第42話 力の発動と制御

「さて、もう大丈夫そうね」

 熱が下がるまで、三日もかかった。


 道場では危ないので、地下にある訓練場。


 石舞台の周りには、水が張っている。

「風を起こせば、こんな感じで可視化できるから」

 静殿が、風を起こしたのだろう。


 水面に波紋が広がり、向こう側で行ったり来たり。

 つむじ風が起こっているよう。


「風に願い、したがってもらう。手足から空気中へとその願いを出す。意識を広げるように、ゆっくりでいいからやってみて」

「イエスマム」

 水際へと移動して、気合いを入れる。


「ふん」

 自分の肩幅より広く立ち、腰を落とす。

 四股立ちしこだちをして、手を前に突き出す。


「風よ我に従い、彼の敵を討てぇ」

 渾身の気合いを込めて叫ぶ。


 だが、訓練場は、凜とした静けさを保ったまま……


 横には、にこりともせず、静殿。

「つまらないことを言わなくて良いから、風の形をきっちりとイメージして伝える。そうそう、風はお友達よ」

 あっ、表情は変わらないけれど、こめかみに血管が……


「いっ…… 行きます」

 

 午前中。

 変化無し、風はお友達ではないようだ。


 昼食。

 午後…… 

「どうしてなのよぉ…… 」

 私は冷たい水の中…… 水面に波紋が起こる。

 それは風の力ではなく、頬をつたい落ちる涙の仕業……


「まあゆっくりと、あわてないようにおやりなさい」

 そう言って、静殿は出て行ってしまった。



 入れ替わりに、颯司殿。

「まだ出ないって?」

 何か眠そうに……


 そう昼寝をしていたら、母さんに起こされた。

「アマンダが力の発動に苦労しているみたいなの。見てあげて」

「はーい」

 そうして見に来たら、地下の訓練場で、オタ芸を踊っていた。 しかも泣きながら……


「そんなに勢いだけでするんじゃなく、心静かに、周りの空気とリンクをするんだよ。そうだな…… そう周りの大気に溶けるイメージ?」

「分かりました……」


 えっ? 大気に溶ける?

 溶ける……

 溶ける。


 分からないから、寝転がり、周りの空間に意識を集中する。

 意識を拡散……


「…… ……」


「こら寝るな、風邪を引くぞ」

 あら、ちょっと怒った顔もステキ。


「発動しないです……」

 石は動いているのか?


 そう言って、胸に手を当てられる。

 丁度真ん中。そこではありません……


 ちょっとずらそうとしたら、何か、彼の手から流れ込んできた。


 暖かい。

 すると、どくんと心臓が跳ねる。


 すると、体の中、胸から何かが広がっていく。

「痛痛痛、チクチクと刺されています。体の中に何かいます」

「そうそう最初は、そんな感じがあったよな」

 急激に、体の血管を意識させられた感じ。


 抹消、指先とか足の先が少し痺れたが、体中が暖かくなる。


「落ち着いたか? なら風にながれることを願え」

「流れる?」

 手をブンブンする。


「動きじゃなく、考えてくれませんかね」

 手をブンブンしたら、颯司を叩いてしまった。

 王吹きビンタ。

 なぜ王吹きなのかは知らない。

 きっと毒物を食べてしまった王、それを助けるために行う技なのだろう。


「はい」

 そう言って手を伸ばし、そよそよと流れる風を思い浮かべる。


「あっ」

 手の平周辺で風が起こり、それが広がる。


「分かったこれね。掴んだわ」

 すぐに次の段階へ、イメージはつむじ風。


 やっぱり、体を使ってしまう。

 振った手の先から、回転をする風が生まれて、それは強く強力に育つ。

 一度覚えたからなのか、あんなに苦労をしたのが嘘みたいに上手く行く。


「ぬふっ…… 我に従え風よ舞え、踊るがいい」

 ハイテンションで踊りまくるアマンダを見て、颯司はそっと外へ出る。



「どう?」

 母さんも心配だったようで、また見に来たようだ。

「うんまあ、まだ経路が開いてなかったようで、強引に開いた。今はしゃぎ回っているから、近寄ると危ないかも」

「あらそう、良かった」


 それから二時間、アマンダは力尽きて倒れていた。

 意外と精神力と体力を使うのだ。


 特に、この訓練場、温度が十五度くらいしかないから非常に寒い。

 また熱を出して寝込むことになる。


 その頃、熱も引いて陸斗は修行中。

 そう彼は、極めて真面目。


 そしてその違いを実感していた。

「こいつはすごい。楽に制御ができる」


 家で座禅を組みながら、周囲を歩く人の足音を感じる。


 猫が三匹じゃれながら走り回っている。

 だけど、向こうの角。散歩中の犬が近寄ってきている。


 出会い頭に、驚いた猫は飛び上がり、それが犬の下顎にヒット。

 次の猫は、犬の頭を踏み台にして、リードを持っているじいさんに飛びかかる。

 だがじいさんも素早く体勢を低くする。


 だが、三匹目が意識外。


 どうやら驚き、家の壁を走り上がり、三角にとんできて、じいさんの頬に三本の線が出来上がる。

 勝負は猫たちの勝ちのようだ。

 

 地を伝わる振動、それに空気から伝わる振動まで感じられる。


「これは素晴らしい」

 そしてその範囲を拡げていき、焼けるような脳の痛みで引っくり返る。


 範囲が広がれば、処理をする情報が多くなる。

 おのれの限界というものがある様だ。


 それでも彼は、修行をして、道行く女の子を観察する……

 『好きこそ物の上手なれ』である。

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