何時間か過ぎてから、晴子は夕食の買い出しに部屋を出た。隣の人妻も、いつものように不倫相手と腕を組んで出てきた。彼女とはどうやら気が合うみたいで、こうしたタイミングが一致する。


 不倫相手のヒューマノイドは背が高い色男だった。けれどよく見れば、光希ほどではない気がしてしまうのは、彼の中身が自分の恋人だからだろう。二人をじっと見つめていると、人妻が晴子の存在に気づいて、彼を自宅玄関に残して急ぎ足でやってきた。


「なんですか」

「あんまりね、大きい声で言えないんだけどね……」手で筒を作った彼女の声は蜜のように甘く、晴子の耳の産毛をくすぐってくる。「窓、開いていたんじゃないかな……あなたのところ」


 驚いた。そういえば、日中は部屋の窓を開けっぱなしだ。そのまま彼と……そうだ。その声を彼女に聞かれてしまったのだ。真実を見抜く大きなその瞳が、晴子の胸中まで見透かしてきそうで、怖くて、後ずさる。いつかと逆の立場。


「あなた、婚約者さん亡くしたばっかりよね……それで、あの……きれいなヒューマノイドしか、いないはずよね……」


 機械とセックスするのは気が咎めるわ。この人が通っていく玄関ホールで、ユウゴとそんな風に話したかもしれない。それなのに、今自分は、彼女と同じ側の人間だ。


 いや、でも、違う。ユウゴは死んでしまった。けれど、今は光希の体に入っている。光希はヒューマノイドだけど、実際の中身は恋人のあの人だから――なんて、子供だましの言い訳を連ねるわけにもいかない。


「いいの、さみしいんでしょう。仕方ないと思うの。わたしもそうだから。うちの人、会社の事務用ヒューマノイドに熱心だから、わたしも同じことしているだけなの」


 振り返った彼女が不倫相手に手を振ると、彼は笑顔もろくに見せずそっぽを向いた。


「ああいう対応をインプットされた愛玩用なの。絶対にわたしになびかない、でも仕方なくセックスはしてくれるっていう」

「それで、満足なんですか? ただでさえ」あんなに冷たくて。「人を求めたりしないのに、そんな扱いまでされて」


「でも夫よりは、わたしを求めてくれるのよ」

「それは、でも、派遣会社の仕事だから」


「そうね、お金ね」でもね、と彼女はいじらしく続けた。「求められる側のわたしとしては、夫よりも彼の方が、より強くわたしを求めてくれているような気がするの。気のせいかもしれないし、あなたはきっと笑うでしょうね。でもね、それって結局目に見えないし、どちらの求める力をより強いと判断するかは、求められる側の自由じゃない」


 目に見えないから、判断するのは結局自分だと。好き勝手言って、人妻は不倫相手の腕を取って歩き出した。彼女は何を伝えたかったのか。ああ窓が開いていたことを教えてくれたのだと、冒頭の会話を思い出す。でもそんなの、買い物をして家に戻る頃までにはすっかり忘れているだろう。


 ユウゴの中身と光希の体、どちらがより強く自分を求めてくれていただろうか。そんなあてもないことを考えるようになった原因の彼女を、晴子は今一度憎たらしく思った。

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