第11話 麗人(2)

「困りましたね、姫様」


 マイヤに小声で呼びかけられる。

 その心細そうな態度に、セリスははっと我に返った。


(わたしが不安そうな顔をしていれば、マイヤも困るわね。ここは堂々としていなければ)


 慣れぬ環境に彼女を連れてきたのは自分なのだ、とセリスは責任を感じながらマイヤに声をかける。


「マイヤ、大丈夫よ。困ることは何もないわ」

「困りますよ! どこを見ても素敵な方ばかりで、私たち、いったいどなたを応援すれば良いのでしょう……」

「……応援?」


 セリスは、マイヤの視線を追って男性陣へと目を向ける。

 そこには、ラムウィンドスに冷たくあしらわれたのがこたえたらしく、肩を落としてほんのりうなだれたゼファードがいた。


(わたしが応援するとすれば、たぶんお兄様よね?)


 心で思うだけではなく「お兄様、しっかり」と気持ちを込めて口にしてみる。

 一方、ゼファードを黙らせたラムウィンドスは、再びアーネストに向き直って、乾いた声で話しかけていた。


「難儀なことだな。まがりなりにも師団長のお前が来るということは、第一師団、第三師団あたりも絡んでるのか」

「一から七まで、全部かんどるわ。下のもんまで巻き込むと話が大きくなるゆうて、団長七人でくじを引いて、オレが」


 聞くとはなしに聞いていたセリスは、そこで納得した。


(話し言葉が、ちょっと変わってる。これが「訛り」なのかしら)


 意味が通じなかったり、聞き取れないわけではないが、アクセントも違うので、不思議な印象がある。それは、アーネストの完璧すぎる外見、取り澄ました雰囲気を、少しだけ和らげていているようで好ましく感じた。


「話にならないな。こんなガキを見るために、よりにもよって師団長たちが揃って遊んでるなんて、示しがつかないだろう」

「ガキ…」


 セリスが呟くと、何やら口を開きかけたラムウィンドスが、一瞬だけ視線を流してきた。

 目が合うと、風を切る勢いで顔を背けられ、そのままアーネストに向き直っていた。


「反省文提出させるぞ」

「それは……カンニン……」


 傍で見ていて気の毒なほど、アーネストはうなだれた。搾り出すような声が痛々しい。


「では、王宮の外周を五十周でどうだ」


 あまり譲歩したようには思えない提案を、ラムウィンドスは実にそっけなく言った。

 途端、アーネストは顔を上げた。瞳には先ほどまでなかった輝きがあった。


「そっちのが、なんぼかマシやわ」


 もともとが凄絶さすら感じさせる美貌なだけに、笑顔の破壊力は凄まじかった。


「麗しい……」

「まぶしい……」


 マイヤにつられて、セリスもつい呟いてしまった。

 さしものラムウィンドスも、つられたように目元をやわらげていた。しかしそれもほんのわずかの間のこと。


「よし、じゃあ戻って伝えておけ。お前のとこの第二師団が最初だ。そのあと第一師団から順に走れ。持ち場を離れるときは師団の間の話し合いで兵を都合するように。以上」

「はいっ」


 説教の終わりを感じたのか、アーネストは実に快活な返事をした。

 一礼して、踵を返す。

 思い出したように振り返った。

 見送っていたセリスと、ばっちり目が合った。

 正面からまっすぐに見つめられると、やはり息を呑むほどにうつくしかった。


 立ち尽くしたセリスを見ると、アーネストは、その冷たい美貌に、はにかみ笑いのようなものを浮かべて、小さく会釈した。

 セリスがそれに何かを返す間もなく、再び踵を返す。


 長い髪がふわりと風に流れた。後に続いた者たちに紛れて、その姿はすぐに見えなくなり、やがて回廊を曲がっていくのが見えた。

 同じく見送っていたゼファードが、冴えない調子でぼやいた。


「私には、外周五十周よりも、反省文の方がよほど良いように思えるんだけどねぇ。さすが我が軍は鍛え方が違うと見える」

「なんだそれは。俺に対する嫌味か」

「別に。身体は鍛えていても、頭を鍛えることがないらしい、とは言ってないよ」


 ゼファードは、袖で口元を隠す。その目元は常に無く剣呑だった。

 受けたラムウィンドスもまた、わずかに顔を強張らせている。不機嫌そのものの表情だった。元々の顔の作りが研ぎ澄まされて厳しいだけに、いよいよ迫力がある。

 二人の間には、瞬く間に一触即発の張り詰めた空気が漂った。

 どちらかが口を開けば、何かが起きてしまいそうだった。何か、とても悪いこと。


「あの!」


 咄嗟にセリスは声を張り上げた。

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