第7話
一体どうしたのだろう?
変な薬でもキメたの?
スミレに限ってそんな事無いと思うんだけど。
まだ考えが纏まらないうちにスミレの剣が迫って来た。
重く鋭い攻撃を刀で弾いてから後ろに回り込んで後頭部を手で触れる。
気力を流し込んで確認したけど洗脳や薬の類いは感じられない。
つまり全くもって信じられないけど、スミレは正気だって事だ。
そう驚く間もなくスミレは振り向き様に剣を振るう。
僕は後ろに跳んで距離を取ってからもう一度スミレの顔を見た。
やっぱり目は完全に逝っちゃってるよ。
「スミレ。
ちょっと落ち着いて話をしよう」
とりあえず正気だと言うなら話せばわかるはずだ。
「話をしても抱いてくれないからダメよ♡」
一切隙の無い動きで一瞬にして距離を詰められる。
振り抜かれた剣をスミレを飛び越えるようにヒラリと躱して背中にタッチして霊力を流し込んで吹っ飛ばす。
普通に話してもダメ。
どうせ言霊も効果が薄い。
となると直接叩き込んで落ち着かせるしか無い。
少し先で着地したスミレはすぐにこっちを向いた。
「ねえヒカゲ。
私は正気よ。
だからそんな事しても無駄」
これでダメなら確かにお手上げだ。
そうなるとスミレは本気で僕を殺しに来てる。
さっきからちゃんと殺気も篭ってるしな〜
「つまりスミレは僕を殺したいって事?」
「違うわ。
私はヒカゲに抱いて欲しいの」
「それは無理だよ」
「わかってるわ。
それは私があなたの身内だから。
でも敵になったら犯してくれるでしょ?」
「それも無理だから殺すって事?」
「うん♡」
うわ〜
凄くいい笑顔だ〜
「なるほどなるほど。
言い分はわかったよ。
理解は出来ないけど」
「理解しなくていいから私を犯してね♡」
スミレの上と両サイドの何も無い所から渦巻き状の風が出てきて、その3本がツイストしながら襲いかかって来た。
上空に飛んで躱したけど、僕のいた地面が抉られていた。
なんだあの力は?
僕の知らない力だ。
あんなのまともに受けたら一巻の終わりだ。
今度はギザギザの円盤状の水の塊が回転しながら乱雑に何も無い所から突然発生して飛んで来る。
それを全て躱し切ったけど、後ろで合体して大きな円盤になって落ちて来るから真っ二つにした。
だけどその二つに分かれた塊がまた円盤状に変わって迫って来る。
鬱陶しいからその二つを両手で掴んで蒸発させた。
すると雲一つない晴天の空から雷が落ちて直撃した。
そのまま僕は地面に叩きつけられる。
「痛たたたた〜
流石に今のはちょっと効いたよ」
ギリギリで魔力の壁を作って直撃は免れたけど、勢いまでは殺せなかった。
突然地面が割れて僕は下に落ちる。
両サイドの壁から岩の棘が生えて来て串刺しにされそうになるのをすり抜けるように飛んで裂け目から飛び出した所にスミレの剣が襲って来た。
「これ、全部スミレがやったの?」
僕はスミレの剣を掴んでから尋ねる。
「ええ、そうよ」
「これが精霊術?」
「やっぱり全てお見通しね」
「ここまで凄い物だとは思わなかったよ。
それだけ君は本気で殺す気なんだね」
「敵だと認めてくれた?」
「う〜ん……
それは無いかな」
スミレのもう片手に握られた剣を後ろに跳んで距離を取る。
「まさかこの期に及んで私が本気じゃないと思ってるの?」
「いや、スミレの本気は痛い程伝わってるよ。
悲しい事だけどそこは受け入れるよ」
「ならどうして?」
「そもそも僕の身内は僕が決める物だからね。
相手がどう思ってるかなんてどうでもいいんだ。
例えスミレが僕の事を殺したいぐらい憎んでいたってスミレが僕の大切な身内である事には変わり無いよ」
「そうなのね。
ならやっぱり殺すしか無いわね♡」
スミレの周りから無数の火の玉が現れて飛んでくる。
それを両手で弾き飛ばしていく。
飛ばされた火の玉が周りの木々に当たって燃え広がっていった。
「まあ、僕は悪党だからね。
最後は悲惨な物になるって決まってるんだ。
身内に刺されて終わりを迎えるって言うのは、その中ではいい方だと思うよ。
特にスミレは僕の美学をわかってくれた初めての身内だ。
そんな特別な身内に幕引きして貰えるのなら贅沢な事だよ。
でもさ――」
僕は一瞬で距離を詰めてお互いの息が当たるのが分かるぐらいまで顔を近づける。
「本当にそれでいい?
スミレは僕を殺したら幸せになれる?
なれるのなら僕は喜んで君に殺されるよ」
「あなたが誰かの物になるぐらいなら私の手で殺して永遠に私の物にしちゃう♡」
「そう言うヤンデレのフリはいいから」
「っ!?」
スミレの瞳が一瞬にして元に戻った。
戻ったと言うよりは演じきれなくなったって方が正しいか。
「そんな演技したって僕は君を犯したりなんかしない。
ましてや殺したりなんかしないよ」
「……気付いてたの?」
「だって君が言ったんだよ。
私は正気だって。
なら演技だって分かるよ。
だって僕は君を事をずっと見て来だんだから」
スミレの両目から涙が溢れた。
それを見られたく無いのかすぐに俯いて隠してしまった。
「ごめんなさい」
「何も謝る事は無いよ。
僕はスミレには怒って無いから。
僕が怒っているのは君をここまで追い詰めた奴だ。
誰だ?
誰が君を追い詰めた?
誰が君を泣かせた?
言ってごらん。
僕がそいつを消し去ってやるから」
「待って!
あなたに迷惑をかけてしまったのはわかってる」
「僕は迷惑だなんて思って無いよ。
だから遠慮無く言ってごらん」
僕は出来るだけ優しく声をかける。
だけどスミレは縋るような目で僕を見て来た。
「お願い。
今あなたに頼ってしまうと一生あなたに追いつけない気がするの。
だから自分で解決するから。
全て終わったらきちんと話すから。
私を信じて待ってて」
「いいよ」
スミレは僕の答えに嬉しそうに微笑んでから空へと消えた。
本当は僕の怒りは収まって無いんだけどね。
でもあんな目でお願いされたら断れないじゃないか。
まあ何かあったらスミレになんて言われても僕は行くだけだ。
とりあえず今は怒りの鎮火の代わりにこの森の火事を鎮火しとくか。
次の日の朝。
この世界からスミレの気配が忽然と消えた。
僕が動く理由にはそれだけで充分だった。
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