第23話 世の中は夏

「くそ暑いこの気温の中で、私は一人この道を歩む。それは絶望とも、希望ともいえる。師曰く、加点をしてやるから補習中は起きていろと……」


 道行く人が私を見て笑っているように見える。

 アイツ、夏休みなのに学校へ行ってる。

 間違えたんだぜきっと……


 私には分かる、きっと言っている。

 睨めば、蜘蛛の子を散らすように消えていく。

 そう部活の奴らは、ユニフォームを着ている。

 学校に向かう道、制服は我一人。

 その足取りは重く、自分の体じゃないみたい。


「おう来たか、お前のおかげで出勤だ…… 何か思わんか?」

「気にせずに、休んでください」

「良いのか? 中学校で赤点。一生残るぞ」

「ええっ? 先生の御心でちょろっと加点してくれても、私は心が広いから何も言いませんよ」

 そう言ったら、盛大にため息を付かれた。


「どこかのバカ、おおっと、ハラスメントになるから言っちゃいけない言葉だな。このバカ…… 名前すら書かず白紙、この数年見ていないぞそんなバカ、誰とは言わん、そう馬鹿がいるのだよこの学校には……」

 そう言って先生は、窓の外を見つめる。


 その背には、秋風のような冷たさが感じられる。

「先生、エアコンをつけていいですか?」

「何か言ったか?」

「いいえ……」

「ではこれをやっておけ、先生は職員室にいる。終われば持って来い。終わらなければ十七時までは居て良い」


 そう言って先生は、各教科、一学期分の問題を残していく。


「これってテストの方が簡単……」

 そう言うと、じっと見つめられる。

「当然だ、テストは他の所も覚えている前提、覚えていないなら当然全部だ」


 そうして、先生は教室を出て行く。

 職員室はきっと、エアコンが効いているのだろう。

 せめて、颯司が居れば涼やかな風が確保できるのに。

 私の術は暑くなるだけ……


 朱莉は教室に空が無いといふ、

 ほんとの空が見たいといふ。

 私は俯いて問題を見る。


 点々と落ちる滴は、汗か涙か。

 彼らとの間に在るのは、切つても切れないむかしなじみの絆。

 だけど彼らは現れぬ。

「だれか助けてぇ」


 その頃彼らは、親に連れられて怪異の現場に来ていた。

「夏のご遺体はキツいなぁ」

「ああ、だが見ておけ。仏さんはどれも皮のみ、目撃情報も無い」

「さっきも女性。今度も女性。相手は変態ね」


 雫がいやそうな顔で文句を言う。

 俺達の活動中に、変なことに行き当たらないよう、やばいときには忠告がてら現場を見せられる。


 力が足りないときには、なんとか逃げて、親に連絡入れる。

 やばいときには、死あるのみだからな。


 おかしな事が起こっている、それだけで心構えが随分違う。


 中から食われるのは、ヌケガワとか、オオカミ?

 俺達で退治できる者達だ。


 そうその時は、鬼が車を汚さないように配慮をしたとか、思いも寄らなかった。


「どう思う?」

「わからん。周囲に異様な臭気もないから少し前だな」

「そう、二人ともせっかく頑張って大きくなったのに、食われるなんて……」

「だけど、何かで書いていたぞ、人間は食料にはむいていないって。育つまでおおよそ二十年、その割に食べられるところが少ないって」

 そう言うと雫は、げーっと言う感じの顔をする。

 想像をしたのだろう。



「そういえば、そうね。美味しそうには…… どう? 美味しそう?」

「へっ?」

「ほら、多少は育ったし、颯司から見てどう?」

「うーん。食べるなら、お尻とか太もも辺り?」

 そう言うと、もみもみしながら、多少複雑そうな顔になる。


「嬉しいような嬉しくないような……」



 その日家に帰ると、久しぶりにアマンダが出てきていた。

 雫に比べて、随分美味しそうに見えたのは内緒だ。


 そして、訳が分からないが、体が反応をする……

 よく分からない。

 母さんがぶらついている彼女を見つけて、尻を叩きながら部屋へと押し込まれていった。


「もう、外国人て羞恥心がどっか欠けているのかしら?」

 そういえば、フランスだったか、砂浜ではトップレスが当たり前とか読んだな。


 とりあえず、時間があるときに宿題をしよう。



「うー。終わらない、お腹が空いた、肉う、肉が食べたい」

 教室で、朱莉がぼやいている頃。


「腹が減ったな」

「待ってくださいよ、あんたらが適当に食うから、警察が大騒ぎをしているんですから」

「警察?」


 古い言い回しだとなんだ? あっそうそう。

検非違使けびいしですね」

「それでもいいぞ」

「良くないです。大体数人単位なんですから」

「便利じゃないか、ひとまとめで狩れば」

 そう言われればそうだな。


「あーまあ、そうですかね」

 その日から、警戒中の警官が行方不明になり始めた。


「オスなら煮込めば出汁が出る」

「はいはい」

 若い衆達が、げろげろと戻しながら料理をしている姿が、見られた。


 そうして彼らは、復活をしては餌を食らい。その数を増やしていく。

 活動を開始するのは、もう少しだけ後のことだった。


 そう、お盆を過ぎ、祭の最中。どこかで百鬼夜行が復活をしたとネットにアップされる。


 それが、騒ぎの始まりとなった。

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