第8話 初めての会話
そのまましばらく街道沿いを歩いていると、前方で何やら人の声が聞こえる。
「どうにかしてください!もうすぐ夜だっていうのに、こんなところで野宿なんてできません!」
「すんません。すんません。何とかしますので、もう少しお待ちください」
何やら派手な鎧を着た女性が、如何にも御者といった風貌の老人を責めたてている。その横には明らかに傾いた馬車。
「夕方には街に着いてるはずだったのに野宿は困りますね。このあたりは夜になるとたまに強い魔物も出ますし」
幌の付いた客車から黒髪の若そうな女性が顔を出し、ため息をついた。
おそらくこの二人を送迎中に何らかの理由で車輪が外れたか壊れたかしたのだろう。御者の老人はオロオロするばかりで為す術なしといった雰囲気。作業は一向に進んでいない。
これはチャンスだ。
「ここから歩いたら街まで5〜6時間はかかるのに〜」
「すんません、すんません」
「あの〜、ちょっといいですか?」
ひたすら謝る老人にまだ言い足りないと女性が口を開きかけた時、俺はするりと会話に割って入った。
「誰ですか? 馬車なら乗れませんよ。これを見れば分かるでしょ」
「お困りのようだったので気になって」
「冷やかしなら結構です。一人でこんな時間にこんなところで何してるんですか? もしかして盗賊?」
「いえいえ、違いますよ! 馬車の車輪が壊れたんですよね? もしかしたら直せるかもしれないと思って声をかけたんです」
俺は剣を抜こうと身構える女性を慌てて制止した。
「ホントですか? 見た感じ何も持ってなさそうだけど、どうやって直すんですか?」
「えぇ、まぁ、ちょっと馬車には詳しいので。ただ、その代わりといってはなんですが、直せたら私も一緒に街まで送ってもらえませんか?」
我ながら厳しい言い訳だが、見ず知らずの人にいきなりスキルを披露するのも気が引ける。
しかし、馬車に乗って街まで案内してもらえる機会をみすみす失うのも勿体ないからな。
「直るなら、もちろんそのくらい構わないですけど」
老人もへいへいと言いながら小刻みに頷いている。客同士が納得しているのであれば問題なさそうだ。
「分かりました。では一旦馬車から降りてもらっていいですか?」
黒髪女性が足元を確認しながら外に出る。鎧の女性とは対照的にこちらは魔法使いのようなローブを身に纏っていた。
俺はまず馬車の壊れていない車輪を確認。
なるほど。こういうふうになってるのか。
意外とシンプルな構造で助かった。
「修理するので馬車の客室部分を持ち上げたいのですが、何か道具はありますか?」
「えー、こんなものなら」
老人は馬車から踏み台のような道具を取り出した。
ちょうど車輪の取り外しがしやすい高さ。修理する際、下に潜り込めるようジャッキアップするためのものだろう。
あとはこの上に荷車を乗せられればいいのだが。
「持ち上げればいいんでしょ? 私がやりますよ」
鎧の女性が両手で荷車をひょいっと持ち上げる。
それほど大きくないとはいえ、普通なら大人の男性が二人がかりで持ち上がるかどうかといった感じのものを小柄な女性が軽々こなすとは。
やはり特殊な能力を持っているんだろうな。
老人がお礼を言いながら、すかさず踏み台をかます。
潜り込んで見ると、軸となる部分が折れ車輪自体も割れていた。
俺は各々にクラッシュ&ビルドを発動。
元の形が分かりやすいので0から作り出すのに比べたら直すのは簡単だった。
一瞬、車輪が消えたのには驚いたが、ちょうど陽も落ちかけていたことでそれに気付いた者はいなかった。
「終わりました」
「え!もう?」
「おじいさん、ちょっと動かしてみてもらえますか?」
「へい」
老人が馬に何やら指示を出すと馬車はゆっくりと動き出した。
「すご〜い!」
「直りましたね!」
夜の帳に嬉しそうな二人の声が木霊する。
「じゃあ、乗っていいですか?」
「もちろん!」
およそ二時間の行程。
俺は二人にこの世界の話を聞きながら街まで連れて行ってもらうことになった。
女性の名は派手な鎧のほうがサイラ、魔法使いのほうがルミナ。
これから向かうのは港湾都市バドコリーナという街で、コリーナは地名、バドは国鳥である犬鷲の始祖とされている伝説上の生物とのこと。
彼女達はその街を拠点に活動している冒険者だった。
サイラは近接攻撃が得意なファイタータイプ、ルミナは魔法が得意らしい。見たまんまだが。
冒険者ギルドから依頼された案件を達成して帰る途中に馬車の車輪トラブルに巻き込まれたそうだ。
冒険者のランクにはA〜Fの六段階があって、彼女達はEランク。あの街では過去最も早くFランクから昇格したのだとサイラが鼻息荒く自慢していた。
この世界では十五歳の時に全ての人が天啓を受け、ギフトとステータスを授かる。
最初の能力は皆同じだが、様々な行動によって各種能力が強化されていく。それらはステータスによっていつでも把握できるようになっているとのこと。この辺は俺も理解している。
ちなみにどんなギフトなのか聞いてみたが、初対面の人にはあまり言いたくないと教えてもらえなかった。それはそうだろうな。
記憶喪失だと伝えたら、とりあえず冒険者ギルドに行くことを勧められたので、着いたら行ってみようと思う。
「ありがとう。少し記憶が戻ってきたよ」
と言って、俺は二人にオレンジジュースを差し出した。木で作ったコップにオレンジの実の素材を粉末状にビルドして水と混ぜただけのものだ。
「え!ちょっと今どこから出したの?」
「これだけど」
俺は腰につけた小さな巾着袋を指差す。
そんなに驚くことなのか?
「コップのまま出てきたように見えたけど、どうやって入れてたの?」
「貰い物なんだけど、この袋には何でも入るらしいんだ。あ、コップは新品だから安心して」
「収納スキルですよね? たまに持ってる人はいますけど、液体がそのまま入るとなると異空間タイプ? かなりのレアスキルですね」
レアなのか。誰でも持ってるのかと思っていたが。
「詳しいですね」
「私、スキルオタクなんです」
ルミナが姿勢を正しニコリと微笑む。
「ふ~ん、収納スキルいいなぁ。私達は覚えられなかったからなぁ」
サイラが腕組みしながら羨ましそうに袋を見つめてくる。
「お待たせしました。到着です」
二人が美味しそうにオレンジジュースを飲み切った頃合いで、御者の老人が声をかけてきた。
「あ、はい」
サイラがピョンと飛び降り、ルミナがゆっくり後に続く。
「修理までしていただいてなんとお礼したらよいか」
「いえ、気にしないでください。こちらこそありがとうございました」
「さっきは言い過ぎちゃってごめんなさい」
おじいさんが平身低頭してお礼を言うので、俺とサイラも腰を屈めてそれに応えた。
「二人も乗せてくれて助かったよ」
「通りかかったのがグンジ―で良かった。また会ったら宜しくね」
グンジ―とは俺のこと。
名前を聞かれて咄嗟に出たのがこれだった。
「ありがとうございました」
ルミナがペコリと頭を下げる。
俺はにこやかに手を振り二人と別れた。
さて、これからどうするか。
少なくとも数日はかかると思っていたのに予想以上に早く着くことができた。
宿に泊まる金はないし。せっかく街に着いたけど、今日のところは野宿かな。
穏やかな潮騒に癒されながら、俺は夜の港を宛もなく歩いた。
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