第20話 シープピッグ

朝靄が残る中、小鳥の囀りを聴きながら俺は厩舎へと向かう。


一日の中で最も好きな時間帯だ。


厩舎に着くとすでに三頭の馬が並び、二人も到着していた。


「ごめん。待たせたかな?」


「いえ、私達もいま着いたところです」


馬にはそれぞれ鞍と足掛けが取り付けられ、手綱はないものの鞍の先端には掴まるための取っ手が付いていた。


「いざ、出発〜」


サイラが芦毛に飛び乗り前方を指差す。

俺とルミナも厩舎の老人に会釈し、あとに続く。


二人はいつも通り並んで先行し、俺はその少し後ろを着いていく。


彼女達は普段の鎧とローブ姿ではなく女性用シーカーの装い。体にフィットした空気抵抗の少なそうな形状をしている。


付かず離れず一定の距離を保つため、先を行く二人から目を離さないよう馬との意思疎通に集中する。


ときおり張り切って中腰になるサイラに置いていかれそうになるやら、目のやり場に困るやらで心乱されるも、そこはなんとかアラフォーの精神力で乗り切った。


今日の目標地点はレッドシダー原生林とのちょうど中間にある小さな村『ボーグ』


ギルド機能は宿屋が兼任しており、最低限の施設は一応揃っている宿場村だ。


ひたすら移動し続ければもっと先まで行くことも可能だが、ただ移動するだけではもったいない。


冒険者のメイン業務は魔物の駆除にある。

オーダー要請がなくとも、常に増殖する魔物が町や都市を襲わないよう定期的な間引きが必要なのだ。


ボーグ周辺の主だった魔物密集地帯は三箇所。


どこも大きめの豚のような魔物しか出ないFランク冒険者向けの楽な業務なのだが、野放しにしておくと魔力のない人間にとっては脅威になる。


わざわざ馬で半日もかけて儲からない作業に来る物好きは少ないので、こういった遠征ついでにまとめて片付けて魔石を買い取ってもらい、いくばくかの報酬をもらうのだ。




出発から三時間。


「そろそろ休憩しようか?」


「そうだね。長旅だからこの子達も休ませてあげないと」


俺達は少し早めの昼食を取ることにした。


「だいぶ慣れたけど、ずっと集中するのは結構疲れるな」


「最初のうちは私もそんな感じでしたよ。でも昨日始めて乗ったとは思えないくらい上手になりましたね」


ルミナが屈託のない笑顔で褒めてくれた。


二人は幼馴染みらしく冒険者になったのは半年ほど前。十五歳という年齢よりは少し大人びて見える。


詳しいことは聞いていないが、二人でバドコリーナの街に住んでいるようだ。


始めて二ヶ月もかからずEランクへと昇格したのはかなり異例なことらしく、今も慣れた手つきで何やら昼食の準備をしている。


さて、俺も仕入れてきた食材で何か作るか。


まずは鉄を使ってフライパンをビルド。

木材から焚き火用の薪を作り出し生活魔法で火をつけ、上にフライパンを置く。


「お!」


火起こしの火力が急に強くなったと思ったら生活魔法のレベルが2に上がっていた。屋内だったらちょっと危ないな。


買ってきた謎肉ブロックをビルドした包丁でステーキサイズに切り分けフライパンに投入。味付けはシンプルに塩コショウのみだ。


「昼からステーキなんて贅沢だね」


「美味しそうな香りがする」


サイラは木の器に盛ったサラダとササミのようなものを頬張り、ルミナは予め作ってきたであろうサンドイッチを上品に食べていた。


「食べる?」


俺は焼けた肉を二人に差し出す。まだ少し赤みの残るレアなくらいが柔らかくてちょうど良い。


「じゃあ、私のも少しあげるよ」


食事をシェアし、食後にお決まりのオレンジジュースを飲んでから俺達は移動を再開。

皮ごとクラッシュされ少し苦さのある味が意外と好評だった。


馬達には昨日大量に買い込んだ人参と牧草を与えた。こちらの世界でも馬の好物は同じのようだ。


ボーグまでの道程はほぼ平坦なうえ馬や馬車が通れるよう軽く整備されている。ひたすら続く山間を駆け抜けることさらに三時間。


俺達は最初の魔物密集地帯へと辿り着いた。


近くの木と馬の鞍をロープで結びつけ休憩させている間に魔物の間引きへと向かう。


ここらへんに多く棲息するのは『シープピッグ』と呼ばれる豚の魔物。


しばらく歩いているとそれは現れた。


確かに顔は豚だが、体は羊のようなモコモコの毛に覆われている球体の魔物。

仕事とはいえ一瞬駆除するのが躊躇われる愛くるしい容姿だが、奴らは俺達を見るなりブヒブヒと鼻息荒く突進してきた。


二人は全く臆する様子もなくいつもの剣と火魔法を駆使して次々に討伐していく。動物とは違い魔石から生み出された魔物との共存はなかなか難しいのだろうな。


背後に現れたシープピッグを俺も張り手クラッシュ。魔力があまり減らないところを見ると今の俺にはちょうど良い強さのようだ。


魔石と一緒に手に入ったのは『シープピッグの毛』だった。


「これいいじゃん!」


今一番ありがたいドロップアイテムをゲット。これで植物系布団からは卒業だな。


そんなこんなで移動と討伐を繰り返し、俺達は三箇所の密集地帯で大量の魔石とシープピッグの毛を獲得した。

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