第10話

人間と獣人には絶対的な身体能力の差がある。

これは身体の造りが違うので埋まらない差だ。


しかしながら人間にも獣人にも個人差がある。


チェスターは生まれ持った身体能力こそ悪く無いものの、老化による衰えに長旅による過労。

更には持病によって著しく低下していた。


それでも人間相手なら逃げ切れる。

そう踏んでいた。

しかし相手が悪かった。


対するヒナタ達はこの世界の人間の中ではトップクラスの身体能力を持っている。

その差は少しずつだが確実に縮んで行っていた。


「待てー!!

ヨーゼフちゃんを返せー!!」


ヒナタの声が王都の町に響く。

そんな事など気にするわけも無くチェスターは駆け抜けていた。


シンシアとアイビーがアイコンタクトをしてから両サイドに別れる。

三方向から挟み討ちにする作戦だ。


ジワジワと三方向からチェスターに迫っていく。

それをチェスターはわかっていた。

だが今の状態では打開策は無い。

負担のかかっている心臓の痛みも増して来ている。


チェスターは偽装の為に隠している8本の尻尾と獣耳を出した。

その為に使われていた魔力を全て使ってさっきまでとは比べ物にならないほど全速力で馳せる。

そのままヒナタ達を振り切って王都の外に飛び出した。



王都の外の森林まで逃げ切ったチェスターは痛みの増した心臓を押さえて蹲った。

急いで薬を飲む混んで痛みを抑えみ、肩で息をしながら耐えてながら立ち上がった。


その足で森林の奥にある洞窟の中にヨーゼフを寝かせた。


「おじさん?」


チェスターがそのまま離れようとした時、ヨーゼフが目を覚ました。

その声には攫われた恐怖は無くむしろ安心感を感じられた。


「おじさん何処に行くの?」

「すまない。

君がこの町に居るとは思わなかったんだ。

少しだけここで隠れていてくれ」

「少しってどれぐらい?」

「あと少しだ。

あと少しで全て終わる。

そうすればまた友達と遊べる」

「友達なんていないよ。

みんな私の術に掛かってるだけだよ」

「いつか出来るさ」

「無理だよ。

だって私はずっと追われてるもん」

「もうすぐ追手に怯えなくてもいい日が来る。

それまでの我慢だ」

「本当に?

本当にもうすぐ終わるの?」

「ああ、終わる」

「尻尾切らなくていいの?」

「それだけじゃない。

群など気にせず好きに生きていい」

「ならおじさんもそれまで一緒に隠れていようよ」

「おじさんにはやる事が残っているんだ」


チェスターはヨーゼフに痛みを微塵も見せない笑顔を見せて、次にヨーゼフが何かを言う前に洞窟を飛び出した。



チェスターはとにかく洞窟から離れようと森林を駆け抜けた。

しばらく走ったのちチェスターは周りから感じる殺気で立ち止まった。


「流石ですねチェスター殿」

「やはりお前が追ってきたのだな。

ローツ」


音も無く8本尻尾の男がチェスターの前に降り立った。

周りにはローツの部下の獣人達が取り囲んでいた。


「あなたの元部下として、一番弟子として裏切り者の始末に参りました」

「俺に勝てると思っているのか?」

「時の流れとは悲しいものです。

全盛期のチェスター殿であれば不可能でしょう。

ですが今のあなたは老化と病魔に侵された残りカス」

「相手を見くびってはいけないと教えたはずだぞ」

「見くびってなどいませんよ。

だからこれだけの部下を連れて来たのです」


全方位からチェスターへ殺気が浴びせられる。

それだけで殺せてしまいそうな鋭さがあった。


「チェスター殿。

なぜ群を裏切り秘宝を盗み出したのですか?

暗部の隊長として群に尽くして来たあなたが?」

「なに。

魔が差しただけだよ」

「嘘ですね。

こっちはわかって聞いているのですよ」


チェスターの眉がピクリと動く。

それをローツは見逃さない。


「9本目の尻尾が生えたら切り落とす。

それが群の掟。

同情はしますよ。

幼い自分の娘に9本目の尻尾が生え、切り落とす直前に脱走。

その末に行方不明に。

多分死んでいるでしょうね。

それをきっかけに妻は精神を病んだ末に事故死。

それでも尚、群の為に汚れ仕事をこなし続けたと言うのに何故今更。

ヨーゼフの境遇に自分の娘に重ねましたか?」

「ヨーゼフ?

なんの事だ?」

「ヨーゼフの両親も切り落とす事に賛成しています。

あの時のあなた達と同じで。

だけどヨーゼフは逃げ出した。

あなたの娘と違って身体能力はそこまで高くない。

すぐに捕まえられるはずだった。

あなたがあんなに派手に秘宝を盗み出さなければ」


チェスターはダンマリを決め込む。

その様子を見たローツは哀しげに首を横に振った。


「今更罪滅ぼしですか?

そんな事しても妻も娘も生き返りはしませんよ。

ヨーゼフだって結局1人では生きて行けずに死ぬだけです。

尻尾を切り落とすだけで群で安全に生きれる。

それの何が不服なのですか?」

「さあな。

俺には何も分からんよ」

「大人しく秘宝を返してくれませんか?

そうすれば命までは取りません。

もちろん群には戻れませんが、残りの余生を静かに暮らせます。

これがあなたに出来る俺からの譲歩です」

「断る。

これは必要な物なのでな」

「そうですか……」


ローツは残念そうな表情を見せる。

彼はチェスターの事を上司として、師匠として尊敬していた。

だから出来る事なら見逃したかった。

だが、彼の立場がそれを許してはくれない。


「なら仕方ありません」

「簡単には死なんぞ」

「強がっても無駄ですよ。

ヨーゼフの所にはブラウが向かっています」

「なに!?」

「あなたを追って王都に入った時に鉢合わせにならないように逃したつもりでしょうが、俺達の目は欺けませんよ」


チェスターの表情に焦りが浮かぶ。

その焦りが負担となって心臓の痛みが増してチェスターは苦しみだした。

それを見てローツは心底落胆する。


「やはりあなたは全盛期の見る影も無い。

これしきの事で表情を変えるような人では無かった。

本当に悲しいです。

せめて病で無く、この俺の手で終わらせてあげますよ」


チェスターを囲むローツの部下達は寸分の狂いもなくチェスターに飛びかかった。

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