第7話
学会の発表が始まった。
初めの学者は魔導具についての研究発表だった。
会場にいる全員が真剣に聞いており、発表が終わると質問が飛び交った。
そうやって次々と発表が進んで行く。
そして四人目の男が前に出て、発表が始まった。
「ではこれから私が発表させて貰うのは、『世界情勢と国内情勢の変化について』です」
男の発表は恙無く進む。
そして最後の締めまで進んだ。
「以上で私の発表を終わりたいと思いますが、せっかくの機会ですので失礼を承知でアポロ王子の御感想を頂けないでしょうか?」
「そうだな……
まず君が強い愛国心を持っている事は伝わった」
男に指定されてアポロ王子はそう前置きしてから続けた。
「全体的に見ると正鵠を得ている。
それだけ君が優秀だと言う事が分かる。
だが、暴論が目立つ。
端々に他国を軽侮している事が透けて見えている。
もっと視野を広く持った方がいい」
「失礼なお願いに答えて頂きありがとうございます」
男は深く頭を下げた。
「いや、気にするな。
君の様な優秀な人間が国の行く末を案じてくれている事は嬉しい事だ。
これからも国の為に力を貸して欲しい」
「はい。
ホロン王国の為に持てる力を注ぐ所存です。
しかしあなたは要らない」
男が低い声で言うと同時に全ての扉が開かれて、武装したイベントスタッフ達が雪崩れ込んで来た。
そして会場は一瞬にして制圧されてしまった。
「少しでも抵抗した者は容赦なく切る。
1人でも抵抗したら連帯責任で我々1人につき1人切り殺す。
無駄口もたたくなよ」
男は全員にそう告げると、イベントスタッフ達は順番に全員の手を後ろで縛っていった。
全員を縛り終えると男はまた話し出す。
「残念だよアポロ王子。
貴方なら我々の考えに賛同してくれると思ったんだが」
「こんな事をして何が目的だ?」
剣をすぐそこに突きつけられながら毅然とした態度でアポロ王子は問う。
その問いに男は素直に答えた。
「取引だよ。
アポロ王子、あなたと取引だ」
「俺と取引だと?」
「そうだ。
ここにいる全員が取引材料であり人質だ」
「言ってみろ」
「まずは我らが同志、ドーントレスのメンバーの釈放だ」
「なるほどな。
お前達はドーントレスの残党か。
どおりで発表内容が偏っているわけだ」
首領の黄竜が消えてからもドーントレスは密かに活動していた。
もちろんそれを放置する王国では無い。
構成員は次々と捉えられ、今も牢屋に入れられている。
「そしてもう一つは我々ドーントレスに王国騎士団の全権譲渡だ」
「そんな物を得てどうする気だ?」
「もちろん他国へ攻め込む。
そして全世界をホロン王国の配下とする。
そうすれば真の平和が訪れるはずだ」
「そんな馬鹿げた事が本当に実現するとでも?」
「もちろんだ。
ホロン王国民が世界で一番優れているのだから」
「わかった。
とりあえず要望を王国側に伝える。
紙とペンを寄越せ」
アポロ王子の前に紙とペンが置かれた。
そして1人だけ拘束を外される。
「余計な事をするなよ」
見張りに睨まれながらアポロ王子は紙に書き終えると折りたたんだ。
それを取ろうとしたイベントスタッフの手から遠ざけて躱わす。
「おい。
余計な事をするな」
「これは人質の1人に持って行かす」
「主導権はこちらにあるんだぞ」
「いいのか?
これを持って行かない限りお前達の要求は通らない。
それにお前達が持って行っても信憑性が低いぞ」
男はアポロ王子を睨みながら考えた。
そして少し考えた末に口を開く。
「わかった。
1人は解放しよう。
だが1人だけだ」
「そうか。
ならコドラ公爵令嬢に持って行かす」
突然名前を呼ばれたリリーナは驚きアポロ王子の方を見た。
アポロ王子はそれを気にせずに続ける。
「だから彼女の拘束を解け」
「ダメだ」
男がすかさず提案を拒否した。
「若い女は人質としての価値が高い。
解放するなら強い男だ」
「ならばラドン公爵に行かす」
「わかった」
拘束を解かれたラドン公爵は紙を受け取る。
「外にいるトレイン・バーストと言う騎士に渡せ」
ラドン公爵は頷いて退室した。
そのまま見張りに建物の入り口の前まで連れられてから外に出る。
外に出たラドン公爵はすぐにトレインを見つけ出して紙を渡した。
その様子からすぐに緊急事態だと気付いたトレインはすぐさま紙を開く。
『会場はドーントレスの残党によって占拠された。
要求は2つ。
ドーントレスの構成員の解放。
ドーントレスに王国騎士団の全権譲渡。
トレイン第三部隊長。
命令を下す。
メッセンジャーの保護。
外部にこの異常事態が漏れないよう情報統制。
当初の予定通り建物周辺の警備。
合図無しでの館内への侵入禁止。
以上だ。
尚、テロリストとの取引には一切応じない』
◇
ラドン公爵が退室してから少しして男は口を開く。
「何も動きが無いぞ。
どう言う事だ」
アポロ王子は毅然とした態度を変えぬまま答える。
「そうだろうな。
俺は何もするなと命令したからな」
「なんだと?」
「要求は伝えた。
その上で取引には応じないと書いた。
それだけだ」
「舐めてるのか?」
「舐めてるのはどっちだ?
あんな要求が通る訳無いだろ」
「人質がどうなってもいいのか?」
「間違った方法で要求を通そうとする者に屈する訳にはいかない。
それはホロン王国としての見解だ」
「なるほどな。
まだ我々の本気を分かっていないようだな」
男はイベントスタッフ達にアイコンタクトを送る。
すると、その内2人が動き出してリリーナを囲む。
「なによ!」
睨みつけるリリーナの両脇を2人が抱えて立ち上がらせた。
「離しなさいよ!」
「暴れるな!
大人しく歩け!」
剣を突き付けられたリリーナは何も出来ずに言われた通り男の前まで連れて行かれて、正座する様な形に押さえつけられた。
男はニヤリと笑い顔だけ上げさせられたリリーナの首筋に剣を当てる。
刃が当たった所が薄く切れて、リリーナの透明感のある肌に一筋の赤い血が滑り落ちた。
その状態でもリリーナは怯む事無く男を睨みつける。
「アポロ王子。
もう一度チャンスをやる。
我々の要求に応じろ」
「何度言われようと答えは変わらん。
お前達の馬鹿げた要求に答えるつもりは無い」
「この女の命が無くなってもいいのだな?」
「彼女も王国貴族の1人だ。
国の、何より国民の未来を背負う覚悟は持っているはず。
こんな要求に屈する事など無い」
「本気で言っているのか?」
「もちろんだ。
国の為に死ねるのなら本望のはずだ。
だが、言っておくぞ。
お前達が何人殺そうと、例え俺を殺そうと、お前達の要求にホロン王国が応える事は決して無い」
男は舌打ちしてリリーナを睨んだ。
「おい!
死にたく無かったら命乞いしろ」
「命乞い?
する訳無いでしょ。
私はコドラ公爵の娘よ。
リリーナ・コドラの名にかけてこんな事に屈したりはしない。
あんた達の要求の糧になるぐらいなら死を選ぶわ」
男が憤りの視線をぶつけるがリリーナは睨みたける事を辞めはしない。
「そうか。
ならば死ねがいい」
男は剣を振り上げる。
リリーナは睨みつけ続けた。
この絶望的な状況でまだ諦めていなかった。
リリーナは心の中で信じていた。
きっと来てくれると。
剣が振り下ろされる直前、一番近い扉が勢いよく開いた。
その音に全員の視線が注目する。
扉から入って来た人物を見たリリーナの表情は自然と崩れた。
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