ご一行じゃないか。こんな奥宮まで何か用かい?」
両手を大きく広げたゼファードが、陽気な調子で先んじて声をかけた。
数人が
肩に蜜色の金髪を流した青年。
後頭部で軽く一房束ねているらしく、量の多そうな髪が鬱陶しくは見えない。瞳は冷たい青。顎が細く、精巧な彫り物のように整った顔立ちをしていた。
青灰色の服に包んだ身体はほっそりとしており、決して背が低いわけではないのに華奢な印象すらある。しかしその表情にも、隙の無い出で立ちにも、一片の甘さもない。
それが、常人離れしたうつくしさとあいまって、ひどくさめた空気となって彼を取り巻いていた。
青年は無言のまま、身体をそっと傾け、ゼファードの肩越しに後ろをうかがうようにした。
一瞬、セリスと目が合った。
すぐにゼファードが動いて、セリスから青年は見えなくなった。
「我が妹姫に何か用かい? アーネスト師団長」
「王子のせいで見えん」
アーネストと呼ばれた青年は、ぼそりと言った。セリスはかすかに首を傾げた。何かいま、言葉の響きに違和感があったな、と。抑揚が、自分の知っているものとは違う。
セリスが不思議がっているのに気づいたのか、横に立ったラムウィンドスが説明らしきものをしてくれた。
「アーネストは、この若さで第二師団、つまり軍の責任者のひとりだ。俺の部下にあたる。剣の腕は随一だ。地方の出身で、言葉には少し
「訛り……?」
わかったような、わからなかったような。
一方のゼファードは、アーネストのぼやきを軽やかに笑い飛ばしていた。
「あっはっは、そりゃ、姫はお披露目もまだだからね。君たちにタダでは見せられないよ!」
「タダやないっちゅうことは……」
「うん。アーネスト、下手の考え休むに似たり、だ。考えても時間の無駄だよ。要するに見せたくないんだ、当然だろう」
ラムウィンドスが、組んでいた腕をとき、ため息をつきながら会話に割って入った。
「殿下、アーネストをからかうのはやめてもらおう。迷惑だ」
「ラムウィンドス、お前は私に本当に冷たい」
「優しくされたいのか」
「もちろん」
ゼファードの声が、妙にはずんでいる。
それに対して、ラムウィンドスの返答は、これまでにないくらいそっけなかった。
「嫌だ」
そのまま、何やら真剣な顔をして待機しているアーネストに向き直った。
「お前、貧乏くじでもひいたのか」
「貧乏って名前やなかったけど、クジはひいた。負けた。姫さまを見てくることになった」
すかさず、ゼファードが「それはね」と口を挟む。
「私が思うに、おそらくアーネストがひくとどんなクジもそういう名前になるんだよ。大当たり以外出したことないだろう?」
アーネストは、ゼファードに対してやけにきっぱりとした調子で答えた。
「いや、俺はハズレしか引いたことがない」
とても嫌そうに顔をしかめたラムウィンドスが、ゼファードに向かって「殿下」と呼びかけた。
「アーネストを困らせるような、もってまわった話し方はやめろ。それと、俺がこう言ったからって『ラムウィンドスは優しくない』とか『私のことを愛してない』とか言うのはやめるように。毎日『そうだその通りだ俺は殿下への愛などないしこの態度を和らげるつもりは一切ない』と言い続けている身にもなれ。面倒くさくて仕方ない」
「ラ」
「黙れ」
聞いている方がハラハラしてしまう会話が続いており、セリスは無意識に腹をさすっていた。
こういうときに腹部が痛むのを『胃が痛い』と表現するというのは知っていたが、まさか本当に痛くなるものとは知らなかった。
(ゼファード兄様が、叱られているのでしょうか。ラムウィンドスは、とても偉い方なの?)
そして、アーネストは明らかに王子であるゼファードよりも、上官にあたるというラムウィンドスの態度に同調しているように見える。
王族とは? 彼らとの関係性とは? と、セリスは青年たちを見比べながら頭を悩ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます