2,落とし物


珍しく公園につくとすぐに少女の姿が見えた。


「いつも早いね。近くなの?」

「うーんまあそんな感じかな。」


そんな感じってどんな感じだよと思いつつ、適当にはぐらかされた。


結構早めに着いたと思ったのにな。


少女はちろちろと自身の親指を見ている。


抑えたり離したりするが、血が止まる様子はなく、うっすらと線を描く。


どこかで指を切ったりしたのだろうか。


「これあげますよ。」

「お、やるじゃん。乙女かよ。」

「はぁ……。」


少女に絆創膏を渡すと軽口を叩かれてしまった。


なにかと今日はため息が多い。


「どーしたのー?」

「なんでもないよ。はぁ……息切れかな。」


すると本気で心配された。


しばらくして。


「人間関係ってめんどくさいですよね。」


と、口から思わず誰しもが一度は感じた事のあるであろう感情が溢れ出た。


「珍しいなあそういうこと言うの。」

「君のぐちばっかりだからな」

「まあまあ、そんなに怒らず。」

「はぁ……」

「ため息すると幸運が出ていきますよ?」


僕もピュアだった頃に戻りたい。


「迷信ですよ?幸不幸がそんなんで出ていったら、それこそ救われないことばかりになる。」

「うそですって〜」


なにかさっきからピョコッだったり、効果音がつきそうな身振り手振りをしてくる。


やはりその仕草に懐かしさを覚えた。


「ため息をつくと、自律神経が整うそうですよ?私は構いませんので、思う存分しちゃってください!」


それはそれでどうかと思うが。


ちなみに今の効果音はふふん、って感じだ。

もう自分でも何を言っているのかわからない。


「如何せん、相手が何考えてるかわからないのは意識しないうちは好都合だけど、意識するとものすごいストレスになりますね。」

「それはゼロヒャクですね。逆になんでそんな猜疑心を?」


猜疑心なんて言葉どこで覚えたんだ?

と、思いつつ。


「いや、猜疑心っていうか。まあそうだな、うまく行っていたものが使えなくなる恐怖っていうか。自分が雑多の中のひとりであると自覚するのには、強い抵抗感があるみたいだ」

「それは、自意識が芽生えるのはあなただけじゃないですからね。」


強がりからくる、自分が劣って行く感触。


「それは……そのとおりだね。心の中の意識が一つだけな以上、ずっと孤独な気持ちだよ。その孤独を紛らわすために孤独と絶対的なものを履き違えて、何も変わっていないんだなって強く実感するよ。」


孤独とはなんだろう。


自分が寂しく感じれば、周りに人がいたとしても孤独なのだろうか。


「お互いを図ることができるコミニケーションは言葉だけ。なら、その言葉を信じるほかないんじゃないですか?信じて裏切られて、すべて捨てる羽目になるなら別ですけどね。」


少女は笑いながら大げさなこと。

しかし初歩的でとても大切なことを、当たり前に口ずさんだ。


僕は孤独なのだろうか。

一日が過ぎた。


翌日。


「人間関係かあ」


と、少女は空に向かって、つぶやくが周りには誰もいない。


と、少女が考えていると。


「そりゃ毎日こんなところに来たら疲れるよ。僕の愚痴も少なくないのに」

「いいの、私人間観察好きだから。」


人間観察が趣味の人間ってほんとにいるんだ。ちょっと怖いな。


はっ?!もしかして、ストーカー……?!


ないない。


「珍しいな。僕なんで人を見るだけで嫌になっちゃうよ。丸裸で雪山を歩いているみたいだ。」

「丸裸で雪山歩けたら、逆にすごくないですか?」

「……はぁ…………」

「わぁ!またため息。」

「そういうの、揚げ足取りっていうんだよ?」

「知ってるそれ!」

「君なぁ……」


でも、ほんとになんでこんな公園に毎日来てるんだ?僕が……。正直、この少女としゃべるの楽しいのかもしれないし、気がほぐれるのかもしれない。

音が暗いとむしろこのくらい明るい話し相手のほうが楽なのだ。


「別に無理しにここに来なくてもいいんだよ?僕を観察しに来てるわけでもあるまいに。」

「いいんですよ、この公園はなんだか落ち着くのでおしかすると、体はまだ覚えてるのかもしれませんね。」

「……?」


時々、この少女はよくわからないことを言う。


運動部特有のアレみたいなものだろうか。


「意外と、気の合うやつと一緒にいるのが成果かもしれない。喋らなくても、いるだけで良くて。」

「心で会話してるってやつですか?憧れますね。」


心とはなんだろう。


考える事とは別の、スパイスのようなものかもしれない。


「心で会話というのは、ある種の信頼なのかもね。この人は安全、この人は危険っていう差別を無意識のうちにしていて。」

「今あえて差別って言葉使いました?」

「事実ですよ、僕だって人間なんですから。差別している意識はなくとも、思い返せばあれもこれも差別ばかりです。」

「ふーん?」


不思議そうな顔をする。


確かに、少し気取りすぎたかもしれない。


「まあ、無意識のうちに物事を判断する癖はどうしょうもないのに、思い返すと自分に吐き気がするってこと。」

「でもそんなの考えたって、やっぱりどうしようもないと思うけどなあ。思い返すだけ思い返して、どうしようもなかった、あの場では自分にできる最善だった、って思うしかないよね?」


だからこそ、僕たちは考え続けなければならない。それが少なくとも、他人に対する礼儀だと僕は思う。


そうして疲れたときのために気が抜ける信頼というものがあって、信頼できる人間がいて。


「まあ、それができたら楽なんだけど、そうかもね。諦めることも大事か。」


だけど、こう。もう少しあのとき、という気持ちが消えることはない。


何に対しても。



少年はいじめられていた。


もちろん、もう4年。思い返せば4年も前の話である。


歯車が狂ったのはそこからだったと思う。


きっかけは向こうからだった。

といえばまるで言い訳がましくなる。


僕は学年全体でそいつをハブるように仕向けた。


中学は私立で一学年で100人にも満たなかったためそれ自体は楽にできた。


しかしそのやり返しはいじめの構図そのもので、みんながついていけなくなった結果逆に孤立。


もちろん、原因という原因は向こうに存在した。


そいつは、何度も何度も場を乱し、秩序を乱した。


その時の考えでは、最善の処置だった。

のだろうか?


もっと他にやり方はなかったのか。

と、時々今でも考える。


しかしそれはきっと、自分がいじめられたから考えるのだろう。


だから本質的に他人に対しての詫びではなく、自分に対しての救いを求めているのかもしれない。


まさに自業自得だ。

しかし僕はこれで満足している。


当然の報いであり、これは罰だ。


僕は中学にいけなくなり、2年間不登校となった。


幸いにして得意科目があり、別の私立高校を再受験した。


僕は学校が、教室や人の目がトラウマになっていた。


高校に入ると、諦めることは挑むことより大事らしいということを学んだ。


最初は、都度死地にいくつもりで登校していたが段々と慣れ、だいぶ楽になった。


僕はいつの間にか周りの人々が敵ではないことを知った。


僕のことを知る人間がいないことに気がついた。


敵を作っていたのは自分だったのだ。


必要悪ではないが長く、うまくやるコツは多少の悪に目を瞑ることらしい。


そうしてまた、絶対悪は存在しないということを学んだ。


中学の頃に僕を救ってくれた人がいた。

いわゆる恩人だ。命の恩人と言ってもいい。


その人は最低限僕が学校に来れるよう助けてくれて、僕が学校に来るたびに相手をしてくれた。


不思議と、教室や人の目は苦手なのに学校に対しての苦手意識はなかった。


不登校の人間として、教室ではなく保健室に登校するようになったのだ。


この人がいなければ、僕は学校自体が嫌いになり、すべての人間が信用できなくなっていただろう。


高校に上がり、その人は犯罪に手を染めた。


僕にとやかく言う権利はない。

その人が僕を救ったという事実は消えない。


そこから、何が善で何が悪か、考えるようになった。


そこから、生きる意味がわからなくなってしまった。


救ってもらった命が独り歩きしているようだった。


一つのことに集中できず、他人を見下すようになり、負の側面が顕著に出始めた。


人間、そんなものなのかもしれない。


僕は、どちらかといえば性悪説を唱えるタイプの人間なのだろう。


せめて口には出さないようにと思うが。


だからこそ自分が嫌になる、死にたくなるのだ。

消えたくなるという表現のほうが正しい。


だから、過去の思い出に触れるたび救われた気持ちになるのだ。

壊れる前の思い出にひたることで。


少女と話すべきことはないが、話したいことは沢山ある。

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