第9話 兄妹(後編)
「セリス、それは思い込みというものだ。私にも父上にも失礼だよ」
「……申し訳ありません」
「本当に、申し訳ないと思っているのかい? 私がなぜ怒っているのか、本当にわかっているかい?」
問い詰める声の調子は厳しく、セリスは力なく首を振るのが精一杯だった。
ゼファードはすっと目を細めた。そうしていると、親しみやすい人だと思ったのが不思議なほど酷薄な印象になった。
「よくわからないなら、簡単に謝るべきではない。王宮には、これまで姫が会ったことがないような心根の腐ったような奴や、己の利しか考えない腹黒い奴がいっぱいいるんだ。そういった連中に、隙を見せることになる。それが、姫の命取りとなるんだ。いいね、まずそのことを頭に叩き込んでおきなさい。……返事はできる?」
「はい」
勢いに押されて頷いた後に、ゼファードの言ったことが少しずつしみこんできた。
ゼファードはそこでようやく表情をゆるめた。氷が陽射しに溶けるように、その顔にあたたかいものが広がっていく。
「よし、素直であるというのはいいことだ。だけど、くれぐれも気をつけて。私に、約束をしておくれ。自分のことを迷惑だとか、私や父上がそのように思っているとかいうようなことは、二度と言わないと。誰がなんと言おうと、私は君を愛している。この愛を疑うような言葉、そのかわいらしい唇からは聞きたくないよ」
ゼファードは手を伸ばしてセリスの顎をとらえて上向かせる。そして、親指でセリスの唇をそっとなぞった。
背筋に、得も言われぬ悪寒が走った。
笑っていてくれれば良いのに、ゼファードの表情はまた真剣なものに取って代わられていて、気持ちが落ち着かなくなる。
「あの、兄様……」
「バカ王子。いい加減にするように」
返答にまどうセリスと、真剣なゼファードの視線の交じるところに、大きな障害物が現れた。
「人目があるところでおかしなことをするな。また親バカ王子派の連中に、ぜひとも『幸福の姫君』を王妃にとか言われるぞ」
「ラムウィンドス。妬いているね?」
「疲れているだけだ。早く帰って寝たい」
「帰っちゃだめだろ」
「なら、早く行くぞ」
ラムウィンドスの態度や話し方は、これまでセリスが会ったことのある誰よりもそっけなかった。
何より、誰よりも偉そうだった。
飾り気が無いだけに、その不遜さは圧倒的だった。
セリスは言葉もなく目の前の背中を見つめてしまう。
簡素な
いっそ清々しいほどの一貫性がある。
だからといってそれが好感につながることがないのは、ひとえに怖いことには変わりないからだ。
(わたしに「笑え」と言うけれど、ラムウィンドスは笑うことがあるのかしら)
戸惑うセリスの前で、男二人はまだ何か言い争っている。
主にゼファードが絡み、ラムウィンドスが鬱陶しそうに跳ねのけているだけであったが。
止めるべきなのか、見守るべきなのかわからず口を出しかねていると、マイヤが後ろからドレスの袖を引っ張った。
「姫さま、誰か来ます」
ゼファードとラムウィンドスは同時に口をつぐんだ。そして、回廊の向こうを見やる。
揃いの服に身を包み、腰に剣を佩いだ数人の青年たちが、角を曲がってきたところであった。
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