第2話

ホロン王国中央部の外れ。

東部との境にある小さな町。


そこで商いを纏める商会長の豪邸にスミレは侵入していた。


「頼む。

儂はまだ死にたく無い」


濃い紫色のボディースーツを纏い、目の部分だけを白い仮面で隠したスミレが剣を片手に商会長に滲みよる。


「ダメよ。

あなたを殺すのが依頼だから」

「何故だ?

儂が何をした?」

「さあね。

他の商人に不当なみかじめ料を課して、自分だけ私腹を肥やした怨みじゃない?」

「そんなの知らん」

「私に弁明しても無駄よ。

私は依頼を完遂するだけ。

あなたが捕まる前に殺すと言う依頼を」


スミレは商会長の首を刎ねる。

その首が地面に落ちる前に死体を魔力で蒸発させた。


「スミレ様!

金貨いっぱいあったニャ!」


『虹の輝き』のメンバーの1人。

緑色の髪の猫の獣人のヨモギが大量の金貨の詰まった布袋を背負って現れた。


「他には?」

「ルリがお宝を根こそぎ奪ったニャ!」

「そう。

なら金貨も根こそぎ頂きましょう」

「わかったニャ!」


ヨモギは夜の闇に消える。

後に続こうとしたスミレは足を止めた。


「ノノどうしたの?」


スミレは話しかけて来た1人の精霊ノノに問いかける。


ノノはスミレが初めて会話した精霊で、1番彼女の側にいる事の多い精霊だ。


ノノは周りの精霊に止められるのを無視してスミレに何か伝えた。


「ここで待てって言うの?」


ノノが頷く。

スミレはそれに従って待つ事にした。


すると大量の足音が聞こえて来て部屋の扉が勢いよく開かれた。

スミレは足音の主であるホロン王国第二王子ハヌル・ホロンと、彼が引き連れて来たギルド『フェンリルスペード』の獣人達と対峙する。


「なっ!?」


彼女の姿にハヌルは驚きの声をあげる。


「商会長を捉えに来たのでしょ?

ご苦労様。

でも、もうあの世に逃げてしまったわよ」

「君はナイトメア・ルミナスのスミレだな」

「ナイトメア・ルミナス?」


ハヌルの言葉にスミレは怪訝そうな顔を見せる。

その表情はハヌルにとって予想外のものだった。


「私は虹の輝きのスミレよ」

「君も記憶が書き変わってるのか?」

「!?」


ハヌルの言葉にスミレは驚きを隠せない。

今までのなんとも言えない喪失感の正体に近づいた気がした。


「ギンジさん。

彼女には個人的に聞きたい事があるんだ。

生捕りで頼む」

「任せとけ!」


フェンリルスペードのメンバーがスミレに迫る。

スミレは魔力で壁を作って阻むが、ハヌルがすぐに鎧を纏って拳でその壁を粉砕した。

たが、その先にスミレの姿は無かった。



ヒカゲの記憶が周りから消えた事に疑問を覚えたハヌルはすぐに調べて回った。


その中で彼の記憶と違いがある物をもう一つ見つけた。

それはナイトメアである。


ハヌルの記憶ではナイトメア・ルミナスと言う組織を作り、7人の部下を従えているはずなのに、記録ではたった1人でナイトメアは世界の破壊を目論んだ大悪党となっている。


その事自体ナイトメア・ルミナスの仕業だと踏んでいたが、先日のスミレの反応を見て考えを改めた。


「別にいいじゃないか」


自室で1人考えていたハヌルに胸ポケットに入っていた盾が話しかけた。


「随分久しぶりじゃないか」

「そうだね。

ナイトメアと戦って以来だね」

「それで何がいいって言うんだ?」

「全てさ。

今の世界に何の不満があるんだい?

君の愛しの彼女の兄に向けていた好意を一身に受けて、君は幸せじゃないか」

「そんなの……

ってお前も記憶を失って無いのか?」

「そうだよ」

「なんで言わない」

「だって君はおいらが話しかけると嫌な顔するじゃないか」

「そう言う所が嫌いなんだよ」


ハヌルの悪態を盾は笑って流す。


「それで、どこまで知ってるんだ?」

「大体なんでも」

「なんでこうなった?

ヒカゲ君は何処にいる?」

「おいらはこのままでいいと思う。

君の違和感も慣れれば大した事無いさ」

「良く無い」

「なんで?」

「ヒナタにとってヒカゲ君は大事な人だ。

それに、俺にとっても大事な友達だ」

「あっちがそう思って無くても?」

「もちろんだ」

「ふーん。

だけど知ったって無駄だよ。

君にはどうしようも無い」

「それは聞いてから俺が決める」

「君らしい答えだね。

だけど教えてあーげ無い」

「おい!」

「だっておいらはこのままが良いと思ってるんだよ。

君の為にもね」

「いいから教えろ」

「う〜ん……

やっぱり教えない」


ハヌルは聞こえるように舌打ちだけして話を打ち切った。

それなのに盾は続けて話し続ける。


「まあまあまあ。

そう拗ねるなよ」

「……」

「無視とは酷いな〜」

「……」

「せっかくヒントあげようと思ったのにな〜」

「ヒント?」

「そうそう。

カルカナ王国に行きなよ」

「カルカナ王国?

何故?」

「賢い君ならわかるはずだよ」


ハヌルは思考を巡らせた。

そしてすぐに答えに辿り着く。


「随分素直に教えてくれるんだな。

反対してた割には」

「おいらは所詮君の道具だからね。

それにどうせ君には無理だし」

「それでも行くさ」

「だろうね。

行くといいさ。

でもおいらは言ったよ。

今の幸せな虚偽の方がいいって。

君が向かおうとしている先に待っているのは残酷な真実だよ」


ハヌルはその言葉を聞いても止まるつもりは無かった。

しかしハヌルは王位継承権を放棄しているが、王子と言う立場上簡単に国外に出る事は出来ない。

その為ハヌルは国王である父親に直談判する事で許しを得るしか無かった。


無事に許可を得たが条件を出された。

国王にカルカナ王国へ行く条件として護衛の騎士はもちろん、ホロン王国の誰も連れて行かない事を言い渡されていた。


つまりは自分の身は自分で守れと言う事。

かなり厳しい条件とも言える。

だが、ハヌルの旅の目的からしたらむしろありがたい条件だった。

それを国王が知ってか知らずかはハヌルにはわからない。


「相変わらず父さんは読めない」


ハヌルは真意を読めず苦笑いするしか無かった。


王都を出る直前で馬車は停止させてハヌルは降りる。


「ハヌル!」


門を出る直前、飛びついて来たヒナタをハヌルはしっかり受け止めた。


「ハヌル。

どっか行っちゃうの?」


凄く寂しそうな顔で見られてハヌルは一瞬怯む。


「嫌だ。

何処も行かないでよ。

私寂しい」

「俺も寂しいさ。

でも行かないといけないんだ」

「でも……」

「大丈夫だよ。

すぐに帰ってくる」

「本当に?」

「ああ、モグラの神様に会ったら帰ってくるさ」

「モグラの神様?

そんな神様居るの?」

「ああ。

カルカナ王国にね」

「それが終わったらすぐ帰って来てくれる?」

「もちろんさ。

絶対に帰って来る。

だって俺は君を愛してるから」


ハヌルはギュッと抱きしめる。


「私もハヌル大好き」


その言葉に心を抉られながらもハヌルは王都を出た。


「今、行きたく無いって思ったでしょ?」


図星を突く盾の言葉に沈黙で抗う。


「今ならまだ間に合うよ。

可愛い婚約者の好意を独り占め出来る」

「それでも行くよ。

ヒナタの大切な人を連れて帰ってくる為に」

「意気込んだって君には無理だけどね」


ハヌルはその言葉を無視して鎧を纏って空を飛んだ。

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