第16話 図書室へ

教えてもらった図書室は初心者講習会場の向かい側にあった。


中に入ると見慣れない文字の本がたくさん並んでいるが、少し見つめるとすぐに日本語へ変換されていく。


「歴史とかそういうのはいいから、生活に役立ちそうな本を読みたいな」


端から陳列された書物をゆっくり確認していくと、意外にも児童書コーナーに面白そうな本を見つけた。


背表紙には『魔物図鑑』と書かれている。


「どれどれ」


図鑑は種目ごとにページが分かれていて、パラパラめくっていくと、軟体生物にスライムの記載があった。


討伐目安はブルースライムが魔力100、レッドスライムが300。全国どこにでも棲息していてブルーは非好戦的、レッドは好戦的なところが主な違いのようだ。レッドスライムジェルはブルーのものよりも抗菌作用が高いらしい。


「ふむふむ。同じスライムジェルでも違いがあるのか」


図鑑には様々な魔物が挿絵入りで紹介されている。さらに読み進めていくと、ファビアス洞窟特集なるコーナーがあり、昨日戦った魔物達が記載されていた。


「ケイブウルフとケイブバットは討伐目安600〜900」


数値化されていると分かりやすいな。


自己鑑定スキルを発明した大昔の天才魔術師も転生者だったのではなかろうか。


今の俺の最大魔力は400ほどだから、まともにやったらどちらも歯が立たなかったようだ。


床ばかりクラッシュしてたからあまり気にしてなかったけど、これは真剣に鍛錬しないとまずい。


「ケイブバットの羽は防水性と伸縮性に優れ革製品としても人気です。か」


魔石を入れる時の袋にもちょうど良さそうだし、今持ってるアイテムは全部クラッシュして素材にしておこう。


特集の最後は意味深な文章で締めくくられていた。


『この他にもファビアス洞窟にはヒミツの魔物が潜んでいるよ。みんなも冒険者になって、その謎を解き明かそう!』


あえて明かさず知的好奇心を煽る。

啓蒙活動には相変わらず熱心だ。


『ヒミツの魔物』の討伐目安は1500。

サイラ達なら余裕だろうが、俺が知らずに戦っていたらやはり大惨事だった。


ミミックマンらしきシルエットの挿絵まで描いてあってヒントも豊富。


一通り見終わったところで、今度は植物図鑑を手に取る。


子供の頃、じいちゃんが誕生日のたびに買ってきてくれた図鑑シリーズ。正直、俺はゲームソフトの方が欲しくて毎年残念な気持ちになっていた。


でも、なんだかんだボロボロになるまで読み込んでたんだよね。図鑑の面白さを知ったのはじいさんのおかげか。


初心者には大人向けの小難しい本より児童書レベルがちょうどいい。冒険者を夢見るちびっ子向けに書かれているので、とても分かりやすい。


心情的には今の俺と大差ないしね。


植物図鑑には植生や果樹、薬草などの情報、地域ごとの分布図なんかが詳しく書かれていた。


俺は買った地図にこの街周辺のそれらの情報を大まかに書き込んだ。


コリーナの木のような初めて見る名称もあるが、知っている木に近いものはヒノキや杉の木などの表記に変換してくれているらしい。


バドコリーナの街は三方向を海に囲まれた半島の形をしていて、大陸と繋がっている北東側にはリッチーマイン大森林と呼ばれる樹海が広がっている。


人や物資の往来は比較的多いので街道は整備されているが、それ以外はまだまだ未開の地。


俺がいたのもその未開エリアというわけだ。


この辺に一番多い木はコリーナだが、低木で幹も細く腐食しやすいので建築資材としては向いてないらしい。


幸いにも街と隣接している大森林の南側にはレッドシダーの針葉樹林帯があった。軽くて扱いやすく耐久性もあるのでログハウスには最適だろう。


「うーん、行ってみたいけど、歩いたら何日かかるか分からんなぁ」


続いては鉱物図鑑。


図鑑には宝石類も記述されていて冒険者と同じくA〜Fのランクに区分けされている。

その中にファビアスジュエルの記述があった。


総合ランク︰E

希少性 ︰D

入手難度︰E

加工難度︰E

内合属性︰火


宝石の価値としては平均より下といった感じだが、あの洞窟でしか獲得できないことから遠方になるほど希少性は増すようだ。


入手難度は意外にもE。初心者にはちょっと難しいだけでジュエルとしては取りやすいほうなんだろうな。


それと、注目すべきは内合属性。


ジュエルにはそれぞれ付与効果があるらしく、ファビアスジュエルを手にした者は火属性の恩恵を受けられるのだとか。


「これはルミナに渡したほうが良さそうだな」


「ママ〜、えほんよんで〜、ルイーダひめのだいぼうけんがいい〜」


いつの間にか時間は昼近くになっていた。

児童書コーナーに地図を広げ占領すること四時間。


「あ、こんにちは、失礼しました〜」


俺は急いで地図と本を片付け、母親らしき女性に軽く頭を下げる。


不思議そうに見つめる子どもと作り笑顔の女性を余所目に図書室から出て一階に降りると、冒険者の数はまばらだった。


提出されたオーダー票は毎朝九時頃に貼り出されることが多いようで、一番賑わう時間帯なのだそう。


もう昼前だから、みんな出払って行ったというわけか。


受付のシスカさんに軽く会釈してギルドを出る。


日差しが眩しく降り注ぐ中、俺はさきほど調べたある場所へと向かう。


石造りの大きなアーケードを抜け、街を出て南に進む。木々をかき分け道なき道をひたすら歩くこと三十分。


「確かこの辺りだと思うんだけど」


視界は見渡す限り木々に覆われている。


「お、見えた」


前方の景色が変わり、視線の先には目的の小川があった。この川は透明度が高く、水質の良さから両岸には上質なコリーナ薬草が群生しているらしい。


足元を見渡すと、案の定ところどころに薬草が生い茂っていた。俺は採集と同時にクラッシュし、傷薬となるコリーナ薬草の粉末を収納袋に放り込んでいく。


「あとは水もストックしとくか」


水面に手をかざしクラッシュ。水は粒子となり巾着袋へと吸い込まれていった。


水さえあれば三週間は死なないっていうし。常備しておくに越したことはないだろう。

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