第3話 掘っ立て小屋

間隔が二〜三メートルほどある手頃な幅の木にハンモックの両端をくくりつける。


あの後いろいろ試して見たところ、クラッシュもビルドも部分的にできることが分かった。


もちろん魔力と素材は消費するのだが、作り直すよりは魔力を節約できるし、細かい部分を調整しやすい。さすがは魔法の世界。


ハンモックも木に固定する部分は強度を上げ、ちぎれないように改良してみた。


それでも素材の質は変わらないので、八十キロほどの体重があった前世の自分ではこのハンモックに乗れなかったであろう。今世の体はスリム(やつれてる?)なので助かった。


「よいしょ」


ほうほう、これはなかなかいいですぞ。


少し固くてギシギシするものの、この手作り感がいい味を出している。安定するまでバランスを取るのが難しそう。これは体幹が鍛えられそうだ。


ハンモックが出来ただけで一気にアウトドア感がでた。こうして横になって揺られているとすぐに眠くなってしまうな。


さて、次は何を作ろう。


椅子とかテーブルも欲しいし、テントも欲しい。でも、ここで野宿するとなったらまず必要なのは雨風や外敵から身を守るための小屋かな。


家と言いたいところだけど、最初からハードルを上げすぎると挫折するのが目に見えているので無理はしない。何事も一歩一歩コツコツとね。


早速、近くの木に触れてクラッシュと念じてみる。が、何も起きない。


「できないか」


大きさに制限でもあるのかな?

それとも魔力が足りない?


とりあえず、もう少し辺りを散策して素材を探してみよう。ついでに水と食料も。


この世界に四季があるのか分からないが、今は気温も湿度もほどよいので、とても過ごしやすい。


これが真夏や真冬だったら過酷さが尋常じゃなかっただろう。たまたまなのか、それとも転生者への配慮なのか。


俺はハンモックからゆっくりと降り、左右を見渡す。太陽の位置からすると今は昼過ぎくらいのはず。暗くなるにはまだ時間がある。


倒木でもあればとりあえず収納して持ち帰るんだけどな。


ログハウスとまではいかないまでも掘っ立て小屋くらいは今のうちに作っておきたい。


と思っていたのだが、小一時間歩いてみてもそんな期待とは裏腹に見慣れた景色が続くばかり。


こうしていると別の世界とは思えないくらい前の世界とそっくりだ。風景や澄んだ空気、鳥の囀りまでもが非常に酷似している。


一歩一歩地面を踏みしめる俺の足音がとても大きく聞こえる。

それにしても何もないな。


「とりあえず戻るか」


あまり闇雲に歩いても体力を消耗してしまうだけだし、迷っても困る。

まぁ、戻ったところで粗末なハンモックが一つあるだけなんだけど。


来た道を戻ろうと踵を返したその時、右の草むらから何かが飛び出してきた。


「うお!」


出てきたものを見て、一瞬思考が停止した。


森の中で小動物と遭遇するだけでもなかなかレアなのに、目の前にいるものはもちろん初めて。


「これはスライム?」


ゲームや漫画でしか見たことのない物体が目の前にいる。今までの既知感が一気に崩れ去った瞬間だった。


近くで良く見るとやっぱりキレイだよなぁ。向こう側が少し透けてプルンとした弾力があり巨大なゼリーみたいだ。


どんな構造をしているんだろう?


こんなに土や落ち葉だらけのところにいて、あの瑞々しさ。かぶりつきたくなるくらい美味そうだ。


スライムが食料になったらいいんだが。

いろんな異世界もの作品に登場する割にスライムを食べるってのはあまり聞いたことがないな。


クラッシュも収納も触れないとできないし、そもそも生き物なんてできるのか?


今は戦うための武器もない。

あえてリスクを取る必要はないから、とりあえず今回はスルーしよう。幸いスライムも襲いかかってくる気はなさそうだし。


スライムを素通りし、俺はまた一時間ほどかけてハンモックの場所まで戻った。


現在の魔力は50。

往復の二時間ほどで20回復したから、あと五時間もすれば完全に回復するはずだ。


「昼寝でもするか」


二時間も歩いたから少し疲れたし。ハンモックに横になり目を閉じると俺はすぐに意識を失った。



目が覚めたら思った通り魔力は全回復。


これでログハウスが建設できるとばかりに意気込んで近くの木に触れてみたものの、やはりクラッシュはできなかった。


「なぜだか分からないが、できないものは仕方ない」


木材が駄目となると、いま周囲にあるクラッシュ可能な素材は石と草。


草で小屋を作るのは難しいので、そうなると石ということになる。落ちている石を拾い集めていたのでは埒が明かないよな。


俺はふと前方に視線を移す。


「あれなら材料にできるかな?」


足を踏み外したであろう崖の岩肌を見つめる。


悩んでいても仕方ないし、ひとまずやってみるか。


俺が岸壁に手を当てクラッシュと念じると、触れている部分から半径1メートルほどの岩壁がサラサラと粒子に変わっていく。


「やっぱこれ気持ちいいわぁ」


クラッシュ、クラッシュ、クラッシュ


俺は手当たり次第、崖を粒子に変え収納する。

崖が崩れない程度に満遍なくやらねば。土砂崩れにでも巻き込まれたら最悪だ。


あとはこれらをどこにビルドするかだが。


すでに魔力は80まで減っていた。


「素材には余裕を持っておきたいけど、ビルド用に半分くらいは魔力を残しておきたい」


今回はビルドまでにして、細部はまた明日にしよう。


ちょくちょく残り魔力を確認しながらクラッシュを続け、50になった時点で石素材が800kgになった。


これでどのくらいの小屋ができるのか。

今回はサイズ指定せず魔力が尽きるまで最大の大きさにビルドしてみよう。


崖から離れた雨風が多少なりとも凌げそうな大木の下。建てるならこの辺りだな。


慎重に出来上がりをイメージして、


「ビルド」


大木の近くの地面に粒子が噴出する。

目の前にはあっという間に石造りの掘っ建て小屋が出来上がった。


「初めてだからこんなもんか。うぅ、魔力が無くなると疲労感が半端ないな」


灰色一色なのは少し味気ないが、風化した材質にはレトロ感があり、三角屋根と煉瓦風の外壁デザインもうまく表現されている。


広さは三畳ほど。

寝る分には支障ないものの正直、中は狭かった。

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