第3話

ホロン王国の隣国カルカナ王国。

その国境にあたるヤマーヌ領にハヌルは到着した。

そして真っ直ぐにヤマーヌ公爵邸を訪れた。


「ハヌル王子。

ようこそおいでなさりました」


現ヤマーヌ家当主のレイン・ヤマーヌが出迎えにあがる。


「突然の訪問すまない。

急ぎの用があるんだ」

「国境兵から言伝は来ております。

ルカルガの里へ行きたいと。

しかし、今案内出来る者がいませんの。

明日には用意出来るのですが……」

「私が行きますよ」

「アンヌ嬢。

こんな所でお会いするとは思いませんでした」


アンヌはにこやかに微笑んで礼を示した。


「ハヌル王子。

ご無沙汰しております。

私でよければルカルガまでご案内します」

「それは助かる」

「客人にお願いするわけには……」

「気にしないで下さいレイン。

私も近いうちにエルザに会いに行こうと思ってましたので。

それにハヌル王子にはいつも妹と弟がお世話になってますから」

「わかりました。

では馬車を用意しますのでお待ち下さい」


レインがそう言って捌ける。


「アンヌ嬢。

感謝します」

「気にしないでください。

さっきも言ったようについでですので」


アンヌはにっこり笑って応えた。

その柔らかい微笑みにハヌルは何故かホッとした。

それによってアンヌとの会話の違和感に気付く事が出来なかった。



「ときにハヌル王子。

ルカルガにはどう言ったご用件ですか?」


馬車に揺れながらアンヌが向かいに座るハヌルに尋ねた。


「モグラの神様に会いに行くつもりです」

「あの可愛らしい神様ですね。

でも、何故神様にお会いなりたいのですか?」

「俺は大切な友達を探しています。

その友達はモグラの神様と友達なんです」

「神様とお友達だなんて、凄い友達ですね」

「ええ。

とても凄い友達です。

前にも一度失踪した事があったのですが、その時もモグラの神様のおかげで見つける事が出来ました」

「そんなに失踪するんですか?」

「そうなんですよ。

急にふらっといなくなってしまうんです。

困った事にね」

「それは大変ですね」


アンヌはクスッと笑ってから続けた。


「だけどきっとまた会えます。

私は人の縁ってのは必ず繋がる物ですから。

私も今好きな子に会えなくて寂しいんです。

でもまた会えるって信じてるんです。

例え忘れてしまったとしても」

「アンヌ嬢。

もしかして――」

「あっ、着きました。

ここがルカルガの里です」


そう言ってアンヌは馬車から降りて行った。



ハヌルは里長への挨拶もそうそうに森の奥へと進んだ。

奥に大きな泉があり、その辺りでモグラが釣りをしていた。


「お久しぶりです神様。

お会いするのは初めてですが。

ハヌル・ホロンと言います」

「ん?

君がハヌル王子か。

久しぶりだね。

確かに会うのは初めてだけど」


モグラはハヌルの方を向いて手を振った。


「どうしたんだい?

こんな遠くまで」

「友達を探す為です」

「友達?

ここにはオラしかいないよ」

「ヒカゲ・アークム。

この名前を覚えていますか?」


少しの沈黙が流れる。

だがすぐにモグラは笑顔で応えた。


「さあ?

それがハヌル王子が探してる友達?」

「はい」

「そうなんだ。

見つかるといいね」

「もう一つ聞いてもいいですか?」

「なあに?」

「俺の婚約者はご存知ですか?」

「知ってるよ。

ヒナタちゃんでしょ?

可愛い子だよね」

「はい。

とっても可愛いんです」

「なんだい?

惚気かい?

いいね〜

大事にしてあげなよ」

「もちろんです。

でもヒナタは神様の事知りませんでしたよ」

「え?」


モグラはその言葉に固まった。

それでも平然を装う。


「そうなんだ〜

オラ存在感無いから忘れられちゃったのかな〜」

「言葉を喋るモグラなんて、一回会ったら忘れないと思いますよ」

「でも現に忘れられちゃってるしね」

「でも、ちょっと考えたら当然なんですよ。

だって神様とヒナタが会うきっかけってヒカゲ君ですから。

ヒナタはヒカゲ君に関する事を悉く忘れています」

「……」

「ヒナタだけじゃない。

その他の人も。

なのに神様がヒナタの事を覚えてるって事は、ヒカゲ君の事を覚えてるって事ですよね?」

「さあ?

わかんないや」

「どうして教えてくれないんですか?」

「知らない事は教えられないよ。

それに、覚えていたとしてもさっきも言ったようにここにはオラしかいないよ」

「……わかりました。

また明日来ます」

「いやいや。

明日来たってここにはオラ以外居ないよ。

って行っちゃった」


里に戻る途中、盾がハヌルに話しかけた。


「諦めたら?」

「諦めない。

また明日行くさ」

「いい方法あるよ」

「なんだ?」

「力づくで喋らせる。

拷問だね。

丁度泉があるし水責めするといいよ」

「そんな事出来るわけないだろ。

少しでも期待した俺がバカだった」

「だろうね。

君にはそんな事は出来ない。

だから言ったんだ。

君には無理だって。

もうこれでいいじゃないか。

婚約者の為に早く帰ってあげなよ。

彼女の兄の分まで君が愛してあげたらいいじゃないか。

そしたら彼女の愛は独り占め出来る。

王都を出る時思い出してみなよ。

あんなに好意向けられて悪い気しないだろ?

これからずっと彼女の愛を一身に受けられるんだよ」

「うるさい!」


ハヌルは大声で盾の言葉を遮った。


「お前にはわからないだろうけど、ヒナタはふと誰かを探すんだよ。

そして寂しそうな顔をするんだ。

彼女の中では完全に消えて無いんだよ。

あんな顔見てられないんだ」

「全く。

君はどうしようも無くお人好しだね。

まあ、でも君が出来るのはここまでだよ。

むしろ良くやったね」

「まだだ。

絶対ヒカゲ君を見つけて帰る」

「それは君には無理だって。

でも大丈夫さ。

明日朝一に行ってごらん。

全て決着がついているさ。

どっちに転んでるかはわからないけどね」

「どう言う意味だ?」


盾は黙り込んでそれ以上何も話さなかった。



ハヌルを見送ったモグラは安堵のため息を吐いて釣りを続けていた。


「危なかったよ。

なんとか誤魔化せて良かったよ。

アクムの兄ちゃんとの約束破るところだった」


独り言を言って早る心臓を整える。

そんなモグラの首筋に剣が当てられた。


「そのアクムの兄ちゃんってのは誰?」

「えーと……

君は?」

「虹の輝きのスミレよ」


凄みの効いたスミレの声で答えた。


「そのスミレさんが何のよう?」


スミレはハヌルに言われたナイトメア・ルミナスと言う言葉に妙な引っ掛かりを覚えて、それ以降喪失感が更に大きくなって堪らなくなっていた。


そこで、その正体を確かめる為にハヌルをずっとつけていたのだ。

そして今、最大の手掛かりを見つけた。

そうなったら彼女は容赦はしない。


スミレは足でモグラの顔を泉に抑えつけた。

息が出来ずにモグラはジタバタする。

少ししてからモグラが水面から顔が出るギリギリまで足を緩めた。


「なにするんだよ!

オラは泳げないんだ――ゴボボボボボ」


再び顔を泉に沈める。

そしてまた緩めた。


「私の質問はすでにしてるわ。

今、いえ最近何とも言えないモヤモヤでイライラしてるの。

早く答えなさい」

「そんな都合オラには関係――ゴボボボボボ。

パァ!

わかった、わかったから!

答えるから!

ゴボボボボボ」

「余計事は言わなくていいわ」


再び水面から出て来た顔は涙目になっていた。


「アクムの兄ちゃんってのはハヌル王子が言ってたお友達だよ」

「何処にいるの?」

「それはわから――ゴボボボボボ」

「その答えはいらない」

「本当にわからな――ゴボボボボボ」

「何度でも続けるわよ」

「ちょっと待っ――ゴボボボボボ」

「待たない」

「オラの家に来て――ゴボボボボボ」

「この状況でナンパとかありえないわね」

「違うって!

向かった先は分かる――ゴボボボボボ」

「それとあなたの家と何が関係あるの?」

「来たら分かる――ゴボボボボボ」

「ここで答えなさい」

「オラの家にアクムの兄ちゃんが行った道があるんだ」

「嘘じゃないわよね?」

「本当だよ〜」


半泣きになりながらモグラが答えた。

そんな姿のモグラをスミレは魔力で生成したロープでグルグル巻きにする。


「案内しなさい。

もし嘘だったら、このまま泉に沈めるから」



地下にあるモグラの家に着いたスミレはモグラをグルグル巻きのまま地面に転がして踏みつけた。


「グヘッ!」

「で?

どこ?」

「あそこに縦穴があるでしょ?」

「ええ。

あるわね」

「あそこから出て行ったんだ」

「何処に繋がっているの?」

「異世界」


スミレは無言で踏んでいる足に力を入れた。


「痛い痛い!

本当だってば!」

「まだ言うのね」

「本当の本当だって!」

「そんなつまらない嘘が通じると思ってるの?」

「自分の常識が世界の常識と思ったらダメだよ」


その言葉に何故かスミレは心打たれて足を緩めた。


「本当に異世界に通じてるの?」

「本当だって言ってるじゃんか。

アクムの兄ちゃんは元々異世界の人間なの。

だから帰ったんだよ」


スミレは縦穴を見る。

ふと懐かしさを感じた。

そしてモグラの言うアクムの兄ちゃんにどうしても会いたくなって仕方なかった。


「いいわ。

信じてあげる」


そう言って縦穴の下に移動したスミレは真上に飛んだ。

残されたモグラは深いため息を吐いた。


「いや〜

流石に殺されかけたら言っちゃっても仕方ないよねアクムの兄ちゃん」


その言葉には少し嬉しさが滲み出ていた。


「でも……

せめて拘束は解いて行って欲しかったな〜」

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