それはすぐにやってきた。付属機能を取りつける専門業者に、光希の体は改造を施される。写真家助手の機能を削除してもらい、代わりにシングルマザーの夫役としての機能を追加する。さらに下半身に、これまではなかった疑似生殖器を取りつけた。

それを、晴子はまだ見せてもらっていない。彼いわく、昔の自分より立派すぎて傷ついているらしい。


「そんなこと気にしないでいいのに」

「いや、はは……機械って、その辺自由自在で……こんなきれいな顔だって、高い背だって、ぜんぶ自由で……」


 言いながら、彼はうなだれて落胆していった。

 ヒューマノイドを購入する際、その容姿は購入者が自由に決められる。たいていは美男美女にするが、中には自分の引き立て役にするため特別不細工に注文する人もいる。


 ユウゴは光希を、なりたかった理想の自分を想像して注文した。さらさらの黒い髪の毛は、うなじあたりで軽く結べる長さ。ユウゴの直立する剛毛では決してできない髪型だった。さらに透けるような白い肌の光希と、黄色傾向の強い色黒のユウゴ。狭い額からすうっと伸びる鼻筋と、小ぶりの唇。掘りの深い目元に幅広の二重、その目元には泣きボクロが色っぽい光希。原始人とも評されたユウゴとは決して似ても似つかない。


 光希はユウゴの理想だった。こんな男性ならばもっとモテていたと嘆くユウゴに、しかし晴子は惚れたのだ。


「人は見た目じゃないわ、中身よ。体なんてね、みんな同じなの」


 監察医として、腐乱死体や水死体、白骨、さらにはミイラも見てきた。それらは生前の姿を想像させるヒントなんてまったくなく、皮膚と、血と、肉と、神経と、骨が、人を形作る部品なのだと見せつけてくる。けれどすべてはやがて、水とタンパク質に分解されていく。死ねばみんな、同じになる。皮の色や筋肉の盛り上がりや、肉の付き方が少し違うだけで、人はみんな、同じだ。


 明らかに違うものがあるとすれば、その体の中身である心。それだけだ。


「でも、生きていたんだよ……僕は」

「生きていたじゃないでしょう。あなたは今も生きているの。しかもこれからは、理想の体で生きていけるのよ」


 夢見た理想の男性の体に、彼は今、入っている。そのことを再度実感しようと、彼は自分の両手のひらを見つめていた。裏返し、手の甲。その指の先にある爪ひとつとっても、透ける桃色は美しい。けれどユウゴは、写真のためにあちこちの野山をかけずり回った結果、薄汚れて割れ目が生じた分厚い爪先をしていた。その手をもう握れないさみしさがこみあげるほど、晴子はユウゴの手が好きだった。


「君は、今の僕と昔の僕と、どっちがいい?」

「変なこと聞くのね。どっちも同じよ」

「それじゃあだめだ。どっちがいいんだ」


 彼は泣き出しそうになりながら、晴子に詰め寄ってきた。迫力に圧されて、晴子は、膝の裏がぶつかった自分のベッドにすとんと落ちてしまう。それでもなお迫る彼に、小首を傾げる。


「どうして、そんなに大事なこと?」

「君だって女性なんだから、かっこいい男性が好きなのは当然なんだ。それなのにどうして僕みたいなのと」

「見た目じゃないって言ったでしょう」


 すっかりきれいな顔に変わってしまった彼の首に、腕を伸ばして抱きしめる。


「私はあなたが好きなのよ。見た目じゃないの。あなたのことが好きなの」

「僕が?」

「そうよ」彼の目を見てまっすぐに、思いの丈を告げた。「ユウさんが好きなの」


 疑似とはいえ生殖器をつけられたせいか、彼は我慢がならなかったのだろう。晴子をベッドに押し倒して、唇を重ねてくる。シリコン製の弾力に飛んだ唇と、同じくシリコン製の舌が晴子に愛撫を与えてくる。

 彼の中枢にはシングルの女性に向けた愛玩用の機能もつけられていた。過去に愛玩用ヒューマノイドが、女性の喜ぶ愛撫を学習して編み出した舌の動きがなまめかしい。人のそれと変わりない。けれど、やはりユウゴとは違っている。荒々しさはなく、どこか繊細で、壊れ物を扱うほどに優しい。


 彼じゃない、そう考えると胸が少し痛んだ。体が肉体から金属に変わっただけで、こんな……でも、そんなの関係ない。彼は彼だ。愛しい人。


 シリコンの舌が、晴子の胸を這う。久しぶりだから、それとも愛玩用の学習研鑽のせいか。ユウゴはこんなことしなかった。胸は、いつか生まれ来る二人の子どもが最初に吸うから、それまで取っておくと言っていたのだ。胸は指での愛撫しかしなかったユウゴが、今は彼こそが赤ん坊になったように吸っている。その愛しさに、晴子の喉の奥から声が漏れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る