第14話 保健室の怪異

 保健室に柔らかな日差しと、カーテンを揺らす、柔らかな風が吹き込む。


「先生、失礼します。すみません」

 コンコンコンとノックがされて、ドアが開く。

 ノックの回数は、三回が正しいマナー。


 三年生のお姉ちゃんに習った。

 面接の練習とかをするのだそうだ。


「風祭くん。先生が今居ないようだけど、どうする?」

「うん? 別に」

「寝ていないなんて、おかしいですよね。風祭くんなのに。あっいえごめん」

「ああ。そうだな」


 颯司は目に付いた丸椅子に、ぽすんと腰を下ろす。


 杏実は先生が戻ってきたときに説明するためと、空いている椅子に腰を下ろす。


 うつろな瞳の颯司。

 目線はベッドに向いている。


 やっぱり寝たいのかな?

「ベッド空いているみたいだし、寝ます?」

「いや……」

 なぜか拒否をする。


「駄目です。なんかおかしいし、寝ましょう」

 そう言って手を取り、立たせるとベッドに向かう。


 目に見える人見さんの体型は、夏服でもアマンダに比べるとささやか、中一ならそんな物だろうがドキドキはしない。


 だが、考え無しに颯司の手を持ち、立ち上がらせたために、ベッドは杏実の背後。

 あっどうしよう、だが、あんよは上手状態で、後ろ向きに颯司の手を引く。


 そう、大体そう言うときに、アクシデントは起こる。

 何もない床で躓くという、四五歳を超えたあたりから発生する謎現象が彼女の足に起こる。


 ベッドの上に杏実の上半身が乗り、その上に颯司が倒れ込んでくる。


 そう、良くある話し。

 颯司の左手は、丁度杏実の右胸に。


 その時、颯司の中で何かがはじける。


 杏実の右胸を揉んだため、限界が来た。

 その瞬間に、突風が吹き、風が巻いた時、風は人の姿を取る。

 それは、杏実ではなく、明らかにグラマラス。


 風の精霊化。

 風の奥義とも言われる。


 その光景を、颯司の肩越しに杏実は見てしまう。


 そう倒れ込み、胸を触られて、目を見開いた。

 偶然だとは分かるが、驚くモノは驚く。


 だけどその視線の向こうで、保健室の中で暴風が吹き荒れ、何時しか風が色を持ち始める。

 水のようだが水ではない。

 空気密度の違いで光の屈折が変わり、それが姿を浮かび上がらせる。


 お化け。当然彼女はそう思う。

 だけどそれは、裸の女の人。


 凜とした佇まい。

「綺麗」

 思わず声が出る。


 保健室のベッドの上、同級生の男の子に胸を揉まれている状況。

 だけど思わずそんな事など、気にならなくなってしまう。


 そんな彼女と違い、颯司の方は焦っていた。

 こけて、手が胸を揉んだ瞬間、記憶から呼び出される今朝の光景。


 あっ、体が反応する。

 その瞬間何かがはじけ、今までとは比べものにならない力が体の中で暴れ出す。


 なんとか制御をしようとするが止まらない。

 今まで抑えられていたんだ、いくぜぇという感じで力が暴れる。


「くっ、抑えきれない」

「えっ。ちょっと待って、私たち中学生だし、そう、先ずは普通にデートとか?」

 颯司の言葉に反応をした彼女、この状態。

 勘違いをしてしまう。

 授業や、友達との会話。

 女の子の方が、この年頃はませている。


 不思議な光景に見入っていた意識を、現実に引き戻すには十分な颯司の言葉。


 彼女はパニックを起こす。

 まだ彼の手は、胸の上。

 そこから、ないんかの波動のようなぬくもりが広がる。

「あっ」

 意識をしてしまうと、彼女にも少しそういう刺激を感じる。


 自分で触れるときとは違う、甘酸っぱい刺激。

 ドキドキする心臓。


「風祭くん」

 そこで初めて、脂汗を流し苦悩している顔を見る。

「えっ? 大丈夫?」

「大丈夫じゃない。逃げてくれ」

「えっ」

 そう言われても動けない。


 上には、颯司が乗っている。

「ごめん少し体をずらして」

「くっ。ああすまない」

 なんとか、横にずれる颯司。


 ベッドの上に仰向けとなった颯司。

 つい苦しい顔と、体の一部をみてしまう。

 男の人って、そんなに辛いの?


 無知なことにより、色々と勘違いしてしまった。

「逃げろ」

 ええと、我慢できず私を襲いそうだから、逃げろと?

 どうしよう、風祭くん。そんなに私のことが?


 彼女は盛大に勘違いをする。


 ちょっと位なら、そう思って颯司の上に……

 その瞬間、颯司は彼女に抱きつきくるっと回転をする。


「ひゃあ」

 彼女が驚いたとき、精霊化をしていた風がはじける。


 それは、建物が揺れるほどの衝撃を起こした。

 制御ができなかった力。


 それは暴走して、保健室を吹き飛ばした。

 とっさにシールドを張り、颯司と彼女に怪我は無い。


 だが、周囲は大惨事である。

 流石に、彼女も驚く。


「えっ何? えっ」

 横に転がる颯司。


 集まってくる人達。

「これは一体、何があった?」

「判りません」

 そう、普通では判らない。


 ただ、苦しそうな颯司と女の子。

 そして、颯司の一部が元気なこと。


 それは、戒厳令が敷かれ広がることはなかったが、その晩から、杏実を悩ませ、妙な方向へと彼女を歩ませることになる。


 呼ばれて説明を受ける、風祭家の両親。

 説明を受けてすぐに理解をするが、颯司にかけられた言葉は「未熟者め」だった。


「ごめん」

 なぜか夕飯は、赤飯だった。


 そして、すべての原因は、何も理解せず、今日も裸でうろつく。

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