服を脱いだ彼の下半身に垂れるそれが、ユウゴ本来のものよりも立派に膨張していた。電圧によって硬度を変える特殊な液体が詰め込まれているそれが、ヒューマノイドの獲得した疑似生殖器だった。それを愛撫されても、彼らに快感は生じない。けれど晴子はユウゴのそれだと思いながら、彼をベッドに寝かせる。見た目は人のそれと変わりないほど、浮き出す血管からしわまで細かく造り上げられている。一種の造形美があった。造る側は、神の気分だろうか。人体を造り上げる。あくまで機械の話だが、自分が抱かれるこの光希に限っては、人の魂が入っているのだから、彼を造った技師たちに限っては、人ではなく神を名乗っても許されるだろう。


「ハレちゃん、僕のことはしなくていいんだよ。でも、すごくうれしい」


 やはり、彼は何も感じられないのだ。自分がどんなに心を込めて愛撫したところで、報われない。そう思うと悲しくなった。互いに求め合うことが愛の証明で、一方通行のこれでは隣家の人妻と変わらない。晴子は、胸にいきなりウジが沸いた気分だった。ぐじゅぐじゅ、体内を占めていくわだかまりが大きい。けれどそれを退治してくれたのも、彼のとろけるような口づけだった。


「大丈夫だよ。僕は今、君が欲しいんだ」


 機械とセックスをしているわけではない。そう慰めてくれる彼にうなずいて、晴子が再びベッドに身を預ける。覆い被さってくる彼の姿は、以前とはまったくの別人だった。人どころか機械なのだから。でも、彼は彼だ。


 私の愛しい人、大好きな人。彼だから、そう思って開くまぶたの向こうにいるのは、やはり、何度見ても機械でしかないけれど。


「光希」と、彼ではない機械の名を呼んだ。

 ヒューマノイドはにわかに眉をひそめた。たぶん、彼なりの嫉妬の表現。なんてかわいいの。それのせいか、彼はユウゴが死んでから今日まで繰り返したキスの中で、一番優しく愛にあふれたそれをくれた。


 指を這わせていた脚の間に、取りつけたばかりの彼の疑似生殖器が触れる。生身のユウゴのものよりも、ずっと太くて大きかった。それが、晴子の体に侵入してくる。


 機械という恐怖は、初めからなかった。不安はあったけれど、見慣れている光希となら平気だろうとも思っていたから。それにやはり、中身は彼であることが心に悦びをもたらしていた。そこに快楽を助長させようと、彼が腰を揺らしてくる。機械の仕草か、ううんそんなことはない。彼は彼だ。私の好きな人。


「ハレちゃん、もう一回、僕を呼んで」

「ん……ユウさん」


 もう一度、彼とこんなことができるなんて、ユウゴが死んだあの日には想像もつかなかった。腕を伸ばして、彼の背中を抱きしめる。するりと自分の腕が交差して驚いた。ユウゴは肉付きがよかったから、晴子の短い腕ではとても届かなかったのに、今はこんな簡単に彼を独り占めできる。いつの間にか閉じていた目を開けば、今、自分を抱いてくれているのはユウゴではなかった。光希だった。けれど、人の男性がセックスをするように、快楽をこらえる神経に集中して表情を失うように、光希の顔からも表情が失われていた。無表情、冷たく感じられるはずのそれが、なぜか愛おしい。きれいな顔。それに、彼の体はあたたかかった。


 晴子は心ゆくまで、彼に愛される時間を堪能した。見た目は、たしかに光希だった。けれど、抱いてくれているのは彼だから。そう思うだけで幸せだった。毛先が肌に触れるだけで感じてしまうほど、この体は敏感になっていた。


「あんなに声を出して、ハレちゃん、のど痛くない?」

「平気よ、でも心配してくれてうれしい」


 光希の胸には、彼と違って毛が一本も生えていない。つるりとした肌は少しさみしいけれど、その胸に顔を埋めれば抱きしめられて、うらさみしさはすぐに吹き飛ばされる。


「ハレちゃん、好きだよ」


 返事はしなかった。だって答えるまでもないでしょう。代わりに彼にしがみついて、しばしの幸福に浸る。もう二度と彼を手放さないと決めて、ゆっくりと目を伏せた。

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