第11話
洞窟の入り口付近で隠れていたヨーゼフは丸くなって震えていた。
寒さからでは無い。
恐怖からである。
今にも夢に出て来る大きなハサミ。
それが幼い彼女にとって怖くて怖くて仕方がなかった。
それを訴えても群の誰も聞いてはくれない。
そんな群の人達も怖くて仕方なかった。
故に逃げ出した。
ヨーゼフはどちらかと言うと魔術が得意なタイプだった。
だから普通なら逃げ切れるはずが無かった。
そんな彼女の唯一味方となったのがチェスターだった。
更に彼女は運が良かった。
逃げ出してすぐに出会ったのがツバキだったのだ。
彼女は一番得意としている術でツバキを味方に引き入れた。
ただ想定外だったのは目的地がチェスターと同じくホロン王国の王都だった事だ。
「怖いよおじさん。
早く戻って来てよ」
常に強い者の近くに身を潜めて虚勢を張っていた彼女のメッキはすっかり剥がれていた。
それでもチェスターのもう少しの辛抱だと言う言葉だけを信じて耐えていた。
「チェスター殿は戻って来ない」
そんなヨーゼフに絶対的な言葉が聞こえて来た。
「出て来なさいヨーゼフ。
もう追いかけっこはお終いだ」
洞窟の外には8本尻尾の男がいた。
ローツの言っていたブラウである。
更にはその部下達が洞窟を包囲していた。
「ヨーゼフ。
群の掟は絶対だ。
いくら逃げたって意味が無い」
ヨーゼフは怖くて動けなくなっていた。
そんな彼女の事を知ってか知らずかブラウは洞窟を覗き込んだ。
ブラウと目が合ってヨーゼフの恐怖は更に跳ね上がる。
その恐怖で動けないヨーゼフの腕を掴んでブラウは無理矢理洞窟から引き摺り出した。
「い、嫌だ!
嫌だ!
放してよ!
尻尾切りたく無いよ!」
「そんな我儘は許されない」
「嫌だよ!
痛いのヤダ!
怖いよ!
誰か助けて!」
ヨーゼフは助けを求めて周りを見る。
しかし彼女の術を警戒して誰も目すら合わせてくれない。
ブラウは無慈悲に抵抗するヨーゼフを引っ張る。
ふと、その手からヨーゼフの感覚が無くなった。
驚き振り向いたら、やはりヨーゼフはいなかった。
「子供を無理矢理連れて行こうだなんて感心しないね」
ブラウとその部下達は声のする方を見た。
そこには泣きじゃくるヨーゼフ。
それとその盾になるように立ちはだかるツバキがいた。
「勇者ツバキ。
これは我々の問題だ。
大人しくその子を渡してくれないか。
無駄な争いはしたくない」
「無駄な争い?
こんな泣いてる小さな女の子を守るのが無駄なものか」
「本当に厄介な人間だ」
ブラウは大きなため息を吐く。
それからツバキを見て続けた。
「勇者ツバキ。
ヨーゼフはただあなたを術で利用してるだけだ」
その言葉にヨーゼフはビクッと震えた。
「彼女はそう言う術が得意なんだ。
はなからあなたは騙されている。
その守ろうとする意思も彼女によって植え付けられているだけだ。
初めに会った時に目を見たのではないか?」
「人と話す時に目を見るのは当然さ」
「その時に術をかけられたのだよ」
ブラウは大きな柏手を打つ。
その音に乗せられた魔力の波が術からツバキを解き放つ。
その事がわかったヨーゼフは心配そうにツバキの背中を見上げる。
彼女は悟った。
もう自分を守ってくれる物は何も無いと。
「これでわかって頂けたかな。
我々の邪魔などせず帰って頂きたい」
「断る」
ツバキは間髪入れずに答えた。
その答えにブラウは驚きを隠せない。
「何故だ?
術は解いた。
もうその子を守る理由は無いはずだ」
「守る理由。
それはずっと変わらない。
この子が助けを求めているからだ」
「お前は騙されていたのだぞ」
「騙された?
それはいつだい?
ヨーゼフは初めて会った時から私に助けを求めていた。
それは今も何も変わらない。
そして私は助けを求める者に手を差し伸べる勇者だ」
「その子は我々の掟に逆らってただ我儘を言っているだけだ」
「大の大人が寄ってたかって小さな女の子を泣かせていい理由なんてあるはずが無い」
ツバキは剣を抜いて構えた。
その気迫がその場の者達を圧倒する。
「どうしてもと言うならかかって来るといい。
ただ覚悟するんだね。
私の剣は助けを求める者の為になら一切容赦はしない」
ブラウの部下達が部下達は寸分の狂いもなくツバキに飛びかかる。
ツバキの閃光が走って一瞬で数人を切り捨てた。
残った部下達は爪で防ぐも、もれなく弾き飛ばされる。
そこにブラウの投げた一本の投げナイフが迫る。
それもツバキは剣で弾き飛ばした。
「近づく必要は無い」
ブラウの指示で部下達は一斉に投げナイフを取り出して投げた。
閃光が幾度となく煌めき弾き落としていく。
終わらないナイフ攻撃が続く。
その均衡は呆気なく崩れる事となる。
ツバキを囲んでナイフを投げ続ける部下達の後ろ三方向からヒナタ達が切り込んだのだ。
「ヨーゼフちゃんを虐めるな!」
「師匠。
無事ですか?」
「ツバキさん。
周りは私達に任せてください」
予想だにしなかった3人の攻撃にブラウの部下達は状況を把握出来ない。
状況を立て直す暇も無いほど3人は圧倒的なスピードで制圧していく。
「持つべきは素晴らしい愛弟子だね」
ナイフ攻撃が止んだと同時にツバキはブラウとの距離を詰める。
ブラウは爪立てた腕を振りかぶる。
「遅いよ」
その腕は振り下ろされる前に根元から閃光で切り離された。
そして次の閃光がブラウの上半身と下半身の間を走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます