うつせみ
篝 麦秋
うつせみ 前
夏休みの終わり。その日が近づくと、高校生の自殺率は一気に跳ね上がるのだという。
盆を過ぎても酷暑は続く。みんみん、じーじー。遠くの山で鳴く蝉の集団は、暑ければ暑いほど騒がしい。長い年月を土の下で過ごしたのだから、その一生の最期を美しく飾ろうと、今日もまた懸命に生きている証拠だ。
でもそれって、結局は子孫を残すためなのよね。人間的にいえば、性行為相手を探すための見栄の張り合い。あいつより俺の方がかっこいいだろう? なんて、そんなあからさまな求愛行動に、でも、私も蝉だったら惹かれるのかな。
「蝉って気持ち悪いよな」アスファルトで仰向けになったまま動かない蝉を見ながら、
「でも蝉にとったら、あいつすっごいモテモテだったかもしれないよ」
「モテ過ぎて、交尾で体力使い果たして死んだみたいな?」
蝉が土中で数年もの長い期間を過ごす理由を、私は知らない。でも地上に出てきてけたたましく鳴いて、交尾を終えたらさっさと死んでいくのだとすれば、蝉は性行為のための体力を蓄えるためだけに育ってきたといっても過言じゃない気がする。
逆に言えば、数年もの長い期間をかけて、溜めて溜めて溜め続けた体力すべてを使って行った性行為の果てに、蝉は死ぬ。
人間である私にはまったく想像がつかないけれど、でもそれって、どんな一生だったんだろう。暗く冷たい日々のあとに待ち受ける、身も心も焦がす季節を過ごすひと時。持ち得る体力すべてを使い果たして、命さえ削って、そして命を尽くして求めた相手に、自分の子孫を委ねる。
想像はつかないけれど、考えることはできる。
きっと、その蝉の一生は幸せだったんだろうなって。
好きになった相手のすべてを求めて、好きになった相手に全身全霊で求められて、幸福なまま一生を終えていったに決まっている。人間にもそんな幸せがこの先待っているのだとすれば、自ら命を絶つなんてとても愚かな行為に違いないのに。
「
蓮は日に焼けた肌に汗を垂らしながら、くしゃっと笑った。真っ白な歯がのぞくその口に、カロリーゼロの甘さ控えめカルピスウォーターを流し込む。甘さが控えてあるだけで、決して甘くないわけじゃないけれど、私は好きじゃない。なんだか、ぽっかりと大事なものが抜け落ちたような味わいがする。さらっとしたのどごしがいいんだよ、なんて蓮は言うけれど、私は理解しがたかった。
「俺はね、甘いものがそんなに好きじゃないわけ。でも、のどが焼けそうなくらい甘いのが目に入ってばっかりだから、甘さ控えめのこれで十分なの」
「なあに、その甘いのって」
額をこづかれた。バスケ部だった背の高い蓮から受けるその攻撃は、重力も相まってけっこう痛い。重力は関係ないだろって蓮は笑うけど、絶対に関係ある。私が蓮に同じことをして腕を突き出すより、上から突かれる方が絶対に痛い。絶対こっちの方が痛い。絶対に私の方が痛い。痛い痛い痛い痛い痛い!
「わかったわかった、ごめん、ごめんって。怒らない怒らない明世ちゃん、はーい怒らないの、ねっ」
「同じこと何回も言わないで! ぜんっぜん誠意伝わってこないから」
「言葉だけで誠意伝えるのは難しい話だよ」
「蓮がちゃんと伝えてくれないからでしょ」
頬を膨らませれば、蓮がつついてくる。だからぶふーって口から息を吹き出してみせれば、蓮はけらけら笑う。心からわいてきた思いをそのまま声に出せば笑い声になって、楽しくて、ふと見上げたら、美しい人がそこにいた。
夏の青空を背景に、短かった髪の毛が少し伸びて、湿っぽい風に毛先がはらりと揺らされる。蓮は背が高くて、毎年毎年背が伸びていた。いつかその背が空にまで届いて、あの青空を頭がぷつりと突き刺して、青空の素をでろりと地面に落とすんじゃないかってくらいにまで成長していきそうで、ときどき無性に怖くなるの。
「なんで急にしょげるんですかー、明世さーん」
泣きそうになると、私は黙る。泣き顔だけは絶対に蓮に見せまいとして歯を食いしばった結果、沈黙に至るせい。今がまさしくそう。うつむいて、口を真一文字に結んだまま何も答えない。こらえろ、こらえろ私。
あの青空の向こうには、私の妹がいる。夜の空を見上げれば無数に輝く星々があって、そのうちのどれかは私の死んだ妹。産まれてすぐに死んでしまった妹は、蝉みたいに果たせなかった想いを少しでも生きている私たちに伝えたいと思って、昨日の夜も、きらきらまたたいていた。
青空の向こうは、死んだ人が行くところだ。だから私は、蓮の背がこれ以上伸びて、向こうに行ってしまわないように強く願う。夏は特に、自ら死を選ぶ高校生が多い季節だから。
「明世」いつもより何倍も優しい声で、蓮が私を呼んでくる。「どうした」
誰も傷つけることのない、マシュマロみたいな柔らかさで私を包んでくれる。大きな体で爽やかなカルピスのにおいをまとった蓮が、私は大好きだった。好きな人に抱きしめられて、暑いなんて文句はひとつも出てこない。だって高校生の恋愛に、冷たさなんて必要ないでしょう。若気の至りと笑われたっていい。笑う人たちの過去にだって、そうした一時の思い出はあるはずなんだから。
「蓮は、死んだりしないよね」
「またいきなり変なこと言う」
「だって、自殺する子のほとんどは県外行きの予定があった子らしいよ」
就職のために県外へ出向く子や進学先として都心を選ぶ子が主に、死を選ぶと聞いている。蓮は就職予定で、しかも県外行きを希望していた。若い子が地方都市のここではなくて都心を就職先として選ぶのは、いうまでもなく賃金が高いからだ。
「明世は看護学校だもんな」
私は自宅から通える看護学校を選んだ。母一人子一人の生活だから、あまり負担はかけられない。でもそれは蓮も同じで、母一人子一人だからこそ、はやく高校を出て働きたがっていた。
「俺は別に、母ちゃんに恩返しするために働きたいわけじゃないから……いや、そういう気持ちがないわけじゃないからね? そんな親不孝な子どもじゃないからね?」
でもさ、と私の目を見つめてくる。胸を射抜く、揺るぎない視線。誠意って、そういうところに宿るのよ。蓮は知らないんだろうけど。
「俺は、明世のこと迎えにいけるようになりたいから、働くわけだし」
「迎えって」
「だって、結婚したいじゃん」
若気の至りと、大人たちはきっと笑うんでしょう。子ども同士のたわいない約束。大きくなったら結婚しようね、なんていう幼なじみの指きりげんまん。高校生の求婚だって、大人たちにはそれと同列に扱われてしまう。
でも、蓮が言ってくれるのなら、私だってそれは本気で受け取りたくなる。
「俺は、明世と結婚したいと思ってる」
まっすぐに、真摯に言葉をぶつけてくれる。ねえ、それが誠意だってこと、蓮はわかっていないんでしょう。
「看護師になるのは応援してるよ。でも俺がちょっと遠くに行ってる間に、ほかのヤツのところに行かないでくれたら、うれしいんだけどなあ」
「なんでそういう当たり前のこと言うかな」
手のひらで、バンっと蓮の胸を叩いた。部活を夏休み前に引退した蓮は、それでも毎日筋トレを欠かさない。だから胸板は相変わらず厚くて膨らんでいる。私の胸をうらやましいとイヤらしく見つめてくるけれど、蓮の胸は筋肉で鍛えられて厚いのであって、私は脂肪の固まりで大きいだけだから別物なの。だいたい、揉まれたら大きくなるんだよとか言って、大きな手で揉んでくるのはいったいどこの誰だと思っているの。
「当たり前のことって言うくらいなら、待っててくれるんですかー?」
「だ、か、ら、当たり前って言ってるでしょ!」
べしべし、何回胸をたたいても、蓮は怒らない。私はやられたら痛いって大わめきするのに、蓮は痛くないみたい。はいはいと笑って受け流して、歩きだそうとする蓮の隣で、私も歩を進めていく。
「それにしても、明世は怖がりだな」
「別に幽霊もホラーも嫌いじゃないよ」
「じゃあ俺が死んだら幽霊になって会いに行くから、明世、玄関開けてよ」
むっとした。だから、死ぬとかそういう話はしたくないんだっていうのに。怖がりだからとか、そういう理由じゃなくて。
「私、スプラッター系も苦手じゃないから。今度一緒にそういう映画見ようね」
「すいません……内臓系は勘弁してください」
いやいやでもでも、そうじゃなくて。
おびえた蓮が私に伝えたかったのは、そういう意味じゃなかったらしい。
「明世は、人が死ぬのがほんと怖いんだなって」
母が看護師で、その背中を見て育った私も看護師を目指した。
でも私は、人が死ぬということが怖い。本当は誰だって怖いはずなのに、それでも死を選ぶ人の気持ちなんて、私にはもっとわからない。誰もがみんな、死にたくないと思っている……はず。それでも、不慮の事故や病気や、思いがけないところで死にさらされてしまった人は大勢いる。今も私の知らないところで、泣いて苦しんでいる。そうした人たちを助けたいからこそ、自らの恐怖を押し殺して、人を助ける仕事に就きたいと思った。
人はいずれ死ぬ。
それはわかっている。でも、身近な人が死ぬ苦痛が耐えがたいことも、私は知っている。
「話したでしょう。……妹がね、臨月まで育ってたのに、お母さんのお腹から出てすぐ死んじゃったから」
私の母は未婚で私を宿して出産した。看護師として安定した収入があるから、結婚はたいして魅力的じゃなかったみたい。それでも子どもが欲しいという思いはあって、生殖細胞の提供を受けて私を出産した。私に妹を作ってあげたい思いもあって、母はそれにもう一度挑戦したところ、妹を授かった。
でもその子は、母の体からこの世に産み落とされてまもなく、命を落とした。予定日よりだいぶはやい破水が母を襲ってしまい、中学生だった私には何がなんだかわからなかった。
そうこうしているうちに、妹は家のトイレで産まれてきた。真夏の蝉よりも、もっとずっと激しく泣いて、生きるために生まれてきたと叫んでいた小さな赤ちゃん。それが搬送先の病院で死んだと母から電話を受けたとき、妹に負けないくらいの大声で私も泣いた。
「へその緒じゃなくて、大腸だったんだって……脚の間からびろんって、ちょっと細長いものが出てたの……お腹の中で、体がうまくできてなかったってお母さんが教えてくれて……。あっ、ごめんね蓮」
えずく蓮は、情けないくらいにグロテスクなものが苦手だった。保健の教科書に載っている生殖器のあり方を説明した断面図を見るのもだめで、それを見て興奮するクラスメイトたちを非難していた。そうしたら、自分のじゃない本物をじっくり見られるイヤミかと言い返されていた。本物って言い方もどうなんだろうって感じだし、その本物の指すところは蓮の恋人である私だし、断面図はだめでも実践なら平気な蓮は、やっぱり少しおかしいのかもしれない。性行為についてのページだけは、ちゃんと読めたし……するし。
「看護師と結婚するの怖いよ俺」
「大腸ぶら下げて帰ってくるわけでも血まみれで帰ってくるわけでもないから」
「血は平気だけどさー」生きていく上で、仕方ない範囲なら。「内臓系はだめだって……」
「看護師と結婚するのイヤ?」
「んー? でも俺が結婚するのって、看護師じゃなくて明世じゃん? だったら、イヤも何もないよ」
蓮には、何度も辞書で誠意って言葉の意味を引かせても、きっと永遠に理解できないんだろうな。
「じゃあ私が蓮の赤ちゃん産むとき、立ち会ってくれる?」
「う……考えとく」
性教育の授業で助産師さんが話をしてくれたとき、妊婦さんが出産する映像を流したことがあった。生命の神秘、母親の力強さ、それを支えるお医者さんに助産師さん、看護師さん。そして出産を喜ぶ妊婦さんの家族に、私は見とれていた。私もいつかああやって、いろんな人に、たくさんの人に、自分と蓮の赤ちゃんを出産する瞬間をお祝いしてもらいたい。
蓮はあの授業中何度も悲鳴を上げて、うるさいって先生にしかられたから、たぶん立ち会えなさそうっていうのは読めていたけれど。
「手くらい、握っててもらいたいかな」
「今、今やる、今」
バッグに戻したカルピスで冷え切った蓮の手は、すごく湿っている。汗なのか、カルピスの結露なのかわからないけれど、冷たくて気持ちいい。いつまでも、いつまでも離さないでいてほしかった。
小さくても私の家は一軒家。女子高生の一人娘を育て、看護師として働きながら母が購入した家だ。真っ白な外観で、やっぱり小さいけど庭もある。花壇にはひまわりが植えられていて、みんなで降り注ぐ太陽光を浴びていた。自分だけが太陽の恋人になって、その愛情を独占しようとしているみたい。大急ぎで種を植えたんだけど、時期はいろいろ間違えていた。
「間違えたって何が?」
蓮のそれに、私はくすりと笑って返した。ずっと黙っていたのには理由がある。秘密だったの。
玄関を開けようとしたら、先にその扉が開いた。うわあっと声をあげてのける蓮に驚く人もいて、それはもちろん家で私の帰りを待ってくれていた母に違いないのだけど、なんで外出用の格好をしているの。
「今からちょっと、病院よ」
「どうしたの? お腹の子に何かあったの」
「違う違う」と母が手を振る。「仕事よ。予定していた人が体調崩したみたいで、代理で呼ばれたわけ」
安定期に入った母は、産休を取ってもたまに病院へ顔出しに行く。看護師で出産経験あり。さらに妊娠中ということもあって、病院で行う育児教室の応援として頻繁に呼ばれるためだった。
軽快に笑って見せた母と、安堵のため息をつく私を見て、それから私の言葉を思い出したように母のお腹を目にした蓮が、あっと声をあげた。
「おばさん、お腹でっか……くはないか、まだ。でかいってほどでは……でも膨らんでる」
「安定期だからね、これからもっと大きくなるのよ」
「ああ、だからひまわり……」
花壇に目を向けた蓮に、母はまた笑って見せた。
「予定日はまだ先なんだけど、何を早合点したのかこの子は、大急ぎでひまわりの種を花壇に植えたのよ。おかげでほら、お腹の子はなんにもわからないの」
母が妊娠したと聞いたときは五月の終わり。今からひまわりを植えて、果たしてどうだ。咲くか。今年は冷夏と聞いていたから、危ないかもしれない。でもその予報は大きく裏切られて、七月から八月までほとんど雨の降らない真夏日が連続でやってきた。おかげでひまわりはすくすく成長して、大きな花びらを今日もめいっぱい、天上の恋人に見せびらかしている。
その子の出産予定日が年明け過ぎであることを、考えていなかった。死んだ妹の出産予定日がちょうど今頃だったから、その子にぜひ見せてあげようと思い立ってひまわりを咲かせた。でもそれは叶わなくて、妹が死んだと聞かされた電話を切ったあと、縁側で一人泣きながらひまわりを眺めていた。そのチャンスがもう一度めぐってきた喜びで、お腹の子の生まれてくる日を考えていなかった。
「おばさんだからいいけど、明世それ、自分のときにやったらとんでもないアホだよ」
「やらないよ、そんなのさすがに……」
言いながら、言葉がどんどん濁って沈んでいく。だってそれって、だからつまり赤ちゃんができるってことはそういうことをしたからであって、看護師とはいえ目の前にいるのは、一応、私の母なわけであって……ねえ。
「こら高校生ども、まだちょっと早いんじゃない? そういう話はさ」
「あっはは、すいませーん」
「まあ、いいけどさ。仕方ないと思ってるから、その年頃じゃあね」やれやれと、母がため息をついた。「でもわかってるでしょうね、蓮」
母は、母である威厳をこれでもかと見せつけるようにして蓮へと迫っていく。背の高い蓮に、小柄な母は少しも怖気づかない。もともと強かったのか、私が生まれてからこうなったのか知らないけれど、私は一人で娘を育てる母みたいに、強くなれる自信がない。私には、やっぱり蓮がいてほしいと思う。
「ちゃんと避妊しなさいよ。その辺心得ないっていうんなら、二度とこの子には近づけないから」
「もちろん。将来のことはきちんと考えた上で、交際させてもらっているわけですから」
胸を張って答える蓮と母の会話に、私はもう身もだえが止まらない。全身が発熱して、今すぐ家に飛び込まないと熱中症になりそう。だからもうそれが誠意だっていうのに、本人に自覚はきっとなくて。でも蓮の心を耳にできてうれしくて、もう、その背中に隠れて顔を押しつける。
「夕方には帰る予定だけど、今日泊まっていく?」
「あ、今日は帰ります。夜、なんか母ちゃんが話あるっていうから」
「一人っ子が県外に出て行くんだもんね。いろいろ話があって当然だ」
蓮のお母さんとも懇意にしている私の母は納得して、ようやく車へと歩き出す。運転席に乗り込む前に、戸締まりをきちんとするように告げてきた。うなずく私に母は親指を掲げてから、シートにどすんと腰をおろす。エンジンがかかり、車は道路へと出ていく。
母を見送ると、私は蓮の腕を引いて部屋に連れていった。
「泊まったってさ、明世の母ちゃんがいる脇の部屋でセックスはできないよ」
母が妊娠したことはうれしい。無事に安定期を迎えて、産休を取ってくれたこともうれしい。前は妊娠中でも働いていたから、もしかするとその影響で赤ちゃんが死んじゃったんじゃないかって考えたこともあった。だから今回、お腹の子のために休む決断をしてくれて本当によかった。
ただひとつの弊害は、大きな娘のわがままだから。
「でも今ならできるよ」
「まあね」ささやく蓮の声が耳にかかる。「できるってか、してるけど」
あんなに冷えたカルピスを飲んでいたのに、蓮の吐息はもう熱っぽい。それを感じる私の脚の付け根は、もうすっかり潤わされていた。蓮の大きな手のひらを形成する長い指が、私の弱いところをなでまわす。そのたびに私が泣きそうな声で懇願するのを、蓮は楽しそうに聞いている。
「これが甘いの、の正体。わかる?」
わからない。いったい、蓮がなんのことを言っているのか、今の私にはわからない。
頭の中は蓮で占められて、はやくその先に進んでもらいたい。甘いのなんて、そんなの、蓮の舌先か指先か――互いを交えるための唯一の隔たりである避妊具のことしか想像がつかない。
「バカだね、明世は」
「蓮よりバカじゃないよ……」
「それ今言う?」
中の下の成績の蓮と、それよりはまだマシな私の成績。勉強を教えてあげて、夏休みの宿題を午前中に図書館でやってから、午後は私の家に行く。定番のデートコースの締めくくりは、言うまでもないでしょう。これを餌にして、蓮に夏休みの課題をやらせているみたいだけど、そうでもしないと蓮はやらない。課題をね。
「ちょっと待ってね、明世ちゃん」
「……してあげるのに」
蓮はどうしても、入れるための手伝いに私が手を出すのを嫌がる。私にはわからないけれど、入れる側には恥じらいがあるみたい。一人でそれくらいできるっていう、プライドも。でも何回も何回も同じことを繰り返すうちに、蓮はすっかり手慣れた様子だった。
「入れるよ」
ちゃんと前もって教えてくれる優しいところも好き。いつもの仕草で私の顔の脇に左手をつくから、その手に私も自分の手を絡める。
いいよ、蓮なら。想いを込めてうなずけば、蓮と私をつなぐそれが沈んで、くる。
「んううっ……れんっ」
ベッドに腕をつく蓮の顔が落ちてくる。白い肌から汗が伝って、私に滴ってきた。それを追うように、蓮の唇が降り注ぐ。蝉時雨みたいにいっぱい、いっぱい、ちょうだい。飽きることなんてない。蓮のキスが、どうして飽きる。夏だけなんてイヤ。蓮となら、一年中いつだってこうしていたい。ずっとずっと、二人で抱き合っていたい。それが許されないのなら、蝉の一生みたいに、命を使い切るほどに愛し合いたい。でも、そうはならないって知っている。だって私も蓮も、人の子だもの。だからいつか、きっといつか、理想の日がやってくる。そのとき私は、蓮の子どもを身ごもろう。そして二人で育てていこう。きっとかわいい子が産まれてくれる。なんて名前をつけようか、ねえ、蓮。
快楽の渦に引きずり込まれてさまよった私は、気づけば蓮の腕に抱かれていた。蓮は私の髪の毛をすいて遊んでいる。目を開いた私に気づくと、ごめんとつぶやいた。
「そんな張り切ったつもりじゃなかったんだけどさ」
うろんな意識で、私は蓮の鎖骨にかぶりついた。薄い皮膚を吸えばすぐに色が変わる。愛を押し固めたみたいな赤黒い痣。これでもう、誰にも色目なんて使われないでしょう。
「俺が明世と付き合ってるってみんな知ってるんだから、誰もそんなことしないって」
でも、念には念が必要なの。恍惚に身を委ねたまま、蓮にキスをねだる。もちろん返してくれる。唾液を絡め合って、舌を絡ませ合って、肌と肌を密着させて、いっそひとつに溶け合いたいくらい、蓮と心ゆくまで交わり合った。
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