六
おれは子どものころ、関東の……にちょっとだけ住んでた。親父が超のつく転勤族だったんだ。半年で転校したこともある。借金に追われていたとかじゃない、単純にマジで転勤の連続だったわけ。
で、詳細な地名は省かせてくれ。たぶん特定される。
クラスメイトにS子って女子がいた。
そいつの家はサイアクだった。酒乱の父ちゃんと母ちゃんとS子が暮らしてるのは、竹林の前に設置されてた、たぶんあれ地域のゴミ掃除の道具とか突っ込んである物置だった。なんで知ってるかっていうと、転校生のおれをクラスみんなと仲良くさせようって担任が気をつかって、休んだ子の家に宿題とか届けさせられてたんだ。S子はしょっちゅう休むから、そういうときは金曜日にまとめて持って行った(あとで考えれば担任もS子の家に行きたくなかったんだろうな。というか転校生にやらせるなよ)。
で、その日もS子の家に宿題届けに行ったんだ。物置の戸はいっつも全開だから、酒飲んでる父ちゃんとまず目があった。そしたらその父ちゃんがS子はいねえぞって言うんだ。なんでいないのかおれは考えもしないで、物置の入り口に宿題とかまとめて置いた。振り返らないで走って帰るつもりが、その前に見たんだ。父ちゃんが、裏の竹林を指してるの。でもおれはそのまま走って帰った。
おれは次の日、S子の家の前を通らないように竹林に入っていった。整備なんかしてない竹藪の中だから、中から外も、外から中もなんにも見えなかった。
で、S子がいた。
いきなり出てきた。おれは驚いて転んだ。腰が抜けた。逃げられなかった。
だってS子、死んでたんだ。
なんでわかるかって、小六になる女子が全裸で竹林で寝てるってありえないだろ。しかも首に変なアザがあった。
あれ、手で絞められたんだって、でかくなってからわかったよ。
S子、殺されてたんだ。誰にかはわからない。
「黙ってなきゃ殺すぞ」ってのは、S子の父ちゃんの声だった。振り返ったら酔っぱらって顔赤くしたS子の父ちゃんと、同じくらい酔ったおっさんがいた。
おれは逃げようにも足が動かないし、叫ぼうにも声が出なかった。そしたら目の前でS子の父ちゃんが、そのおっさんから金を受け取って、S子をおっさんに犯させた。おれは逃げられなかったし泣けなかったけど、とにかく吐いた。朝に食ったイチゴジャムがすっげえ気持ち悪かった。あれ以来ジャムが死ぬほど苦手になった。S子の父ちゃんには笑われた。
そしたらその親父、おれにもやれよって言ってくるんだ。おれは首振るんだけど、おれ、怖かったんだけど、小六でも体だけ男になってたんだな、S子の裸見て、勃ってたんだ。おっさんがS子の腹に出してから、おれにS子をあてがってきた。S子の父ちゃんにズボンをおろされてたおれは、おっさんに使われたばっかりのS子のあそこにちんこを押し当てられた。
びっくりした。S子の体は、なんていうか、氷とかとは違った冷たさがあったんだ。刺さるような冷たさじゃない。包み込むような、
それなのにおれ、次の日またS子のとこに行ったんだ。何もしてないけどな。次の日も、次の日も次の日も、学校が終わったらすぐ、土日になったら必ず行った。小六にもなれば、人は死んだら腐るってことくらい知ってたよ。けどS子はぜんぜん変わらない。ついにおれが引っ越すまで、S子は腐らなかった。時期は五月の頭から夏休みまでだ。
ありえないだろ?
大学生になったおれは、ちょうどその土地出身のやつと友だちになった。
そしたらそいつが教えてくれたんだ。腐らない死体ってのがあるって。
生前、他人から愛された記憶がないやつってのは、死んでも、なんとかして他人から愛を受け取ろうとするらしい。ようは愛されたいんだって。でも死ぬと、反転するんだって知ってるか。水にお湯を入れるとか、着物の合わせ目を逆にするとか、葬式でやるだろ。あれは死者に、あんたは死んでるんだってことを教えるための手順なんだって。だから「死んだら逆」になるわけだ。すると死ぬまで愛されなかったやつってのは、死によって価値観が反転させられて、死んだあとに受ける暴力を「愛」だと思うんだって。だから死んでも腐らないやつがいたら、めちゃくちゃにぶん殴って、ちゃんと死なせてやらないといけないんだって。殴って愛し抜いてやるんだって、そいつは言った。
おれは当然S子を思い出した。S子は誰にも愛されずに死んだから、腐らない死体になったんだ。そして死んでから、父ちゃんやらおっさんやらに性的な暴行(実はあのあとも何回か、S子がボコボコにされてるの見てる。遠くからだから、見てるしかなかったけど)されて、S子は、あれで満足してたのかって思ったら、友だちの前で吐いたよ。
S子お前、死んだのに、そこまでして愛してほしいのかよって。そんなの生きてる人間にとったら愛でもなんでもねえのに。
それで、今でもたまに思い出すんだよ。
S子、ちゃんと愛し抜かれて死ねたのかなって。
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