君と出会ったあの日から
ます
1,さいかい
君は僕を見る。拙い、拙い目線で。
「なんで毎日ここに来るの?」
少女のその簡単な質問に、ギュッと胸を掴まれたような錯覚に陥りとっさに返事と踵を返す。
まるで、思い出のまま沈んで逝く幼馴染の容貌にそっくりだったからだ。
「な、なんでかな……」
小さく震えた声で、また怯えるような声で返事をする。
「だからぁ、なにしてんの? やましいことでもあったの?ほらほらぁ」
少女は遊ぶような声で僕の背中をツンツンしてくる。
息を吸い直し、振り向くと。
背丈はおよそ160cmといったところか。
勘である。
「何でもないですよ。あなたこそ、何をこんなところで何を?」
聞き返すと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で僕を見る。
何か、気に触るようなことでも言っただろうか。
「い、いやぁ?今のは失言だったかも…」
「ホントですよ全く。そもそもこの公園に足を入れてまだ五歩も歩いてないですよ。」
と、自分でも何を言っているかわからない気色の悪い冗談を言いつつ反論する。
コミュ障ではない。ただ動揺しているだけだ、多分。
「?まあなんでもいいけど、ほんとどうしたの?見た目に対して柄じゃないよ?」
「初対面の人にはあんまり馴れ馴れしくしないほうがいいですよ?悪い大人もいるんですから。」
あと見た目ってなんだ。公園に立ち寄ったっていいじゃないか、怒っちゃうぞ。
「ちょっと落とし物を取りに来ただけですよ。気にしないで結構ですから、構わないで結構です。」
我ながらあっさりとした返事が自分の口から出た。
「手伝おっか?」
無邪気な親切心に、いや、自分でも何を探しているかわからないという事実に少し、憤りを感じた。
「大切なものなのですが、かなり前に落としてしまって。それから、何回かここに来るだけです。ほんとに気にしないでください。」
「ふーん?」
自分でも馬鹿なことを言ったと思う。
「相談にのろっか?その答えわかっちゃった」
「……?」
そのニヤニヤした笑みを見ると、ほんとにそっくりに…….
「随分と昔に亡くした人がいて、この公園がその子との思い出なんです。」
そっくりなことは伏せる。言ってはいけない、と自分の中に圧し殺す。
「私も、嫌なことがあったらすぐここに来たくなるのよ」
ポツリ、と随分塩らしく少女が答えた。
中学生が何を、と勝手に決めつけたまま心の中で愚痴をこぼす。
「何か、あったんですか?」
「ちょうアバウトなことだから気にしなくていいよ」
と、やはり言葉に笑みを混ぜる。
ごまかすような仕草で。
気まずくなる何百秒に怯えていると、彼女が言葉を紡ぎはじめた。
「友達の言葉に共感したときに出る自分の言葉に、後で後悔というか、それは違うか。腹が立つんです。」
「いいことじゃないか、なんで腹が立つんだ?」
「自分はそれをホントの意味で知ってるわけじゃないから、かな。自分が返す言葉が薄っぺらい言葉の羅列のように感じできて。それで勝手に救ったって小さな葉っぱが芽生えて、気持ち悪くて、気持ち悪くて。」
思うところはある。
しかし、それを考えたところで正解なんてそもそも存在しない。
「仮にそれを味わったとして、その友人と同じ気持ちになって、それをどう励まされたらとか、ちゃんと考えて言ったとしても、その友人が必ず救われるとは限らないんじゃないかな。」
実際、自分から出てきた言葉は誰にでも考えることができる稚拙な言葉だけだった。
「だから、自分のことも、他人のこともあんまり考えすぎないほうがいいんじゃない?助けて、と頼まれたらまた考えたらいいから。人生山あり谷ありとは言うけど、誰も上り坂の先は見えないからね。」
まるで説教だな、と思ったそのとき、同じことを思ったのか少女も笑いながら
「何それ、説教?」
自分の口元からも笑みが溢れた。
そうして一日が終わった。
それからというもの、公園に向かうたび、必ず少女と話すようになった。
「ほんっと最悪だよねあの小説!」
あれから何故か数日に一度。いや、公園に行くたび必ず少女と出会う。
「はあ……でも、それが気持ち悪さでもあって、いいところでもあるんだから。有り体に言えば味、というか」
「そもそも椅子の中に人間って何よ。入るわけないじゃない」
確かに。
「しかも、椅子越しとは言え、中の人間に感触がわかるなら座ってる人間にもわかるでしょ。気持ち悪い……寒気してきた、もう。」
「椅子越しって、変な表現だな。でも間違ってはないか。」
ここに来る数分前。ほんの数分前だ。
少女が「やっほー」と声をかけ、ほぼ一方的に話し始めた。
最近読んだ小説に少々気持ち悪さ……失敬、感動を覚えたようだ。
次は屋根裏を散歩する話か、D坂で起こるミステリーだろうか。
もはや何も隠せていないが。
「でも、今どきの中学生ってそんな本読むんだね。感心するなあ。多めに見積もって5学年離れているとはいえ、僕が中学生の頃なんか鼻くそほじってたよ」
「う、うぇ〜」
信じてしまったようだ。
渾身の定番自虐ネタなのに……。
「いや、ほじってないから?冗談だからね?」
なにか、言い訳がましくなってしまった。
本当に良くない。
少女も胡乱な目で見てくる。もう……。
「まあ、それはさておき、聞いてくださいよぉ。友達と喧嘩しちゃって、こういうときって事実を並べても悪化するだけなの」
それはさておきって、この。
「まあ、自分がこの程度だって善悪の配分を決めても自分には自分の相手には相手の主観があるからね。第三者がいたとして、その意見も第三者の主観に過ぎないし。常に公平な神様でもいればね。」
残念ながら、頼めば助けてくれる神様は存在しない。いつも、埋め合わせだけだ。
「でも、神様だって意思があってもいいんじゃないですか?機械的なのはちょっと可哀想だと思います。そういうのって神様一人に責任を押し付けちゃうの、人間のエゴですよね」
神様の数え方は一柱、だぞ。
「まあ、そうだね。逆に、意思はあるが善悪を見通せるだけの力があったとして、意思でそれを歪めることって簡単だからね。むしろ無意識なのかもしれない。」
「それは、やっぱり神様は機械的なもので、感情を持ってはいけないってことですか……?」
「それは、わからないな。難しいことを聞く。」
人間には人間のエゴがあるが、神様にもあるかもしれない。神様の完全性を問うなら、そもそもそれは――。
「どうしたんですか?」
「いや、どうしたって。」
少女の顔を見て、少し呆気にとられてしまったというか。ひどく悲しそうな顔をしていたから。
なにかとてつもない重荷を背負ったような気がした。
そうして、一日が終わった。
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