第21話 露天風呂

「申し訳ございません」


「いえ、構いませんよ。この子達を泊まらせてあげてください」


「ごめんね、グンジー」


ボーグの村に到着後、俺達は軽く食事を済ませ早速宿屋を訪ねた。


しかし、二軒ある宿のうち古びた一軒は改装工事中。もう一軒は五部屋のうち四部屋を団体の冒険者パーティーが利用しているらしく、残りは一部屋のみだった。


決して広いとは言えない部屋に三人で泊まれる訳もなく、俺は辞退し二人で泊まってもらうことに。


素材はふんだんにあるし、試してみたいこともあるからね。


「じゃあ、俺は近くで野営するから明日の朝またここに来るよ」


「グンジーさん、ありがとうございます。お気をつけて」


預かっていた荷物の中から必要なものを手渡す。

申し訳なさそうに手を振る二人に見送られて俺は村を出た。


民家の中で泊めてもらえるところを探そうかなんて話にもなったが、見ず知らずの人の家で寝るのは気を遣うし性に合わないので丁重にお断りした。


「そんな遠くまで行く必要もないか」


俺は十分ほど歩き、馬車道から少し脇に入った辺りの木々をクラッシュで一掃。


ストックされている素材から以前のようにクラッシュ&ビルドを繰り返しログハウスを作っていると


「なんだ?」


スキル継承時のあの感覚が俺の体を突き抜けた。


魔法と違ってスキルは継承以外でも習得する方法があると言っていたが、こういうことか。


心臓の高鳴りが落ち着いたところで目を閉じる。

スキル欄には新しい項目が追加されていた。


「建築?」


スキルを選び瞼を開けると、目の前には二つの文字が浮かびあがっている。


【木こりの家】

【簡素な平民宅】


「選べってことか?」


俺はとりあえず【木こりの家】を選択したものの何も起きない。


「どういうことだ?」


続いてビルドをイメージする。


すると、収納袋から勢いよく素材が吹き出し、あっという間に自分が作るよりもはるかに完成度の高いログハウスが出来上がった。


「すごい!」


木こりの家とあるが、見た目はほぼログハウスだ。


これまでも思い描いた通りにビルドはできていたものの、一度にビルドできる素材は一種類だし、見た目は小学生の粘土細工レベル。


ビルドしたものを組み合わせる時は形が合わないなんてこともよくあって、若干の不便さを感じていた。


ハンモックのように単純であれば比較的すぐにイメージ通りのものが出来るのだが、鎧や家となると一発というわけにはいかず、何度もやり直しが必要だった。


それはそれで楽しいんだけれども、簡単にベースとなるものが作り出せるのはありがたい。


このスキルがあればクラッシュもビルドも一瞬。

住居に関してはかなり生産性が向上する。


スキルレベルが上がれば、もっとレパートリーが増えるのかもしれないな。


中を覗いてみると木製のシングルベットにテーブルと椅子が一脚用意されていた。


窓は開閉式の出窓になっていて、ところどころにアクセントのレリーフが施されている。


立てかけるだけの引戸と違い、扉は蝶番とドアノブが付いた開閉式。


ステータスの素材欄はオレンジの木と鉄が減っている。


ベッドはあるので、取れたてのシープピッグの毛から布団をビルドしてと。


これで、残るは念願の露天風呂のみだ。


生活魔法には『クリーン』という魔法があり、この世界の人は基本的に水で洗うという習慣がない。


とても楽なので俺も最近はそれで済ませてしまっているのだが、風呂の醍醐味を知っているとそういうわけにはいかないんだよな。


総ヒノキが理想だけど、今日のところは五右衛門風呂で我慢しよう。


水も500kgほど持ってきたから充分足りるはずだ。


鉄を選択し、人が入れるくらいの大きさのお椀型に成形。下には薪を焚べるためのスペースを作りビルド。


素材を水に切り替え、八分目あたりまで注水する。


といっても注ぐわけではなく、ビルドされたのが分からないくらい静かに水が張られる。不思議な感覚。


「よし。いい感じ」


最後は湯沸かし。

これにはさすがに時間がかかるな。


俺は風呂釜の下に薪を放り込み火をつける。


あとは周りにオレンジの木を板状にビルドして目隠しを設置すれば完成だ。



「グンジー?」


湯が沸くまでハンモックに揺られ干し肉をかじっていると、後ろから聞き慣れた声がした。


「あれ? どうした?」


振り返った先には宿に泊まっているはずのサイラとルミナの姿が。


「部屋が借りられたのは良かったんだけど、しばらくしたら両隣の宿泊客が宴会を始めちゃってさ」


「とても寝ていられる状況じゃなかったので出てきたんです。私達も野営しようと思って預かってもらってた荷物を受け取りに……」


「そうそう。歩いてたら灯りが見えたから……」


という二人の視線は俺ではなくコテージと風呂釜に向けられている。


「こんなところにこんな建物あったんだ。よく見つけられたね」


「うーん、あったというか作ったというか」


「作った?」


いずれ伝えることになると思っていたからな。俺は二人にギフトの能力について説明した。


「クラッシュ&ビルド?! 初めて聞いた!」


「生産系のギフトはとても珍しいです! 生産職スキルは普通、後から覚えるものなので」


自分のことのように興奮する二人。


冒険者の存在意義は治安維持にある。

魔物という強大なものから人々を守ることが至上命題である以上、ギフトもそのようなスキルになりやすいのかもしれない。


「あの大きな鍋は? 何か作るの?」


「あれは五右衛門風呂っていうんだ」


「ごえもんぶろ?」


「沐浴みたいなものですか?」


「そうそう。そんな感じ」


この世界で個人宅の風呂は珍しい。


特定の設備以外に上下水道は配備されていないので、水は自分で汲んでくるか、街に設置されている貯水槽から購入する。


元の世界よりも水は貴重なので湯船に浸かる習慣なんてないのだ。


「いいなぁ!入ってみたい!ルミナも一緒に入ろうよ!」


「入りたいね。グンジーさんの後に私達もいいですか?」


入るの?!

風呂釜が少し狭いけど、二人とも細いから大丈夫か。


「それは全然構わないよ。よかったら先入る?」


「いや、最初はもちろんグンジーでいいよ」


そんなやり取りをしているうちに風呂は程よい湯加減に。


なるべく早く出ると伝え、クリーンで身体の汚れを落としてから俺は異世界初の露天風呂を堪能した。


風にそよぐ木々や遠くに聞こえる小動物らしき鳴き声に心癒され、三十分ほどしてコテージに戻ると二人はベッドの上で寝息を立てていた。


「寝顔はまだまだ歳相応だな」


俺は二人に布団をかけてやり、ハンモックで夜を明かした。

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